第九十一話「町の外の争い」
何度死んだのかわからない。
アインの足元の血溜まりは何重にも塗り重なり、焼けただれた肉片が黒焦げになりながら至る所にこびりついている。
ぷすっ。
リヴの手のひらから放たれるはずだった炎が小さな音を立てて消える。
その直後にリヴは糸が切れた人形のように意識を失い、落下していく。
「リヴ!」
生成した足でリヴの元に駆け寄り、再生した両腕でその体を受け止める。リヴは完全に意識を失い、疲れ果てて眠るその顔はいつものリヴだった。
「今回は、俺の勝ち……だな」
さっぱりとした笑顔でリヴにそう告げるアインだったが、その直後にはリヴと同様に意識を失い、二人は原型のなくなったコロシアムに倒れ込んだ。
「パルメ姉、こんなところで何してるのさ」
バルトーレの町の外ではシナムがジークら一行と遭遇していた。
ジークら三人の軍人、チルッタ、そして先程までコロシアムで共に争っていたグロモス達には目もくれず、シナムはパルメにのみ問いかける。その問いかけが単純な質問ではないことは、シナムの殺意のこもった目を見れば誰にでも明らかだった。
「シナム、お前こそ一体何をしてきたんだ」
黒い軍服と胸の柊。
それは退魔の象徴であり、喪に服すという意味合いも兼ねている。
その軍服を赤黒く染め、胸の柊が砕け散ったシナムの様子を見たパルメは顔を青ざめて言葉を漏らした。
「気をつけろ。あいつはまともじゃない」
エーデルが隣にいたオルドに耳打ちする。しかし言われるまでもなく、オルドはシナムから放たれるただならぬ気配に自然に剣を手にしていた。
「落ち着きなよおねーさん。いや、帝国軍守護隊隊長オルド・ヴァルキリア准将。俺はギーリとそこの白いおねーさんしか興味ないからさ」
オルドが戦闘態勢にはいるのを感じ取ったシナムは薄っぺらい笑顔を浮かべながらそう答え、おびえた表情を見せるチルッタに視線を移す。
「うっ……」
チルッタは金縛りになったように動けなくなるが、エーデルがチルッタを守るように前に出る。
「ヴァルキリア……やはり」
エーデルは小さく呟き、グロモスとティアベルに後ろに下がるようにと指示を出す。
「俺も戦うぞ!」
「右に同じ。あの小僧にはお灸を据えなければ」
二人は黙って引き下がろうとはせずエーデルの隣に並んでシナムを睨む。
「あのさ。俺の話聞いてた? あんたらに興味はないんだって」
うんざりした表情を浮かべながらもシナムは両手に小刀を構える。そこからは不気味な液体が滴っており、猛毒が塗られていることは明白だ。
「待ってくれ!」
全員の視線がぶつかり合うなか、その中心に飛び出したパルメは両手を広げながらシナムを庇うように立ちはだかる。
「パルメ姉、邪魔しないでよ。こいつら黙らせるから」
「パルメ、悪いがお前の弟は尋常じゃない。この場で拘束させてもらう」
シナムとオルドがパルメ越しに睨み合う。
エーデル、グロモス、ティアベルも一定の距離を取りながらいつでもシナムに飛びかかる準備ができている。
「大佐、私たちも参戦したほうがいいですかね?」
「んー。彼はパルメの弟なんだよね? ならパルメに任せたほうがいいんじゃないかい?」
出遅れたルルは隣にいるジークに心配そうに尋ねるが、ジークは腰に手を当てながら呑気に答える。ルルはすっかり張り詰めていた気が抜けてしまう。
「シナム、もうやめてくれ! お前の言うギーリとやらはもう死んだ。それでいいじゃないか!」
「へーそうなんだ。じゃああとはそこのおねーさんだ」
これ以上事態が悪化しないようにと叫ぶパルメの言葉を軽くあしらい、シナムは後ろに隠れるチルッタを差し出すようにと小刀を前に出す。
「シナム……頼む。私に、お前を守らせてくれ」
懇願するようにシナムの足下に崩れ落ち、パルメはその腰に手をかけて涙を流す。
「ありがとうパルメ姉」
腰を下ろしてパルメの肩を掴むシナム。顔を上げたパルメは僅かに笑顔を見せるが、その直後顔が引きつる。
「でもね。俺は許せないんだよ」
ちくりとパルメの首筋が痛む。
「シナ……ム」
意識が急激に飛んでいき、パルメの体はシナムの腕のなかに倒れ込む。
「少し眠っててよパルメ姉。安心して、すぐに終わらせるから」
シナムはパルメの体を優しく地面に置き、いつの間にか手にしていた針を捨てる。
「さあ、やろうか」
全員が息をのむ中、シナムは自信満々に小刀を構える。
だが、皆が息をのんでいたのはシナムのその行為に対してではなかった。
全員が出どころがわからない異様な気配に備え、体を強張らせていた。
「シナムにいちゃん、何でおねえちゃんを刺してるの?」
どこからともなく風に乗って声が聞こえてくる。
「その声、ウー坊?」
唯一その正体を導き出したシナムが掠れた声で呟く。
「ねぇ、何で?」
風が一箇所に集まっていき、シナムの足下に横たわるパルメをさらっていく。彼女の体は風に乗って運ばれていき、その先には困惑と憎悪の表情を浮かべたウーが立っていた。




