第九十二話「町の外での争いその二」
アルトラとウーが南の都市を出発して直ぐ、ウーはどこかに向かって走り出した。
「ねえちゃんの匂いがする!」
「お、おいウー! 待て!」
アルトラの言葉はウーには届かず、伸ばした手もウーが風の加護によって加速した事で虚しく空を切る。
「くそっ!」
歯を食いしばりながら走り出すアルトラだったが、まさかこんな事態になっているなど考えもしていなかった。
「ウー、落ち着くんだ!」
ようやく追いついたアルトラは知らない顔がいくつもある中、見知った二つの顔が睨み合っていることに動揺し、さらにその足元に姉が倒れていることで血の気が引いていく。
「なんだ、アルトラ兄も一緒だったの。会いに行く手間が省けたよ」
「シナム、まさかお前がパルメを?」
ウーが怒り心頭の様子を見て、事の発端がシナムではないかと疑うアルトラ。そうで無いことを心のなかでは望むが、シナムの表情と返答で確信してしまう。
「寝てるだけだよ。それよりウー坊を止めてくれない?」
「それより……? こんなにも苦しそうな顔をしているのにか!」
アルトラはウーの足元に横たわるパルメを抱き上げる。その顔は苦痛に歪んでおり、シナムを止められなかった自分を恥じているようにも見える。
エーデル、ティアベル、グロモスの三人は新たな黒い軍服の男たちの登場に混乱し、誰に剣を向ければいいのかと三者三様に構えるが、オルド、ジーク、ルルの三人はアルトラの名が出た途端にパルメの話を思い出し剣を収める。
「突然申し訳ない。君がアルトラかい? 僕はジーク、ジーク・ヴァルキリアだ。先日は世話になったね」
ルルとオルドが状況的に声をかけるのを躊躇っていると、ジークは何の躊躇もなくアルトラに歩み寄っていく。
「誰だお前は。悪いがお前の話に付き合っている暇はない」
案の定ジークは視線すら合わせてもらえない。
「おい、あの男もヴァルキリアなのか……」
「あの男も? まさかお前も……」
少し呆れた様子で隣にいるオルドに質問するエーデル。そこでようやくオルドもエーデルが自分たちとよく似た容姿であることに気が付く。
「外野はすっこんでなよ。お前からつぶすよ?」
毒が滴る小刀をジークに向かって突きつけ、シナムは不敵な笑みを浮かべる。
だが、ジークもここで引き下がるわけには行かない。
「アインとリヴ。知らないとは言わせないよ」
「何……!」
二人の名が出た途端、アルトラが血相を変えてジークに振り向く。
「そうか、あの町であの女魔族が庇っていた兵士はお前たちか」
「アイン? リヴ? どっかで聞いたような」
点と線がつながったアルトラと記憶を思い返すシナム。
「そうさ。あのあと何が……いやそんなことはどうでもいいね。早く二人のところに案内して……」
少し希望が見えてきたと、ジークは手を広げながら会話を続け、ルルとオルドも顔を見合わせながら息を呑む。
しかし、それら全てをぶち壊すようにウーの怒りが爆発した。
「なにのんきに話してるんだよぉぉぉ!!」
ウーを中心にして爆風が吹き荒れ、アルトラとパルメを除いた全員が放射線状に吹き飛ばされる。
「ウー! やめるんだ!」
「もういい! パルメねぇちゃんが苦しんでるのに何でお前たちはぴんぴんしてるんだ! そんなのずるいじゃないか!」
四方八方に吹き飛ばされた面々は何とか着地するが、大怪我を負っていたグロモスは足を完全に痛め、立ち上がることができなくなる。
「ぐがっ!」
「グロモス殿!」
一番近くに吹き飛ばされたティアベルが慌てて駆け寄るが、認識さえできない速度で飛ばされてきた瓦礫が後頭部を直撃し、一瞬で意識を奪われる。
「なんで獣が喋ってるの?」
ティアベルに向けた手のひらを今度は近くに倒れているエーデルに向けるウー。
「くっ……なんだあの攻撃は」
未知の力に対抗するすべもなく、エーデルは来たる衝撃を少しでも抑えようとアテナの加護を発動しようとするが、コロシアムでの戦いの反動で発動が遅れてしまう。
「何しようとしてるの?」
「かっ……!」
ウーの手のひらから放たれた突風がエーデルのみぞおちを強く打ち抜く。内臓が全て飛び出そうになる衝撃に、中途半端なアテナの加護では太刀打ちできずエーデルは遥か後方に吹き飛ばされる。
「エーデル!! くそ……やりやがったな!」
這いつくばりながらもエーデルの仇を討とうとグロモスはウーに向かっていくが、ウーは加護の力で上空に飛び上がるとグロモスの背中めがけて急降下する。
「うるさい虫だな!」
ゴキゴキと嫌な音を立ててグロモスは泡を噴き出して意識を失う。
「ウー……お前」
パルメを抱きながら、アルトラは一瞬で三人の人間を戦闘不能にしたウーを化け物でも観るような目で見つめる。
「次はお前たちだよ」
グロモスの背中から飛び降りたウーは次の標的をジークたちに定め、再び宙に浮く。
「オルド! ルル! 来るよ!」
「来い! このオルド・ヴァルキリアが相手だ!」
「私も居ます!」
三人はオルドを中心にして剣を合わせ、空中から見下ろすウーを見上げる。
「あーあ。六人も殺したらまたねえちゃんに怒られちゃうよ。でも、しょうがないよね」
アルトラが抱きかかえるパルメに一瞬視線を移したあと、ウーは影が掛かった瞳でそう言った。




