第九十四話「町の外での争いその四」
「あ、あの……」
気絶したシナムを拘束するアインに恐る恐るチルッタが声をかける。だがアインはチルッタに一切反応せず、シナムの懐から大小さまざまな武器と毒と思わしき液体が入った瓶を取り除いていく。
「私、その……」
言葉が続かない。
どんな事を言おうともそれは言い訳でしかないと自分でも分かっているからだ。それでも何かを口にしていなければ罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。
「……満足か?」
「え……?」
唐突なアインの問いかけにチルッタは小さく言葉を漏らす。
「俺を騙し、皆を欺き、満足かと聞いている」
「そんなことは……ない……よ」
シナムを拘束し終えたアインは真っ直ぐにチルッタを見つめる。とても視線に耐えきれなかったためチルッタは目を逸らすが、その逸らした先にいたリヴの姿に言葉が詰まる。
「ごめん、なさい」
自然とこぼれた言葉。
あの日、自分で傷つけてしまったリヴの姿に涙が一雫落ちる。
「謝罪はいらない。意味がないからだ」
地面に横たわるリヴを抱きかかえながらそう告げるアイン。
魔力を全て使い果たしたことでリヴは完全に脱力し、仮死状態だ。スイッチが切れた機械のようにピクリとも動かない。
「それともお前にリヴを元に戻せるとでも言うのか?」
悲しみを含んだアインの瞳に、チルッタは内臓を鷲掴みにされたような苦しみに襲われる。
「とにかく俺はギーリを探す。リヴを洗脳した張本人なら……」
「そいつは残念だ。もうギーリは死んでるよ」
拘束されたシナムが嘲笑うかのような口調で軽快に口を開く。
「……もう起きたのか。それよりギーリが死んだだと?」
「ああ。でも勘違いするなよ俺が殺したんじゃない」
シナムの言葉に信じられないといった表情を浮かべるアインだったが、チルッタの俯いた反応を見てシナムの言葉が嘘ではないと悟る。それと同時にリヴの洗脳を解く手がかりを失った絶望感がどっと押し寄せてきた。
「リヴ……」
眉をゆがませながらアインが目をつぶり続けるリヴに声をかけると、それを見ていたシナムが思わず吹き出して嘲笑う。
「ぷっ、ぷははは!」
「……」
笑うシナムを見下ろすアインだが、シナムはとうとう涙まで流し始める。
「これが笑わずにいられるかよ! そいつは魔族だぞ!? なに人間みたいな扱いしてるんだよ」
「こいつは俺の仲間だ」
アインの返答にシナムは一瞬言葉を失い、その直後より一層大きな声で爆笑する。
「な、仲間!? お前も魔族なのか? それともバカなのか?」
耐えきれなくなったアインはリヴを抱いたまま右手でシナムの頬を掴む。
「いい加減にしろ」
「いい加減にするのはお前だ。魔族が仲間だって? ふざけたことをぬかすなよ」
突如笑うのを止め、シナムは真剣な眼差しでアインを見つめる。
「魔族はただの化物だ。お仲間ごっこはあの世でやってろ」
「貴様……」
思わずシナムの顎を砕きそうになるほど頭に血が昇ったアインだったが、後方から聞こえてきた強烈な風の音に意識が持っていかれる。
「ま、化物は魔族に限った話じゃないけどね」
背を向けながらもシナムはその風の正体がウーであることに気が付く。
「こんな場所で竜巻か……!」
「いいのかなー。お仲間がピンチだぞ?」
リヴをしっかりと抱きかかえてアインはこの場を去ろうとするが、背中に投げかけられたシナムの言葉に足が止まる。
「なんだと?」
「あの優男、ジークとか言ってたな。お前とそこの魔族の名前を呼んでたぞ?」
シナムの言葉にアインの目が見開く。
「確かにそんな事を言ってた……」
チルッタの言葉にアインの視線が風の方に固定される。そしてそれ以上は何も聞かずにリヴを抱きかかえたままアインは風の音がする方へと駆け出した。
「もうウーに殺されてるかもなぁ!!」
最後の最後までアインを煽るシナムだったが、その背中が見えなくなると口角を上げて不気味に笑う。
「逃さないぞ。その女魔族は絶対に俺が手に入れる。そんなに一緒にいたけりゃまとめて魔喰獣にしてやるよ」
驚異的な回復力を持つアインと圧倒的な魔力を有するリヴ。そんな二人を素材にした魔喰獣がどれほどの力を持つか、シナムは想像しただけで笑いが止まらない。
「頼んだよウー。ふふふ、はははは!!」
狂気的な表情を見せるウーにチルッタは顔面蒼白になる。
「なに、おねーさん。俺が怖いの? そんなわけないよね、だっておねーさんも同類でしょ?」
「わ、私は!」
シナムへの反論の言葉を探すチルッタだったが、何一つ思い浮かばない。
「安心しなよ。俺、今気分がいいからおねーさんの事は許してあげる。逃げていいよ」
完全に気を許したシナムの笑顔に、チルッタは自分が本当にシナムに同類だと思われていると確信する。
そう感じるとチルッタの足は自然に動いていた。
「あれ、そっちじゃないよ? 違うってば」
背中から聞こえてきたシナムの声はすぐに聞こえなくなる。
行ったところで何もできないかもしれない。
このまま逃げ出さなかった事を後悔するかもしれない。
でも、このまま逃げ出して後悔するよりはずっといい。
チルッタはアインの背中を追い、一度逃げ出した場所へと再び走り始めた。




