第四十話「服」
カーターの町を出てから二日後、ようやく一行は最後の町に到着した。
「私は馬たちの体調を確認する。ジーク、君は宿の手配を。少尉、リヴ、君たちは食料の調達。アイン君は……」
町の入り口で馬を撫でながら指示を出すオルドだったが、アインに指示を出そうとした時には既にその姿は町の中に消えていた。
「なんだあの男は!私たちはチームだぞ!」
「きっと服屋ですよ。魔族の服が気に入らなかったようですから。仕方ないですよ」
地団駄を踏むオルドをなだめるように説明するリヴ。その柔らかい表情を見たルルが横から声をかけてくる。
「なんだかやけにアインさんの肩を持ちますね。やっぱりあのあと何かあったんじゃ……」
「そ、そんなことは……ってあのあとってどのあとですか?」
部屋を覗いていたことがバレてしまいそうになり、ルルは大げさに腕を振って誤魔化そうとする。リヴは疑いのまなざしでルルを睨みつけるが、ジークが思い出したように手を叩く。
「ああキッスのことか!」
「だからしてませんってば!!」
即座に否定するリヴだったが、オルドとルルは目を丸くして口を空けている。
「本当です!!」
顔を前に突き出しながら再度否定するが、ジークのせいでオルドとルルは、暫くリヴがだいぶ大人に見えてしまった。
アインは体にまとわりつく魔族の服が気持ち悪くて仕方がなかった。
カーターの町の魔族に何かをされたわけではない。だが、嫌でも囚われていた二百年間を思い出してしまう。ジークたちと出会い、少しずつ過去になっていたあの日々が蘇ってしまう。
(リヴのローブでは何も感じなかったのにな)
奇妙な感覚に苛まれながら町を進むと、アインは一軒の服屋を発見する。
「……いらっしゃい」
店主は愛想の無い老婆だった。
ボロボロの魔族の服に身を包み、何日間も風呂に入っていないアインは形容しがたい匂いを放っていたが、老婆は何の反応も示さない。それがアインにとっては心地よかった。
「これをくれ」
アインは乱雑に陳列された棚から黒い服を取り出す。彼が過去に着ていたものと似たデザインで、何の特徴もない服だ。
老婆は何も答えずに紙に値段を書いて差し出してくる。アインは懐をまさぐるが、そこで初めてお金を一つも持っていないことに気がつく。
「……」
「……」
互いに何も口を開かない。
老婆の鋭い眼光は絶えずアインを睨みつけており、思わず目を逸らしてしまいそうになる。
そんな時、店の入口にガラの悪い若者が姿を現す。
「ようババア。金は用意できたか?」
「帰んな。接客中だよ」
派手な赤に髪を染め、胸元を大きく開けたその若者に対して一歩も引かずに睨みをきかせる老婆。
若者はヘラヘラと笑いながら店の看板を蹴り飛ばす。
「客だ?こんなチンケな店に客なんて来るわけねぇだろ!どうせ物乞いかなんかだろ、なぁ!」
若者はアインの胸ぐらを掴み、見下した目付きで睨みつける。
「くっせぇなぁ!てめぇはゴミでも漁ってろ!」
そう言って若者は拳を振り上げるが、その拳が振り下ろされる直前に老婆が声を上げる。
「やめとくれ!ほら金だ。これ持ってとっとと出とってくれ!」
「ふん、最初からそうしろってんだ」
若者はアインを突き飛ばすと、老婆からお金をふんだくって店を出ていく。
「おい、浮浪者。二度ときたねぇつらみせんなよ」
捨てぜりふを残した若者の姿が見えなくなると、ようやく老婆は息を吐いて座り込む。
「……なぜ俺を止めた?」
アインは剣に添えた手をようやく離す。
「止めなきゃあんたあの小僧殺してたろ」
「殺すまではしない。せいぜいその半分だ」
「同じことさ」
老婆はお金がなくなった引き出しから煙草を取り出し、アインにマッチを投げつける。
「つけな」
有無を言わせぬ老婆の迫力に押され、アインはしゃがみ込んで煙草に火をつける。
「あんなんでも私の孫でね」
煙を吐きながら空を眺める老婆。
「昔は可愛かったもんさ。目に入れても痛くないってのは本当だって思えるほどにね」
面倒なことに巻き込まれたとすぐに立ち去ろうとするアインだったが、老婆に腕を掴まれてしまう。
「最近は良くない連中とつるんでるみたいでね。どうやら金も連中に貢いでるらしい」
「それが俺と何の関係が……」
老婆の腕は弱々しく、簡単に振りほどける。振りほどく必要すらないかもしれない。少し手を引けば老婆はバランスを崩して倒れてしまうだろう。
それができなかったのは老婆のヨボヨボの顔にうっすらと涙が浮かんでいたからだった。
「服はタダでやる。欲しけりゃ金もやる」
「……俺にお前の孫を救えと?」
アインが腕を振りほどかないとわかると、老婆はゆっくり手を離し、代わりにアインが持ってきた服を手渡す。
「私は何も言ってない。服泥棒になりたくなきゃ自分で考えな」
「……くえないババアだ」
そう言うとアインは老婆が手渡した服に袖を通す。
「見違えたね。まるで伝説の勇者様みたいだ」
「よく言う」
くしゃくしゃの笑顔で大げさにアインを褒める老婆。アインは目をつぶり、僅かに笑みをこぼした。




