第四十九話「光」
「あーあ。終わっちゃった。魔喰獣も全滅させられちゃうし、思ったより使えないな」
ジークら帝国軍とよく似た黒ずくめの軍服を着た男が、町の遥か後方から望遠鏡を覗きながら呟く。
崩壊しかけた町や殺された人々には全く興味を示さず、倒された魔喰獣を一匹一匹丁寧に観察している。
「人は襲うし知能も低い。実戦向きじゃない、また調整しないと」
一通り観察が終わると男は望遠鏡を暴走したオルドに向け、そしてリヴへと移動していく。
「ま、少しは楽しめたからいいけどね」
リヴを捉えた望遠鏡を拡大していると、レンズ越しにふとリヴと目が合う。
「……!」
男は慌ててレンズから目を離し、きびすを返してその場を離れる。
「驚いた。この距離で勘付かれるなんて。さすがは魔族といったところかな」
先ほどまでの余裕の表情とは比べ物にならないほど憔悴した様子の男は、そのまま林の中へと消えていった。
「どうした?」
まだ顔色がすぐれないアインが、険しい表情をしてどこかを見ているリヴに声をかける。
「いえ、気のせいでした……それよりオルドさんを!」
ジークとルルも合流し、四人でオルドを取り囲む。完全に気を失っているようだが正気に戻っているかは判断できない。
「バアさん、店を借りるぞ」
「あ、ああ。もうあんたのもんだ。好きにしな」
先ほどまでお祭り気分だった町人たちだが服屋の老婆を含めてもう誰も手を叩いたりはしない。
命がけで助けた町人たちの視線を背中に感じながら、四人は服屋を目指して進んでいく。
アインは服屋で適当な黒い服に袖を通し、寝かされているオルドに視線を移す。
「ジーク、ちょっとこっちに来い」
「ん? ああ、なんでだい?」
ルルがオルドの鎧を脱がせようとしているのを確認すると、アインはジークを呼び寄せる。
別に用事があるわけではないが、オルドとて気絶中に二度も裸を見られたくないだろう。
「え、わっ!」
案の定ルルの間抜けな声が聞こえてくる。まさかオルドが素肌に鎧を着ているとは思っていなかったのだろう。
「どうしたんだい、ルル」
「構うな」
振り向こうとするジークを連れ、アインは店の外に出る。
「おそらくあの暴走は俺の血が原因だ」
「血?」
外に腰掛けたアインはジークに自分がオルドにしたことを包み隠さず全て打ち明ける。
「驚いたね。無茶するやつだとは思ってたけどまだまだ僕は君を知らなかったらしい」
「俺の呪いとあいつの加護が反発したのかもしれない。なんにせよ俺のせいだ」
もし暴走中にオルドが町の人を傷つけていたら、たとえ正気を取り戻しても彼女はその真実を受け止められなかっただろう。
あのまま死んだほうが良かったと後悔するかもしれない。
そんな事を考えていると頭と胸がズキズキと痛む。二百年間受けたどんな拷問よりも耐え難い。
「君のせいなんかじゃないさ。むしろ君のおかげでオルドは生きている。礼を言うよ、僕の従姉妹を救ってくれて」
ニッコリと笑いながらジークはアインに手を差し伸べる。
黒く沈む心に無理やり入り込んで光をねじ込むようなその爽やかな笑顔に、アインは思わず口元が緩む。
ジークに包み隠さず話したのは、こうなることが無意識に分かっていたからなのかもしれないとすら思う。
「……助かる」
アインはジークと握手を交わし、また前を向く。
「あ、やっ! まだ入ってきちゃ駄目です!!」
服屋に戻ろうとするアインに、ルルが手当たり次第に服を投げつける。後ろから覗き込もうとするジークにも同じ行動を取り、二人はまた追い出されてしまう。
「まったく……」
手頃な服をオルドに着せ、自分も汚れきった軍服を脱いで着替えるルル。リヴにも着替えるように提案するが、リヴはオルドの手を握り続けて動こうとしない。
「……大丈夫ですよ。准将はそんなに弱くありません」
「はい、そうですね」
握りしめる手から伝わってくるオルドの体温がまだ温かいのが、リヴにとっての唯一の救いだ。
「あの、そろそろ入っても?」
「え、ああ! お待たせしました!」
恐る恐る扉の隙間から覗き込むジークに対して気まずそうに笑いながら、ルルは二人をようやく室内に入れる。
「あ、着替えたんだね? それじゃあ僕も着替えようかな」
「あ、じゃあ私たちは外に……」
服を脱ごうとするジークに、今度はルルがリヴを引っ張って出ていこうとするが、ジークは一切気にせずに着替えを始める。
「ちょっ、大佐! いきなり脱がないでくださいよ!」
「どうしたんだい? 僕は気にしないよ?」
「私が気にするんです!」
「アインだって着替えていたじゃないか」
「アインさんはいいんですよ! ずっと半裸だったし!」
「二人とも落ち着いて、オルドさんの体調に響きます!」
ルルとジークの痴話喧嘩のような会話に思わずリヴも口を挟まずにはいられない。その言葉を受けて二人も申し訳なさそうに肩を縮めている。
「も、申し訳ない」
「ごめんなさい……」
「そうだぞ、頭に響く……」
突如聞こえてきたオルドの声に全員の視線が集まる。
「オルドさん......! 良かった!」
「おっと!」
涙を流しながら抱きつくリヴを受け止め、オルドはその頭を優しく撫でる。
体は再び重くなり、節々が痛む。
万能的な力はおろか、アテナの加護も微塵も感じられない。
それでもこの胸の温かさは残った。
オルドにとっては、それで十分だった。




