第百七話「もくろみ」
「テーレ? 何処じゃそれは」
魔王城に戻ってきたバートンは魔王の間にスパーダとアモールを呼び寄せ、台の上に古びた地図を広げていた。
バートンが一人で戦いに行った事に不貞腐れていたアモールはバートンの言葉をよく聞きもせずに鞭をいじっている。
「お前は行ったこと無いのか? アレだ。勇者が生まれた小さな村だ」
思い出したくない記憶でもあるように苦い顔をしながらスパーダが説明する。
「そうだ。勇者どもが愚妹を目覚めさせようとするならば十中八九あの地を目指すであろう」
バートンは指先でトントンと地図の一番南に位置するその場所を突く。
「しかし魔力欠乏症とはのぅ。姫様も難儀なものじゃな。なぁ、バートン」
「……なぜ、我を見る?」
鞭の先をいじりながら横目でバートンを見るアモール。バートンはうっとおしそうにアモールを睨み返す。
「魔力欠乏症の治療法は魔力の補充じゃ。ならばお前の魔力を分け与えてやればよいではないか。血を分けた兄妹じゃ、拒絶反応もないじゃろうて」
「……なぜ我がそんな事をしなければならない? それに我は純潔で愚妹は混血だ。血は半分しか分けておらぬ」
ばつが悪そうな顔でアモールから逃れるように後ろを向くバートン。
「なんじゃ。冷たいのう。まぁ妾とてゴメンじゃが」
「……」
「やめとけアモール」
だんまりを決め込むバートンに代わり、スパーダがアモールに答える。
「なぜじゃ? 邪魔だった姫様が図らずとも再起不能になったんじゃぞ? こんな愉快な事はあるまい。それともスパーダ、お主は姫様を助けるというかえ?」
上機嫌なアモールは鞭を何度も地面に打ち付けながら興奮した様子で声を張り上げる。
僅かに沈黙が流れたあと、スパーダがゆっくりと口を開く。
「……できねぇんだ」
「なんじゃと?」
小さく落ち込んだ言葉のスパーダに対し、アモールは途端に不機嫌な様子で目尻を上げる。
「姫様の魔力は強大だ。俺もバートンももちろんお前も、下手に魔力を分け与えようとすりゃ根こそぎ持ってかれちまう。たとえ姫様を助けられても今度はこっちが魔力欠乏症一直線だ」
真剣な表情のスパーダを見たアモールは口を閉ざし、隣にいたバートンを見るもその表情はスパーダと同様に暗く沈んでいる。
「なんじゃ? なんだかんだ言っても貴様も姫様の力を理解しているではないか」
「……当たり前だ。何年あの愚妹と共にいると思っている」
てっきり蔑みの言葉が来ると楽しみにしていたアモールは、バートンの沈んだままの表情を見るとつまらなそうに口を閉じる。
「話を戻すぞ。テーレには命の加護を授かった女が居る」
「命の加護じゃと?」
アモールの顔に光が戻っていく。
「ああそうだ。加護が神共の取りこぼしであることは知ってるよな?」
「また魔女の話かえ?」
スパーダの話を聞いたアモールは足を王座に掛けながらそっぽを向く。
「ふん。少しは歴史を勉強したらどうなんだ? 何のために長生きしている」
バートンは王座に掛かったアモールの足を薙ぎ祓い、代わりに自分の足を乗せる。
「なぜ魔族である妾が歴史を学ばねばならぬ? 歴史など自分で作ればよいではないか」
互いに一歩も譲らず足を乗せ合うバートンとアモール。それをしばらく眺めていたスパーダだったが、しばらくすると拳を地面に打ちつける。その反動で王座は大きく揺れ、二人の足はどちらとも地面に落ちていく。
「いいか、落ち着け」
二人を黙らせるにはその一言で十分だった。
「加護の話はしたな? これは俺の予想だがな、恐らく俺たち魔族の力と加護は連動している。やつらが正の力なら俺たちの力は負だ。いや、その逆かもしれねぇが」
「話をしても?」
黙って話を聞いていたアモールは恐る恐る手を挙げ、スパーダは小さく首を捻りながらアモールに手を差し伸べる。
「では言わせてもらおうかの。くだらぬ話はとっとと止めるのじゃ。結論を言ったらどうかの?」
「……命の加護の発現は二百年前。あれは魔王の不死の加護と連動している。たぶん勇者の呪いと同等の力だ」
鞭が地面に落ちる音が響く。
アモールは目を見開きながらバートンの方を見るが、バートンはあらかじめ知っていたようで苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「勇者の力は所詮は呪い。つまり効力は奴自身にしか及ばねぇ。命の加護はその逆だ。他人の命を他人に与える」
「それが神の加護じゃと? まるで死神ではないか!」
「そうだ。だが相手が不死だとしたら……」
黙っていたバートンが口を挟む。
「まさかバートン、貴様……」
「どちらにせよ勇者は邪魔な存在だ。葬り去るチャンスがあるならば利用しない手はない」
不気味に笑うバートン。
「俺はそういうのは好かねぇ。だがバートン、お前のそういう強かなところも嫌いじゃねぇさ」
スパーダは顔を引きつらせるアモールとバートンの肩を叩き、重たい腰を上げると玉座を後にする。
バルトーレの町。
ジークたちが病院に運ばれた夜、チルッタは一人町の外れで小さな墓を建てていた。墓には父の名前が刻まれており、チルッタは手を合わせて目をつぶる。
「父さん……」
涙を一粒流したチルッタは突風に驚いて目を開ける。そして目の前に居た人物にさらに驚愕させられた。
「な、なんであんたが……」
「勇者とあの魔族を救いたくはないか?」
チルッタにテーレの情報を渡し、バートンは高笑いしながら夜空を飛んでいった。




