第九十七話「町の外での争いその七」
「いやぁしかし加護っていうのは本当に便利だね。驚いたよ」
ウーの加護によってぷかぷかと浮かぶジークが空中を泳ぐようなしぐさで感嘆の声を漏らす。
「その割にはずいぶんと適応しているみたいだな」
少し呆れた様子でジークを眺めるアルトラ。
「当然だよ。僕は世界に愛された人間だからね」
ジークの言葉にすっかり機嫌を良くしたウーは調子に乗って手をバタバタとさせている。
さっきまで殺し合いをしていたのが噓のようだ。
そんなご機嫌なウーだが、その表情とは裏腹に体力はだいぶ尽きかけていた。
それもそのはず、戦闘によって長時間加護を使用した上に現在もエーデル、ティアベル、グロモス、ジーク、オルド、ルル、そしてパルメの七人を加護の力で運んでいる。
今すぐにでも倒れてしまいそうだが、アルトラとジークに頼られていると思うと不思議と力が湧いてくる。
「にひひっ」
必要とされている。
それはウーにとっての何よりの喜びだった。
ホリー四姉弟が家族を失ったあの日。
ウーを除いた三人はハッキリとその日の惨劇を覚えている。だがまだ幼かったウーはその日の記憶どころか両親の顔すら覚えていない。
なぜ自分には両親が居ないのか、それはどうでもよかった。
アルトラとパルメが愛情を持って育て、シナムが刺激を与えてくれたからだ。
だがなぜ家族が魔族を滅ぼしたいほど憎んでいるのかは理解できなかった。
いつの間にか同じ志を持った仲間が集まり、灰哭隊が結成されてからもウーはなんとなく家族についていっただけだった。
家族もウーを一人にしないため程度の理由で入隊を許可し、実際の魔族討伐の任につかせるつもりは毛頭なかった。
しかし、ウーには人とは違う特別な力があった。
加護。
人類に与えられた神の力。
それは唯一魔族の魔術に対抗できる力。
望んで手に入れた力では無かったが、ウーが少し手を振るだけで下級魔族は塵になる。
シナムを含んだ灰哭隊の面々はその力に大いに沸き立ち、魔族を殺すことは彼らの喜びになると幼きウーは知る。そこには正義も悪も無く、理念や執念も無い。
ただ単純な喜びと温もり。魔族はそれを得るための餌。
それがウーのすべてだった。
最初はウーの歪んだ愛情表現に戸惑ったパルメとアルトラだったが、無邪気な笑顔を見ていると何も咎めることができなくなる。何よりも自分たちの為に行動するウーの姿が愛おしくてたまらなかった。
たとえそれが世間とはずれていたとしても、彼女ら姉弟にとってはこの灰哭隊が世界だった。
パルメが居て、アルトラが居て、シナムが居て、ウーが居る。
結局はそれだけで幸せだった。
ほころぶウーの笑顔を見て、ジークもつられて口角が上がる。
どんな強力な力を持っていたとしても今目の前にいるのは紛れもなく少年だ。
こんな子供が戦わなくても済む世界にしたい。
ジークは心の底からそう思った。
その時、夕焼空が闇に覆われた。
ジークの全身の毛穴が開き、数拍遅れてアルトラも空を見上げる。
「なにか……来る。アルトラ! 気を付け……!」
言葉の直後、ジークの感覚がすべて消えた。
雷鳴。
まばゆい閃光と轟音が三人を襲う。
頭の中で何度も音がこだまし、視界は真っ白に染まる。
「う、うわああああ!」
「な、なんだ!」
耳を両手で抑えるウーを庇うように覆いかぶさるアルトラ。
加護の力もそこで途絶えたことでジークを含めた全員が重力を取り戻して地面に押し付けられる。
「痛っ」
足を庇いながらもなんとか体勢を立てなおすジーク。
地面に叩きつけられた衝撃でオルド、ルル、エーデル、ティアベルの四名が目を覚ます。
「ジーク……何の騒ぎだ」
「た、大佐」
オルドとルルが互いを支えあいながら立ち上がる。
「頭が割れそうだ」
「全身の毛が逆立っている。気をつけよ、何か居りますぞ」
頭を押さえ、剣を杖にしながら立ち上がるエーデル。ティアベルは出所のわからない気配に全身を震わせている。
「ううぅ……けほっけほっ!」
激しくせき込みながら最後に目を覚ますパルメ。
「ねえちゃん!」
震えていたウーだったがパルメが目を覚ますとアルトラの懐から飛び出して駆け寄っていく。
「待てウー!」
何かに気が付いたアルトラが声を張り上げるがウーの耳には入らない。
「覚えのある風に導かれて来てみれば……」
低く響く声と共に再び雷鳴が鳴り響く。
天から降り注ぐ雷はウーを貫き、その小さな体は発光しながら言葉もなく意識を断たれる。
ウー。
そうアルトラが叫ぶよりも早くその男はウーの上から降り立った。
「まさか……あの時の……!」
その男の見覚えにいち早く気が付いたジークの口から憎しみに満ちた言葉が漏れる。その背後にいたルルも目を見開いて震える手を剣の柄に乗せている。
「貴様らか。愚妹と勇者の姿は無いようだが」
魔王軍四天王、バートン。
かつてジークたちと帝都で命のやり取りをしたその魔族を目の前にし、オルド、エーデル、ティアベルの三人は金縛りにあったように動けなくなる。ジークとルルも下手に動くことはできずにバートンの指先一つにさえ意識を全集中させている。
だがこの膠着状態の中、動く影が二つ。
「ウーを……」
「……離せ!」
魔族だろうと人間だろうと関係ない。
大切な弟を傷つけるものは誰であろうと容赦しないと、アルトラとパルメは剣を片手にバートンに立ち向かった。




