番外編その一「バレンタイン」
これはいつかどこかであったかもしれないお話。
時は二月十三日。
旅の道中で立ち寄った町で、ルルは朝から買い出しに出かけていた。
「食材はまだありますし、何を買いに行くんですか?」
「何って、明日は十四日ですよ?」
「それがなんですか?」
なんとなく買い物に同行したリヴの問いかけにルルは多少驚いた様子で答える。
「チョコですよチョコ」
「チョコ?それと十四日に何の関係が?」
まるで見当もつかないリヴの様子を見るとルルは愕然として詰め寄る。
「もしかして魔族にはバレンタイン無いんですか!?」
「ば、バレンタイン?」
ルルのあまりの迫力に後退りするが、ルルもそのままリヴに張り付いていく。
「女性が男性にチョコを渡す日です。まぁ男性が女性に渡しても、同性同士で渡し合うのもいいですが……」
「な、なんでそんなこと……」
ついに壁際まで追い詰められたリヴは仕方なく座り込む。
「そ、それは日頃の感謝というか……想いというか……」
リヴの質問に急にしおらしくなってしまったルル。一瞬リヴから目線を逸らし、声量も小さくなる。
恐る恐る立ち上がりながらゆっくりとリヴはルルから距離をとる。
「とにかく!」
「ひぁ!」
逃げようとするリヴの肩を掴み、ルルは真っすぐとリヴを見つめる。
「あなたの一番大切な人にチョコを渡すんです!わかりましたか!」
「は、はい!」
顔が触れそうなほど近づいてそう言うルルに対して、リヴは頷くしかなかった。
「いいですか、絶対に覗かないでください!」
両手いっぱいに買い込んだチョコを抱え、宿屋の一室にこもるルル。リヴも半ば強引に部屋に引きずり込まれる。
「だってさ。明日が楽しみだね」
「なんでだ?」
意気揚々とした笑顔でアインの背中を叩くも、返ってきた言葉に眉をひそめるジーク。
「君、明日は十四日だよ?」
「それがどうした?」
無表情でそういうアインにジークは深くため息をつく。
「君は鈍感と言うよりは世間知らずだね」
「なんだか分からないがお前にだけは言われたくない」
机の上に並べられた大量のチョコ。
漂う甘い匂いにリヴの鼻はまがりそうだ。
「こんなに必要なんですか?」
「これだけあれば何度でも失敗できますから」
鼻を押さえながら顔をしかめるリヴの横で、ルルは腕をまくりながらチョコを溶かし始める。
「さあ、始めますよ。先ずは火を起こして……」
炎が蓄積された石を鍋に投げ込み、その上にチョコを投げ入れるルル。チョコはすぐに焦げ臭い匂いを放ち、リヴはさらに顔をしかめる。
「あのう、作り方は合っているんですか?」
「だ、大丈夫。まだ材料はたくさんあります」
直接火に当てないこと。
細かく刻んで溶けやすくすること。
話に夢中になっても目を離さないこと。
それらがわかるようになるまでに殆どのチョコは駄目になってしまい、ようやく完成した頃にはすっかり夜が明けていた。
「で、できました」
「よかったです……もう、眠りたい」
「いいえ、渡すまでがバレンタインです!」
気絶しそうになる体をふらつかせながら、ルルは目をこすりながら起きてきたジークにわざとらしく近づいていく。
「ふぁぁ。おはよう、ルル」
「お、おはようございます」
ルルはチョコを後ろに隠しながらもじもじとして、チョコが飛び散った自分の髪をくるくると触る。
「と、ところで大佐。実は町でチョコが安売りしてまして、その、これ……」
ルルは一度深呼吸をして顔を上げ、思い切ってチョコを差し出す。
とても綺麗とは言えない見た目だが、ルルの気持ちがたっぷり詰まったそのチョコを、ジークは爽やかな笑顔で受け取る。
「ありがとうルル。うれしいよ」
「ふふっ」
にっこり笑ってスキップをしていると、アインも起きてくる。
「アインさんにもあげます」
「あ、ああ」
起きていきなりチョコを渡され、戸惑うアイン。ジークとルルの笑顔の意味も分からず、ハテナが頭に浮かぶ。
「次はリヴの番ですよ」
満面の笑みでリヴにタッチし、ルルはベッドに直行する。
「ジークさんいつもありがとうございます」
「お、僕にもくれるのかい?どうもありがとう」
小さく包まれたチョコをリヴから受け取り、ルルのものと合わせて両手に乗せるジーク。
どっちから食べるべきかうれしい悩みを抱える。
「それと、あなたにも」
「ん、ああ」
ジークのものより心なしか大きなチョコをリヴから受け取るアイン。そっけない反応だが、それでもリヴは嬉しかったようでルルと同じようにニッコリと笑う。
「それでは私も少し休みます」
そう言ってリヴもルルのいる寝室に消えていく。
寝室に入ったリヴは、すでに寝ているルルの枕元にチョコを置く。そして自分も眠りにつこうとすると、同じように枕元にチョコがあることに気づき、大切そうに見つめる。
「だから言っただろう?楽しみだって」
二人からもらったチョコを同時に頬張り、手に溶けたチョコをつけながらそう言うジーク。
「このことだったのか」
二つの包みを見ながらアインはかつてヨミとニーナから同じようにチョコをもらったことを思い出す。
その時のチョコの味はもう忘れてしまったが、それを食べた時の二人の嬉しそうな顔は今でも覚えている。
次こそは味も覚えておこう、そう思いながらアインはチョコを口に運ぶ。
そして今回もアインは二人の嬉しそうな顔を忘れないだろう。




