第四十六話「魔喰獣討伐戦」
帝都守護隊として数々の戦場を駆け抜け、敵国の兵士や魔族と命のやり取りを続けてきたオルドだったが、目の前の獣はそれらどんな敵にも勝るプレッシャーを放っていた。
とても生き物とは思えないその目は攻撃の癖を読むこともできず、いつどこから爪が襲いかかってくるか分からない。
十闘神アテナの加護を受けるヴァルキリア家の女性であるオルドをもってしても、戦闘は容易くない。
魔喰獣に破壊された宿屋の瓦礫を駆け登り、空間を多く使う。リヴのように空を飛ぶことはできないが、そうすることで少しでも戦況を有利に進めようと考える。
だが、それは無意味なことだった。
「なっ!」
たった一度の体当たりで瓦礫の山は弾け飛び、オルドの体も宙を舞う。
そして機械のような正確さで、魔喰獣は落下するオルドの腹に頭突きを炸裂させた。
「おゔッ!」
鉄でできた鎧は簡単にへこみ、オルドの内臓に致命的なダメージをあたえる。
やけに心臓の音が大きい。
自分の心音で鼓膜が破れそうだ。
腕が上がらない。
倒れた時に切ったのか、頭から血も流れている。
魔喰獣の口が、眼前に迫っている。その口内からは魔喰獣に喰われた者たちの叫びが聞こえてきそうで、地獄に通じている気さえする。
「私を……喰らうか」
魔喰獣のヨダレがポタポタと地面に染み込んでいく。死の匂いが直ぐ側にある。
「……! オルドさん、今!」
「構うな!」
空中から異変を察したリヴが戻ってこようとするのを大声で拒絶するオルド。
「お前にはお前の役目がある!」
「ですが……!」
リヴが自分を助けたせいで救えなくなる命があるかもしれない。それだけは死んでも避けたい。
「……やるしか、ないか」
アテナの加護、それは限界を超えて戦うための力。
戦場で散った同族の多くは敵に殺されたのではなく、自分の加護によって自滅していた。
魔喰獣の牙がオルドの体に触れた瞬間、その牙が音もなく消滅する。同時にオルドの体が蒸気を発しながら飛び上がり、人間を凌駕した速度で魔喰獣の周りを移動する。
「オルドさん……?」
オルドの豹変ぶりに困惑するリヴだったが。町の人々の悲鳴を無視するわけにはいかない。
後ろ髪を引かれる思いだがオルドから視線を外して広場の魔喰獣に手のひらを向ける。
関節が不自然な音を上げている。
目尻から血が流れ、全身の血管が浮き出ている。
痛みは無い。
恐れも無い。
残された時間も、無い。
「哀れな獣よ。地獄まで付き合ってもらうぞ!」
音を置き去りにしたオルドの剣が魔喰獣のガラ空きの背中を斬り捨てる。
「さわがしいねぇ」
遠くなった服屋の老婆の耳に町の人々の悲鳴がようやく届く。曲がりかけた腰をさすりながら店の扉を開けると、見たこともない化け物が無機質な瞳を向けてきた。
「バアさん! 下がれ!」
目の前まで迫っていた化け物は、アインの投げたラヴィによって体勢を崩される。
「いっ……て、え? え?」
衝撃で目を覚ましたラヴィは状況を把握できずに辺りを見渡し、自分の祖母と魔喰獣を同時に視線に捉える。
「ひっ! ば、化け……!」
「バカ! 早く逃げるんだよ!」
老婆を標的にしていた魔喰獣は、飛ばされてきたラヴィに狙いを変える。老婆は孫を守るため、その体を盾にしてラヴィと魔喰獣の間に割り込んでいく。
老婆が盾になろうともラヴィ共々引き裂けるであろう爪が振り下ろされるが、間一髪のところでアインの剣が間に合い、魔喰獣の硬い爪が斬り落とされる。
「おいお前! 自分のバアさんを盾にするのか! それでも男か!」
「な、なんだと!」
魔喰獣の追撃を受けながら、アインは後ろのラヴィに叫びかけるが、ラヴィは拳を握りしめるだけでそれだけ言い返すのがやっとだ。
「バアさん、あんたもあんただ。そんなヘタレの為に命を張るのか」
片方の爪は無効化したが、もう片方と牙は健在だ。二人を守りながらではそう長くはもたない。
「なんでだろうねぇ。このヘタレが孫だからかねぇ」
アインにそう言って、老婆は倒れるラヴィの前に立ち続ける。小さなその背中の影でラヴィは完全に隠れ、目の前が暗くなる。影は絶えず震えており、代わりに徐々にラヴィの震えは収まっていく。
「だそうだクズ」
そのアインの言葉に、ラヴィは何も言い返せない。
クズ。
それは自分が一番よくわかっている。
楽して暮らすために大きな者に巻かれ、一番大切な人を傷つけ続けた。そして今も傷つけている。守られ続けている。甘え続けている。
本当は自分が守ってあげなければならないのに。
「でも、俺には力が……」
自分に言い訳するように呟くラヴィ。
「大丈夫だ。この老いぼれをなめるんじゃないよ」
震える老婆が後ろを振り向きながら答える。
しわくちゃな顔。
いつの間にこんなに年を取ってしまったんだろう。
そこでラヴィはようやく気がつく。
この老婆にだってなんの力もない。それでも自分はこんなにも守られている。
ラヴィはゆっくり立ち上がり、アインに声をかける。
「おい、お前はその化け物に勝てるのか?」
「……勝つまで俺は戦う」
「そうか……」
ラヴィは目の前の小さな老婆をひょいと持ち上げる。その体は信じられないくらい軽いが、ラヴィに支えられると震えが止まった。
「なら頼む。俺たちを助けてくれ」
「……条件がある」
アインは魔喰獣との戦闘でボロボロになった服を破り捨て、魔喰獣の顔に投げつける。そしてバランスを崩した魔喰獣を被せた服の上から斬り下ろす。
「新しい服を用意してもらおう」
「ふん、ケチケチすんじゃないよ、店ごとやるよ!」
ラヴィに抱きかかえられ、手足をバタバタさせて老婆が答える。その表情はとても和らいでいる。
「交渉成立だ」
起き上がってくる魔喰獣に、アインは剣先を向ける。この二人には絶対に触れさせないと、不敵な笑みを浮かべながら。




