第九十三話「町の外での争いその三」
チルッタは無我夢中で草原を走っていた。
数刻前まで死を考えていたとは思えないほど彼女は生に執着し、自分に手を差し伸べてくれたジークたちがウーに襲われているというのにチルッタは全てを顧みずに走り続けた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
そんな謝罪の言葉を思い浮かべるが、彼女の頭の中は目の前で無残に殺された父のことでいっぱいだった。
死。
今まで見ず知らずの人たちに与えてきたそれは彼女の直ぐ後ろまで迫ってきている。そんな気がしてならない。
父のあとはお前だ。
そう宣告されているようでたまらなく怖い。
言い表せない死という感覚は形をなして彼女の前にやって来た。
「おねーさん、どこ行くのさ」
「……っ」
あれほど走ってきたというのに、シナムは悠々とチルッタの前に姿を現した。
「一つ確認しておきたいんだけど、あんたはギーリとどういう関係なの?」
小刀こそ出していないものの、シナムからは隠す気のない殺意が溢れている。
返答を間違えればどうなるか、チルッタは今まで散々目の当たりにしてきた。
「ギ、ギーリ様は……」
「あー違う違う」
チルッタが慎重に口を開き始めると、シナムはすぐに手を顔の前で振る。
「そういうんじゃないんだ。何か言い残すことが無いかと思ってさ。受付の時一応助けてもらったから」
そう言いながらシナムはゆっくりとした動作で小刀を取り出す。恐怖で体が硬直してしまったチルッタはただ黙ってその動きを見ているしかなく、ガタガタと震える音だけが彼女から発せられる。
「さよなら、おねーさん。大丈夫、死んだらちゃんと魔喰獣として再利用してあげるからね」
「やはり魔喰獣の元凶はお前か」
小刀がギラリと不気味に輝く中、向き合うチルッタとシナムの横から気絶したリヴを抱きかかえたアインが姿を現した。
「お前、か。チ、ギーリコレクションとか言う奴ら、死んでも役に立た……」
アインはリヴを優しく地面に下ろし、悠々と語るシナムの顔面を殴りつける。
「ってぇなぁ!! 何しやがる!」
顔をのけぞらせながらもすぐに体勢を立て直すシナム。
アイン自身もリヴとの戦闘で体力を使い果たしているようで、その拳にも大した力はのこっていない。
「お前は帝国の軍人なんだろ。なぜそう簡単に人を殺せる? 少なくとも俺の知っている軍人たちは人のために命を張れる連中だ」
ならず者の町での惨劇が頭をよぎる。
必死で戦った町の人やジークたちの事を思うと、アインは怒りが抑えきれない。
「はぁ? ギーリコレクションのやつらの事を言ってんのか? あいつらは俺を殺そうとしたんだ、返り討ちにして何が悪いんだよ。ああ、それとも滅都の守護隊の連中か? あいつらだって死んでるようなもんだった、俺は殺すことで救ってやったんだよ!」
唾を撒き散らしながらまくし立てるシナムに、アインの怒りは収まるどころかますます増していく。
「死んだ奴らを魔喰獣として再利用してやってんだ! むしろ感謝してほしいぜ!」
「……もういい」
爪が食い込むほどアインは拳を握りしめる。
そして怒りが具現化したような表情を浮かべながらシナムに飛びかかり、その首が胴体から離れる勢いでもう一度殴りつけた。
だが、シナムとて同じ攻撃を何度も食らうわけではない。
手にした小刀を向かってくるアインの前で振り下ろすと、その刃に染み込んだ毒が雫となってアインの顔に向かって飛んでいく。
「はっ! 失明どころじゃすまねぇぞ!」
しかしアインは止まらない。
間違いなく毒は命中し、目はおろか顔全体が焼けるように煙を放つもののアインの拳は正確にシナムの顔面をとらえる。
「ぐがっ!」
威力は減っているものの手加減なしの拳を二度も顔面に受けたシナムの鼻はへし曲がり、激しい出血と痛みにのたうち回る。
「な、なんで動けんだよ! それにその手! なんで生えてんだ! お前……一体何なんだよ!」
必死に顔の前に手を突きだしてアインを拒絶するものの、顔面から煙を出しながらも立ち尽くすアインの姿に恐怖が押し寄せてくる。
コロシアムでの爆発の時もそうだった。
即死してもおかしくない爆発を生き残り、もともと無かった足が生えた。そして今度は腕までも生やして現れた。
「ア、アイン……」
チルッタが小さく呟くが、アインは一度睨みつけただけで視線をシナムに戻す。いつの間にか顔面も元通りになっている。
「俺は何者でもない。だが、お前を叩き潰すことくらいわけはない」
「答えになってねぇんだよぉ!!」
地面を蹴り上げてアインに突撃するシナム。
両手に持った小刀に加え、口の中に仕込んだ毒霧までもを使用する。毒自体は効果がないものの目つぶしには成功し、シナムは両手の小刀をアインの心臓に突き立てる。
「こふっ!」
「はっ! 死ね、死ねよ!」
吐血して視線を落とすアインの様子にシナムは歓喜の声を上げるが、アインはすぐにシナムを睨み返す。
「ひぃ!」
情けない声をあげた直後、シナムの顎に強烈なアッパーが命中し、シナムは吹き飛ばされて仰向けに倒れる。
「か……は……」
体の自由が利かなくなったシナムに、小刀を心臓から抜き取ったアインが近づいていく。
「や、やめ……」
「観念しろ」
シナムに馬乗になったアインは小刀を両手で振り上げ、力任せに振り下ろした。
「やめろぉぉ!!」
絶叫の中振り下ろされた小刀はシナムの眼前で止まり、その額に僅かに触れる。
その瞬間恐怖と僅かな毒でシナムの意識は完全に絶たれ、泡を吐いて気絶した。




