第百四話「世界への叫び」
「魔族の武器は鋭い爪と牙、そして我々の常識を超える魔術という力だ」
「へぇ。僕の加護みたいなものかな?」
加護が発現し、ウーが正式に灰哭隊の戦闘員となったあの日。パルメはウーを机に座らせて魔族の脅威を伝えようとしていた。
「ああそうだ。お前の力は奴らに届きうる天からの贈り物だ」
ウーに寄り添ってその頭を優しく撫でるパルメ。ウーはにっこり笑いながら姉の手の感触を楽しんでいるが、パルメの顔はどこか浮かない。
「できればこんな力には目覚めてほしくなかった。そうすれば戦うことなど無かったのに」
「え? 何か言った?」
一人言のように呟く姉の悲しげな様子に不思議そうな顔で疑問を口にするウーに、パルメは慌てて表情を作る。
「なんでもない。とにかく、魔族は危険な存在だ。だからこそ抹殺しなければならない」
顔を引き締めてウーから離れ、パルメは真剣な表情で自分たちの目的を宣言するが、ウーはキョトンとした表情で質問する。
「ねぇちゃん。なんで魔族を殺すの?」
「魔族が悪だからだ」
「なんで魔族は悪なの?」
「私たちの家族を殺したからだ」
「なんで家族を殺したの?」
「……魔族が悪だからだ」
「あれ? なんで魔族は悪なの?」
「それは……」
それ以上答えられない。
ウーの質問がいつまでも続くからでは無い。自分自身への問いかけが終わらないからだ。
結局その答えが見つからないままパルメは今日まで生きて、そして殺してきた。
「パルメ! 姉上!」
唯一残された肉親であるアルトラの言葉も届かない。
パルメは向かってきた魔喰獣に抱きつくが、その腹には魔喰獣の爪によって貫かれた大きな穴が空く。
「え?」
過去の記憶から一気に現実に引き戻されたパルメから爪を引き抜く魔喰獣。
「くそっ、くそっ!!」
吐き気を催しながらもアルトラは魔喰獣に体当たりをする。僅かに体勢を崩す魔喰獣の隙を突いてパルメを回収するが、既にパルメは目の焦点が合っておらず、あらゆる穴から血液が漏れている。
「パルメ! おいパルメ!」
無駄だとわかっていても叫ぶのをやめられないアルトラ。
パルメは何かを呟くだけでアルトラの言葉には答えない。
「早くこっちへ!」
手を上げるルルの元へ駆け込みパルメを下ろすアルトラだったが、その様子を見たルルとジークは言葉を失って動けなくなる。
「こりゃあひでぇ……助からねぇぞ」
唯一口を開いたグロモスだったが、ジークもルルも頭の中は同じ考えだった。
「なんで……こんな事に……!」
僅か数分の間に残された全ての家族を失ってしまったアルトラは何度も地面に拳を打ち付けて涙を流す。
「……」
涙が流れ落ちるアルトラの頬にパルメの震える手が触れる。その唇は何かを伝えようとしているが、声を発するほどの力が残されていない。
「何だ、パルメ!」
涙を拭き取り、アルトラはパルメの口元に耳を近づける。
「ごめんね……ありがとう……愛してる」
最後の力を振り絞ったパルメは弟への謝罪と感謝と愛を告げ、二十六年の人生を終えた。
アルトラは無言のまま姉の亡骸を抱きしめ、その後体を地面に下ろすと自分の軍服を脱いでその顔を隠すように被せる。
「あ……」
声をかけようとするジークだったが、アルトラの全身からほとばしる殺気に息が詰まってしまう。
ルルは声を押し殺して涙を流し、冷たくなったパルメの手を握りしめている。
「アイン、その魔喰獣はウーなんだな?」
「……ああ」
爪の先に付着したパルメの血液をしゃぶっている魔喰獣に近寄りながらアインに確認を取るアルトラ。
「魔喰獣を人間に戻す方法は?」
「俺には分からない」
淡々と質問を続けるアルトラはアインの返答を受けるとパルメの剣を片手に握りしめながら魔喰獣の前に立つ。
「それを聞いて安心した。こいつはもうウーじゃない。俺は弟を殺さずに済む」
目の前で剣を握りしめているアルトラに対して何の警戒も見せない魔喰獣。
アルトラからはいつの間にか殺気が完全に消えており、そのせいで魔喰獣はアルトラを認識できていないようだ。それどころか離れた位置にいるバートンの方に視線を向けている。
「手を出すな」
「貴様……人間の分際で我に命令するか!」
暗く沈んだアルトラの言葉に機敏に反応するバートン。標的を魔喰獣からアルトラに変更しようとするが、アインが目の前に立ちはだかったことでさらに頭に血を上らせる。
「勇者! どこまで我の邪魔をする! 死なないからといっていい気になっているな!?」
この瞬間、バートンはアインに不死の呪いをかけた父である魔王を心の底から恨む。
だが次のアインの行動を受けてバートンは驚きの表情を見せた。
「……頼む。アルトラの意志を尊重してやってくれ」
アインは根絶やしにしたいほど憎んでいた魔族であるバートンに対して深々と頭を下げながらそう言った。
「感謝する」
小さく呟いたアルトラは、バートンに視線を向け続ける魔喰獣の喉にごく自然に剣を突き立てる。
「さらばだ」
魔喰獣は苦しみに悶えることなく、その知性の欠片もない目が白くなっていく。
剣を伝って魔喰獣の体がアルトラの方に倒れていき、アルトラの体に触れる頃には元の姿であるウーに戻っていた。
「良かった。これで同じ墓に入れられる」
平然を保っていたアルトラだったが、ウーの体が完全に冷たくなると一気に感情が溢れ出す。
「うう……う……」
灰哭隊第一部隊隊長パルメ。
第三部隊隊長シナム。
第四部隊隊長ウー。
世界よりも大切な三人の家族を失ったアルトラは、この世界すべてに響き渡るように叫び続けた。




