第百二話「悲鳴」
リヴを支えているチルッタは容赦なく襲いかかる怒涛の情報の連続に頭が混乱していたが、誰に問いかけるでもなく一つの疑問を口にする。
「アインはあの魔族と知り合いなの?」
魔族を目にするのはそう珍しくない現代。
チルッタもリヴを発見したようにたまに野良の魔族を目にしていた。
だが今アインの隣に居る魔族はそのどれとも違う。どこか気品のような物を持ち合わせており、首から下だけ見れば紳士のようだ。しかしその魔族から放たれる力は自然と頭を垂れてしまいそうなほど圧倒的だ。
アインはその魔族に臆することなく肩を並べている。草原で最初に会ったときは今にも死にそうなほど衰弱していたというのに今はその面影すらない。
「そもそもアインって何者なの?」
答えが返ってくる前にチルッタは次の疑問を口にする。
「勇者さ」
「え?」
アインを見つめながら返答するジークの言葉はチルッタの疑問を解決するものではなかった。
だがそれ以上疑問は口にできない。
答えを持ち合わせているだろうジークもルルも、完全に瞳をアインに奪われているからだ。
ウーだった魔喰獣は低く唸り声を上げながらバートンを睨んでいる。
バートンは少し考え込んだ後、隣で体を強張らせているアインを上から見下ろす。
「勇者、あの怪物について何か知っているようだな。我に伝えよ」
毅然とした態度のままアインに質問という名の命令を下すバートン。その態度に多少なりとも頭にくるアインだったが、ぐっとこらえて口を開く。
だがアイン自身もそれほど魔喰獣について詳しいわけではない。
「魔族を喰らって進化した獣……ある男はそう言っていた」
ならず者たちのアジトで初めて魔喰獣を目撃した時の記憶をバートンに語るアインだったが、今目の前でウーから変化した魔喰獣とは認識が異なる。
「我には人間があの怪物に変化したように見えたのだが。我の見間違いが、貴様の発言が偽りであるか、どちらであろうな?」
「ならお前の見間違いだ」
威圧的な態度で語りかけるバートンにそっけない返事をするアイン。その軽口にバートンは反応することなく両手の先に魔力をためていく。
「どちらにせよあれは世界の理を逸脱した怪物だ。世界の支配者として見過ごすわけにはいかん」
「同感だ。お前が支配者という点以外はな」
アインも腰を低くしながら剣を握りしめる手に力を込める。
咆哮。
それと同時に突撃する魔喰獣は両手を広げ、鋭い爪を二人に振りかざす。
「勇者、奴には我の……いや魔族の魔術の効きが薄い。癪だがとどめは貴様が刺せ」
十本の指から雷がほとばしり、地面に流れ込んでいる。
「いきなり言い訳か? それはお前の出力不足だろう。リヴの炎は問題なく効いていたぞ」
「なんだと?」
アインの馬鹿にしたような声色にバートンの怒りが爆発する。
体中から四方八方に雷が放たれ、無差別に辺りを攻撃していく。
「ルル! ここは大丈夫だから彼らを避難させてくれ!」
「はい!」
慌てた顔でルルに指示を出し、ジーク自身も地面を這いながらチルッタと共にさらに後方へと下がる。
「みなさん! 大丈夫ですか!」
ルルは気絶するエーデルとティアベルをゆすって起こそうとするが、二人は全く目を覚まさない。
「必ず、助けますから!」
二人の手を引っ張るルルだが、エーデルはともかくティアベルの重量を移動することは困難だ。
だがそれでも歯を食いしばって地面を蹴っていると、急に体が軽くなる。
「手伝うぜ、嬢ちゃん」
そこに立っていたのは先程まで重傷を負っていたグロモスだった。
「あなた、怪我は大丈夫なんですか!?」
「嫁の一大事だ。おちおち寝ていられるかよ」
とても完治しているとは思えないが、ルルとは比べ物にならない力で、グロモスはエーデルを肩にひょいと持ち上げ、ティアベルも腕に抱える。
「ここは頼みました! 私はパルメたちを!」
「ああ、気をつけろよ!」
ルルは二人をグロモスに任せ、雷が飛び交う中パルメとアルトラのもとに向かう。
「パルメ! 大丈夫ですか!」
「うう……」
パルメの頬を叩きながら声をかけると、パルメは小さくうめきながらまぶたを開いた。
「くっ……」
パルメが目を覚ますとほぼ同時にアルトラも雷の音に呼び覚まされるように目を開ける。
「良かった、二人とも動けますか!? 急いで離れましょう!」
「あ、ああ」
まだ頭がぼんやりとするパルメは何がなんだか分からないままルルに腕を引っ張られるが、足元に当たった何かに視線を移すとけたたましい悲鳴をあげる。
「きゃぁぁぁぁあ!!」
「どうした! ……シナム!?」
頭を押さえていたアルトラも姉の悲鳴に一気に現実に引き戻される。
腰を抜かしている彼女の足元には魔喰獣と化したウーによって切離されたシナムの生首が転がっていた。




