第三十九話「それぞれの苦悩」
昼過ぎに町を出発し、一行は川の手前の町を目指し始めた。
カーターとの戦いで思わぬ無駄足を踏まされたが、本来の目的は滅都に取り残されたオルドの部下を救い出す事だ。
彼女たちと別れてから既に一週間ほどが経過しており、オルドの心中は穏やかではない。
「彼女らもヴァルキリア家の人間、そう簡単に死にはしない。それにたとえそうなったとしても覚悟はできているはずだ」
心配そうに腰にしがみつくリヴに対してそう告げるオルドだが、顔を見なくても不安が伝わってくる。
「きっと、大丈夫ですよ」
根拠のないリヴの言葉。慰めにもならないその言葉にでも幾分かオルドの心は軽くなる。
「……ありがとう」
オルドがもっとも懸念する事は彼女らを救えないことではない。救えなかったあとのことだ。
カーターに乗っ取られたアインと彼女らの姿が重なる。
もし彼女らが意識を乗っ取られたままだったら、取り戻すことができなかったら、自分はどうすべきだろうか。
手綱を握る手が強くなる。
アインのように死ぬことがないなら、あるいは自分も同じ方法をとるかもしれない。
いや、だとしても大切な部下たちを手に掛けることが自分にできるだろうか。そののど元に剣を突き刺し、腹を裂き、首を落とすことができるだろうか。
この腰を掴むか弱い腕は、どれほどの覚悟をもってそれを成し遂げたのだろう。
その時は、自分も覚悟を決めなければならない。責任を取らなければならない。それは誰にも任せられないし、任せてはならない。
日が落ちる。
また一日が終わる。
誰がどこでどれほど心を打ちのめされても、世界は待ってくれない。
それは人間も魔族たちも同様だ。
魔王城では完全に回復したバートンが魔王の間で玉座を見下ろしていた。
意を決して手をつこうとするが、玉座に触れた途端鋭い痛みが右腕に走る。
「くっ!」
手を離して右腕を見つめるも、リヴに焼かれた傷あとは何処にもない。指を動かしても何の問題もない。だがそれでもこの腕は自分が王座に就く事を認めようとはしない。
「どこまで貴様は私の邪魔をする……」
百九十年。
リヴが産まれてからそれだけの年月が過ぎた。
その年月分バートンは苦汁を飲まされ続けた。
大魔族になっても、四天王になっても、それは変わらない。いつでも前には妹であるリヴが居た。その背中を睨みつけ続けた。
今、自分の前には誰も居ない。玉座も手の届くところにある。それでもはるかに遠く感じる。
「重症じゃな」
「ああ。だけどそれでいい。アイツは実力も経験も十分ある。あとは自信と覚悟だ」
四天王、アモールとスパーダが自分たちに気が付かないほど打ちのめされているバートンを部屋の入り口から見つめる。
「あやつは姫様に届きうると?」
「当然だ。確かにリヴは強大だが、アイツだって魔王の息子だ。潜在能力は俺たち他の四天王とはケタが違う」
スパーダはバートンが産まれた時のことを思い出す。
母親である女王がバートンの魔力に耐えきれず、その体を犠牲にしてバートンは誕生した。
バートン自身もその魔力を抑えきれずに暴走し、スパーダが駆けつけるまでに数十人の魔族が犠牲となった。
「アイツはリヴを愚かだとかなんとか言ってるが、アイツが一番リヴを恐れてる。だからこそ帝都を攻めたときもルクスを連れてった」
「確かにの。いつものあやつなら手柄を独り占めにするために一人で向かうはずじゃ」
部屋を後にし、廊下を歩きながら議論するスパーダとアモール。
「かといって俺を連れて行くほどの覚悟もない。俺を連れて行ってリヴを倒しても自分の力で勝ったとは思えないんだろ」
「面倒なやつじゃ。どんな手段を用いろうとも勝たなければ意味がないじゃろう」
ルクスが寝ている部屋の前で立ち止まり、二人は扉を開ける。
「だがアイツの采配は間違っていなかった」
「うむ。これは楽しみじゃ」
二人は部屋の中には入らない。いや、入れない。
一向に目覚めないルクスからは壮大な魔力が垂れ流しになっており、近づくものを無意識に排除する。ここに運び込む際にも被害が出ており、スパーダでさえ傷を負った。
「このままじゃお前が最弱になっちまうぞ、アモール」
背中を叩こうとするスパーダの太い腕を軽く受け止めるアモール。
「案ずるな。妾はお主の弟子じゃぞ?」
「ならもう少し弟子らしくしろってんだ。出会った頃はもっと可愛げがあったってのによ」
受け止められた腕を無理やりアモールの頭に持っていき、髪をわしゃわしゃと撫でるスパーダ。アモールのムチが飛んでくるまでそれは続く。
「ふん。ならば次は妾が姫様の捕獲に行って来るとしよう」
「……本気か?」
真面目な顔でアモールを心配するスパーダだが、アモールはムチをしならせて言い放つ。
「無論じゃ。バートンの尻ぬぐいは妾に任せよ。魔王軍最強の戦士、スパーダの一番弟子をなめるでないぞ」
アモールはスパーダに背を向け、廊下を進んでいく。
百八十七年前に出会った小さな女魔族の背中はいつの間にか大魔族の大きな背中となっており、自分と肩を並べるまでに成長していた。
「年だな、俺も。なあ魔王よ」
苦悩するバートン。
成長するルクス。
自分の手を離れるアモール。
唯一友と呼べる存在だった魔王はもう居ない。 いつの間にか一人になってしまったスパーダは、それを悲しむべきなのか喜ぶべきなのか、彼には答えが出せなかった。




