第百三話「弟の仇」
パルメの悲鳴とバートンの雷が共鳴するように辺りに響き渡る。
「落ち着いてください! 今はとにかく離れないと!」
「な、なななんで、なんでシナムが!?」
何とかこの場から避難しようと腕を引っ張るルルを振り切り、パルメはシナムの生首に覆いかぶさるように手をかざす。
「ウーは?」
顔を上げたパルメは、シナムの死を悲しむと同時に先程までそこに居たはずのウーの名前を呼ぶ。だがそこに居るのはウーではなく、黒い灰哭隊の制服の一部がまとわりついた魔喰獣だった。
「魔……喰獣? どうしてここに、どうしてその服を?」
「パルメ! しっかりしてください!」
口を開けて脱力するパルメの肩を揺さぶって何とか正気に戻そうとするルルだったが、パルメの心はここに非ずといった感じだ。
目線が定まらず、シナムの死体と魔喰獣を何度も視界に収める。次第に涙が溢れてくるが、その視界の端にバートンの姿を捉えると、ぷつりとパルメの頭の中で何かが音を立てて切れる。
「貴様かぁぁぁぁ!!」
ルルをはねのけてパルメは一心不乱にバートンに突撃していく。何度も雷が体に当たりそうになるが避けようとする素振りすら見せない。
だがバートンに近づくにつれて雷の密集具合は高くなり、彼女を貫くのは時間の問題だった。
「パルメ!」
全速力で駆けてきたアルトラがパルメを突き飛ばす。先程まで二人が居た場所には鋭い雷が落ち、底が見えなくなるほど地面がえぐれている。直撃していれば間違いなく命は無かっただろう。
「離せアルトラ! シナムの、ウーの仇を討つ!」
アルトラの脇に抱えられたパルメは、遠ざかっていくバートンの姿を睨みつけながらアルトラの背中を激しく叩いて抵抗する。
「堪えろパルメ! 堪えろ!」
そう言って走るアルトラ自身の顔にも大粒の涙が浮かんでいる。
状況は完全には理解できていないが、ウーの服を着た魔喰獣と深い爪痕でえぐられたシナムの死体から何となく理解する。
「アインさん! 無茶なことしないでください!」
バートンの神経を逆なでするような発言をしたアインを非難しながらルルも戦場から退避する。
「勇者よ、我の方がそこの愚妹より数段格上だということを思い知るがいい!」
隣りに居るアインへの配慮など一切せずに、バートンは力を全て解放する。その瞬間バートンは太陽のように激しい光を放ち、その場に居る全員の視界が奪われる。
「きゃっ!」
「ルル! 早く!」
ジークは避難が一歩遅れたルルの手を強く引き寄せ、ルルを庇うようにその体を覆う。焼けるような光を背中に受けながら、ルルの頭を自分の胸に押し付けて必死に耐える。
魔喰獣もまた光を遠ざけるように巨大な手を顔の前にかざしているが、臆することなくそのまま光源であるバートンに突っ込んでいく。
雄叫びを上げながら突進する魔喰獣だが、その太い足に数え切れないほどの細かい電流が流され、その巨体はバランスを失って勢いよく地面に倒れる。
「今だ勇者!」
バートンが叫ぶよりも前に飛び出していたアインは目の前が眩みながらも魔喰獣の息遣いを頼りに手にした剣をその喉元目掛けて突きつける。
「悪く思うな」
一切面識の無い相手ではあったが、死してなお無理やり命を動かされる行為に対して、アインは似たような境遇に置かれるものとして少なからず思うところもある。
だからこそちゃんと殺してやらなければならないという使命感のような物を胸に剣で喉を貫くが、剣は喉に触れる前にウーの風の加護によって粉々に砕かれてしまう。
「くっ……がっ!」
風は剣を持つアインの腕にまで上っていき、その指先からミンチにしていく。
数多の痛みに耐えてきたアインだったが、ヤスリで削ぎ落とされるような苦痛に顔を歪める。
「何をしている! 我の足を引っ張るな!」
アインもろとも貫く雷がバートンから放たれるが、ウーの風の加護はそれを容易く打ち返し、バートンは自らの雷に貫かれて低い悲鳴を上げる。
「なっ! うがぁぁぁぁ!!」
魔喰獣がバートンにかまけている間にアインは退避し、指の回復を待つ。
「お前こそ無様だな」
「黙れ勇者! その減らず口を閉じなければあそこの人間どもから先に片付けるぞ!」
余裕の無い表情で叫ぶバートンは、手のひらを避難しているジークたちに向けながらアインを罵る。
「ふん、確かにリヴを仕留めるチャンスは今しかないだろうな」
「貴様……いい加減に……」
今にも争いを始めそうな二人だったが、魔喰獣は決着がつくまで待ってはくれない。それどころか二人への興味を無くして避難しているパルメとアルトラの方へと駆け出した。
「くそっ! アルトラ!」
アインの叫び声と向かってくる魔喰獣を迎え撃とうとするアルトラだったが、パルメは依然としてウーとシナムの仇だと思い込んでいるバートンへの敵意をむき出しにしている。
アルトラが魔喰獣に気を取られている間にパルメはその場から抜け出し、剣を片手にバートンに突っ込んでいく。
「うおぉぉぉぉ!」
「待てパルメ!」
手を伸ばすアルトラの隣を、叫び声を上げながら駆け抜けたパルメだったが、魔喰獣と化したウーとすれ違った途端ピタリと足を止める。
「え……」
後ろを振り返りながら再度魔喰獣を視界に捉えると、魔喰獣もまた足を止めてパルメを見つめている。
「ウー……?」
視線の先の魔喰獣にウーの面影は一切ない。体にまとわりついている黒い軍服も灰哭隊の標準装備でありウー個人を特定するものではない。
だがパルメの目にははっきりとウーの姿が映し出されていた。
「ねぇちゃん」
「ウー!」
魔喰獣は跳ねながらパルメを目掛けて飛んでいく。パルメは剣を下ろして両手を前に出してウーを迎え入れようとしている。その目にはもう魔喰獣の姿は映っておらず、弟を迎え入れる姉の顔になっていた。




