第四十八話「魔喰獣討伐戦その三」
殆どの町人は町の外に避難し、その中にはあの服屋の老婆とラヴィの姿もあった。
二人は長年暮らしてきた町が魔喰獣によって崩壊していくのを見ているしかなかったが、不思議と悲しくはない。彼らを守ろうと戦うリヴやジーク、ルルの姿に見惚れていたからだ。
ラヴィたちだけではない。
この町で悪さを働いていたならず者たちまでもが町を守る英雄たちを応援している。
腕を突き上げ、声を出し、必死に戦う彼らを鼓舞している。
今この町は、初めて一つになっている。
「大丈夫かい、ルル? 息が上がっているようだけど」
「大佐こそ、足取りが重いですよ」
人々を無事避難させたことに安堵し、二人の力が抜けていく。
魔術を使いすぎたせいか、リヴの炎の出力も低下し、魔喰獣へのダメージも少なくなる。
「はぁはぁ……」
とうとう宙に浮く力もなくなり、リヴは半ば落下するように地面に降りていく。
「リヴ! 後ろ!」
ルルの声で慌てて後ろを振り向くと、生き残りの魔喰獣がすぐそばまで迫っていた。
「油断するな!」
目をつぶって体を縮こませるリヴの視界から魔喰獣が弾き飛ばされ、代わりにアインを背負ったオルドが姿を現す。
「オルドさん、無事だったんですね。それに……え?」
二人が無事だったことに安堵するリヴだったが、オルドから渡されたアインの顔色が悪すぎることに言葉が詰まる。
「あとは私に任せろ」
そう言い残してオルドは恐ろしい速さでリヴの前から消える。
目を覚ましてからオルドは自分でも信じられないほど体が軽かった。
アテナの加護は諸刃の剣。
加護の発動と同時に鼓動を早めた心臓は彼女の体を無理やり動かし、壊しても止まらないはずだった。
だが、オルドの体は壊れない。
正確には壊れきる前に自己修復しているようだ。
一度死にかけたからなのか、それともアインの血液による影響なのか、どちらにせよ今のオルドは無敵だった。魔喰獣たちはオルドの動きに全く反応できず、バタバタと倒れていく。
「す、すごい……」
「オルド、君はいつの間に」
オルドの圧倒的な戦闘を前に、ルルもジークも脱力して立ち尽くす。
だがリヴはそのオルドの姿に、綱渡りをしているような危うさを感じる。
力を制御できずに周りを傷つけてしまった自らの過去を重ねずにはいられなかった。
オルドはかつてない高揚感に駆られていた。
加護なしでは勝てず、加護を発動してようやく相打ちにできるレベルの相手だった魔喰獣が、今はただの木偶の坊だ。豆腐を切るように簡単にねじ伏せることができる。
今の自分は誰にも負けない。ジークの言っていた帝都を襲った大魔族とやらも一人で片付けられる。そう確信していた。
彼女の目にはもう敵しか映らない。
「やりました!」
「すごいよオルド!」
魔喰獣はまたたく間に殲滅され、ルルとジークは手を合わせて喜ぶ。
町人たちの歓声も留まることを知らず、取り戻した自分たちの町に我先にと戻っていく。
何かがおかしい。
敵を殲滅してもオルドが止まらないのを感じていたのはリヴだけだった。
「……! 来ちゃ駄目!!」
必死の形相で叫ぶリヴにギョッとして足をとめる町人たち。あと半歩でも進んでいたら暴走したオルドの剣がその首を落としていただろう。
事の重大さを理解したルルとジークも表情を引き締め、剣を片手にジリジリとオルドに擦り寄っていく。
「どういう事だい?」
「私だってわかりませんよ……ですが准将のあの目……」
オルドの瞳は魔喰獣にそっくりだった。
その瞳にはもう何も映っていない。
オルドはくるりと体を回転させると、他には目もくれずリヴに襲いかかる。
「……!」
リヴはアインを抱えたまま背を向けて走るが、あっという間に追いつかれてしまう。
「リヴ、逃げて!」
ルルの叫び声がリヴに届くよりも早く、オルドの剣が襲いかかる。
「リヴ!」
ジークもリヴを守ろうと走り始めているが、とても間に合わない。
リヴはアインを後ろに回しオルドに向かって炎の球を放つが、威力も速度も覚悟も足りないその攻撃は時間稼ぎにもならない。簡単に避けられてしまい、次の攻撃が来る。
狙いが定められない。
わざとオルドが避けられるような位置にしか攻撃ができない。
「なんてザマだ」
震えるリヴの手にアインの冷たい手が添えられる。
「あなた……」
「リヴ、アイツの目を覚ましてやれ」
アインに支えられ、リヴの震えは収まる。アインに導かれるように攻撃の照準もオルドの正面に移動し、呼吸をするようにごく自然に炎の球を発射する。
放たれた炎によってオルドの体は宙に浮き、剣がようやくその手を離れる。
地面に落ちるその瞬間オルドがこちらに向けて僅かに微笑むのを、リヴは確かに見た。
魔喰獣から町を守る戦いは、後味の悪い形で幕を閉じた。




