第百十二話「侵入者」
なぜこの人はこんなに悲しそうな顔をしているんだろう。悲しいのは私の方なのに。
魔族によって故郷を滅ぼされたリーベが、初対面のアルトラに対して抱いた感情はそれだった。 蔑みでも哀れみでもない。ただただ純粋な悲しみ。なんの策略も謀略もない真っすぐな感情。
この人なら、この人になら。
家族を失った悲しみを向けられる。受け止めてくれる。
「アルトラ様……!」
見慣れたベッドから飛び起きるリーベ。
灰哭隊が無くなった事もアルトラが去った事も全て夢だったらどれ程良かっただろうか。だが自分の頬を伝う涙が全てが現実だと突きつけてくる。
「目が覚めたか。ベッドを借りてるぞ」
涙を拭いながら声のした横に視線を移すと、一人の男とその傍らで眠りにつく女が目に入る。
「貴様ら……」
見たくもない顔。聞きたくもない声。
自分の世界を奪った男。
腰の軍刀に手を伸ばそうとするもそこに武器はなく、それどころか纏っていたはずの黒い軍服もいつの間にか脱がされている。
「き、貴様らっ!」
怒りと恥辱に顔を赤らめながら、肌着姿のリーベは毛布にくるまってアインを睨みつける。
「私の心だけに飽き足らず、身まで汚そうというのか!」
自分が発することのできる精一杯の蔑みの表情を侵略者に対して向けるが、当のアインは顔色一つ変えない。それどころかその視線はリーベではなく、すやすやと寝息を立てるローブの女性へと向いている。
「どこまで私を馬鹿にする……もういい! お前を殺して私も死ぬ!」
武器も手段も無いが、リーベは感情のままにベッドから飛び出すと両手を突き出しながらアインに突撃する。
「騒がしいな。少しは落ち着いたらどうだ。そもそもお前は誰だ」
リーベの突撃を軽くかわしたアインは、勢い余って壁に激突しそうになる彼女を見下ろしながらそう告げる。
「貴様に名乗る名など無い!」
「やあ、目が覚めたのかい?」
「で? これはどういう状況なんだ?」
肌着のまま臨戦態勢に入るリーベだったが、仮眠室の扉が開いてさらに複数の男性が顔を覗かせると自分が如何に恥ずかしい姿を顕にしているかを再認識させられる。
「くっ! 新手か!」
アインのことは一旦諦め、リーベは毛布を掴むと扉から現れたジークとグロモスに向かってそれを投げつける。
「うわっ!」
「なんだよ!」
二人の目をくらました隙にリーベは身を屈ませて扉の隙間を通り抜け、仮眠室を脱出する。向かう先は彼女が一番好きだった場所である執務室だ。殆ど片付けてしまったが、あそこなら替えの服も武器もある。
「わっ! 危ないじゃないですか!」
失念していたのは敵の数だった。
灰哭隊駐屯所への侵入者は全部で六人。仮眠室には四人。残りの二人の内の一人であるルルと曲がり角でぶつかりそうになる。
「あなた、目が覚めたのは良かったですけど、なんでその格好でうろついてるんですか?」
相手が女性であることにほんの少しだけ安堵するリーベだったが、敵であることには変わりない。だが武器もない今、無闇に事を荒立てれば不利になるのは自分だ。
ようやく冷静さを取り戻したリーベは対話を試みる。
「お前、帝国の軍人だな。ここに何しに来た」
ルルの緑のストライプがあしらわれた軍服を見て自分よりも階級が下だと判断したリーベは強気の姿勢で話しかける。
「何って、大佐がアルトラさんに会いに行こうって……それで私もリヴを少し外に出した方が良いんじゃないかって……それで」
リーベの毅然とした態度とその服装とのギャップにたじたじになりながら答えるルルだったが、アルトラの名前が出て以降は殆どリーベの耳には入っていかなかった。
(大佐、先ほどの金髪の男か……こいつらは軍の関係者なのか? いや、少なくともあの大男と黒服の男、それに寝ていた女は関係者では無いはずだ。だが今はそんなことはどうでもいい……)
リーベにとって重要なのはアインたちがアルトラの敵なのかどうかという事だけだった。
(会いに来た……何のために? アルトラ様が軍を去った原因がこいつらにあるならわざわざ来るような真似はしないか? いやそれとも本当に軍を去ったのか確かめに来たのか? それは何故だ?)
「あのぅ……」
ルルを前にしながら怖い顔で考え込むリーベに、ルルは恐る恐る声をかける。
「何だ! 今考え中だ!」
「とりあえず、服を着ませんか?」
ルルは見てるこっちが恥ずかしいと言わんばかりの表情で、腕を組みながら考え事をするリーベに対してそう告げた。




