第四十五話「魔喰獣」
アジトから逃れたリヴたちは再び宿屋を訪れていた。
「ん、なんだやっぱり泊まるのか?貧乏人には辛い町だろう?」
相変わらず態度の悪い宿屋の男はジークの姿を見て再びカモが現れたとほくそ笑むが、その後ろの血まみれのアイン、そして今だにガタガタ震えるラヴィ、最後尾で抜き身の剣を持つオルドを視界に捉えると血相を変えて態度を改める。
「な、お前ら一体何を……」
「一度だけ言う。失せろ」
心の芯を突き刺すようなアインの冷たい瞳に宿屋の男は心底震え上がり、散らばっているお札を手早くかき集めて逃げ出すように宿を出ていく。
「いいんでしょうか……これ犯罪ですよ?」
店主を無理やり追い出して何食わぬ顔で室内に入っていくアインたちの後ろで躊躇するルル。
「心配するな、奴のおごりだ」
男が落としていったお札を数枚床から拾い上げ、アインはそれをカウンターに投げ捨てた。
アインとリヴはベッドの上に無造作に座り、ラヴィは床に正座させられていた。そして軍人三人が彼を見下ろすように円を作って立つ。
「それで、君は本当に何も知らないのかい?」
「し、知らねぇよ!」
話の内容は当然彼らの組織、そして魔喰獣のことだ。本当に何も知らないラヴィは、ジークの問いかけに何度も首を横に振る。
「組織の名とボスの名は?」
今度はオルドが眉間にしわを寄せながらラヴィを睨みつける。
「組織の名は……よく知らねぇ。ボスはあの獣だってランスが……」
「貴様、我々をなめているのか!」
ハッキリとしないラヴィにオルドは怒りを爆発させ、殴りかかろうとする。ルルが前に出なければラヴィは再び気絶していただろう。
「ランスと言うのは?」
「あ、あの化け物に食われた男だよ!もういいだろ!」
ジークがオルドを止めている間に質問するルル。顔の前に手を出し、身構えながらなんとか答えるラヴィ。言葉には涙が混じっている。
「リヴ、お前はその魔喰獣について何か知っているか?」
「え、リヴって呼び始めたのかい?」
リヴに質問するアインだったが、リヴが答える前にジークが驚いた様子で口を挟んでくる。
「……今はいい。どうなんだ」
「は、はい。私も初耳です。おそらくそのランスという男が独自に作り出したものかと」
めんどくさそうにアインはジークを一蹴し、リヴは気まずそうに持論を展開する。
なんの手がかりも無い状況に部屋の空気は重くなり、誰もが口を閉じてしまう。
そんななか空気に耐えられなくなったラヴィはとうとう泣き出してしまう。
「う、う、なんでこんなことに……俺は遊んで暮らしたかっただけなのに。組織とか、魔喰獣とかもう知らねぇよ……ほっといてくれよ」
「とことんクズだな」
丸くなって泣き崩れるラヴィに、アインは容赦なく罵声を浴びせる。
あの魔喰獣の様子から相当の魔族や人間を喰っていると思われ、知らなかったとはいえそれに加担していたラヴィの悪びれる様子もない態度に心底腹が立っていた。
「どちらにせよあの化け物をあのまま放置することはできない」
オルドは震える手を押さえる。
あの知性のかけらもない真っ黒な目と、一人では支えきれない攻撃力を思い出してしまう。
「そうだね。リヴの炎も効いたようだし勝てない相手じゃ……」
その時だった。
宿屋の壁が吹き飛び、ジークの言葉が途切れる。
「で、でたぁぁあ!」
大声を上げてそのまま気絶するラヴィ。
破壊した壁を引き裂きながら魔喰獣が姿を現した。
それだけではない。同じような衝撃は町のいたるところで発生しており、町は阿鼻叫喚に包まれる。
「いったい何の騒ぎ……」
崩れた壁の隙間から漏れてきた光景に、オルドは言葉を失う。
十数体の魔喰獣がありとあらゆる建物を破壊し、手当たり次第に人々を襲っている。
そして今まさに、あの服屋にも魔喰獣の鋭い爪が迫っていた。
「ここは任せる!」
アインは気絶するラヴィを抱えると、魔喰獣の間を縫って宿を飛び出す。
「オルドさん!」
リヴの叫びで我に返ったオルドは剣を握りしめ、ジークとルルに指示を出す。
「少尉!君は住人の避難誘導だ!子供を優先して町の外に逃がしてくれ!」
「はい!」
襲いかかってくる魔喰獣の攻撃をオルドが受け止め、その隙にルルが広場に駆けていく。
「じ、ジーク!君は囮だ!奴らの注意を引いて一箇所に集めてくれ」
「でも君は大丈夫かい?」
「問題ない!」
今にも剣を弾き飛ばされそうだが、歯を食いしばって踏ん張る。ここで万が一折れればジークの足止めになってしまう。
「わかった。健闘を祈るよ!」
オルドが無理をしているのは明らかだが、人々をルル一人に任せるわけにもいかない。オルドを信じてジークも戦場に走る。
「そしてリヴ!君は私たちの最高戦力だ!ジークが集めた魔喰獣を吹き飛ばしてくれ!」
「はい!必ず!」
リヴは体に真紅の炎を纏わせ、浮上する。上空から一人で町の人を救うため、魔喰獣に攻撃を仕掛けていく。
「そして……私!」
誰もいなくなった崩壊した宿屋で、オルドは自分を鼓舞する。
「目の前の魔喰獣を排除し、仲間たちを援護する!」
体がきしみ、腕が重い。
一瞬でも気を抜けば頭から足の付け根まで引き裂かれそうだ。
それでも引けない。逃げられない。
帝都は救えなかった。
今ならまだ、この町は救える。
オルドのたった一人の戦いが始まる。




