狂犬 葛城誠
「ハァハァ……。何故だ、何故倒れねーぇ!!」
砕け散ったバットを握り締め、愕然と呟く角刈りの男。
湯田の仲間達は既に十人を切っていた。
眼前に立ち尽くすのは葛城誠。バサバサと雨で垂れ下がった髪の毛と、血と埃でその表情は覚束ない。その視線も儘ならず、小刻みに吐き出す息で口元も緩みっぱなしだ。
だがそれでも立ち尽くす不気味さが、男達の恐怖を増大させていた。
「馬鹿野郎! 正樹、秋雄、洋二! てめーらは未来の幹部候補なんだぞ、ビビッてねーで切り込め!」
その恐怖を振り切るように言い放つ湯田。
先程の角刈りの男は正樹。ボーズ頭の目つきの鋭い男は秋雄。小柄な金髪の男が洋二。三人共、湯田の側近中の側近たる非情な男だ。
「ちっ、てめーは命令するだけなんだから気楽なもんだな……」
秋雄が鉄パイプ片手に舌打ちする。
「仕方ねーだろ。俺達だってもう引けはしないんだ」
砕けたバットを放り投げる正樹。懐からナイフを引き出した。
「オウオウ正樹、殺しだけは止しとけよ。流石にそいつだけは滅入っちまう」
洋二が躊躇いつつもジャラジャラと鎖を拳に巻きつけた。
「いい加減くたばれよ!」
洋二が右の拳を走らせた。
すかさず右腕で払い出す葛城。
「デイャーッ!」
その背中に秋雄が鉄パイプを叩き込む。
「ぐっ!」
しかし葛城はその痛みを物ともしない。
「クソがぁ!」
すかさず裏肘を放った。
「おっと、アブねーぜ!」
間髪後退り、それを回避する秋雄。
「ほらほら、葛城。こっちだぜ!」
左右の乱打を繰り出す洋二。
細かいラッシュが葛城の身体を掠り抜ける。
刹那、葛城の眼前を鈍い光が閃いた。血飛沫が弾け飛んだ。右頬がバックリと裂けた。
「気にすんなよ狂犬。その熱い血ぃ、抜いただけだからよ」
その眼前、正樹がナイフをクルクルと踊らせていた。
「ナメんなよクソがぁー!」
怒りをむき出しにして、右拳を引き抜く葛城。
「……ぐっ!?」
だがいつの間にかその拳は、鎖によって絡め取られていた。
「残念だな。これで右の拳もエンド。……終わりだな」
洋二がその鎖を両手に力を籠めて引っ張る。
「てめーら!!」
儘ならぬ状況に洋二を睨む葛城。
その隙を衝き、秋雄が背中に飛び乗った。更に鉄パイプをその首筋にあてがい羽交い絞めにした。
「クソ共が放しやがれ!」
必死に振り解こうと藻掻く葛城。しかし洋二も秋雄もそれを許さない。更に力を籠めた。
「ようし、これでアブねー狂犬の確保は完了。……後は駆除だけだな」
その状況を確認し、正樹が手前でナイフをかざした。
「おっしゃーっ! よくやったぜ。後はその狂犬、まともに生活出来ねーようにボディー数ヶ所エグっちまぇ!!」
後方では湯田が狂気に笑ってる。
「……チッ。後味の良いモンじゃねーがな。……悪く思うなよ」
神妙な面持ちで見据える正樹。意を決したように飛び出した。
「……馬鹿が」
不意に葛城が呟いた。ゆっくりと拘束されていない左拳に力を籠める。
躊躇いもせず、正樹の顔面にその拳をぶち込んだ。
「な? ……左は潰れてる筈じゃ!?」
もんどりうって弾き飛ぶ正樹。
「馬鹿な?」
有り得ぬ展開に戸惑う洋二。鎖を握る手が緩んだ。その隙を衝いて、葛城が腕を引き抜く。そのまま両手で後方の秋雄の頭を掴み上げ、前方に投げ飛ばした。
「ガッ……ハァハァ……な……ぜだ」
秋雄は壁に背中を強打し、息が出来ず激しく悶える。
「嘘だろ? 拳を捨てる気かよ?」
恐怖に後退る洋二しかし鎖で繋がれている為、逃げ切れない。
葛城は覚めたように歩き出す。
「そんなもんでいいなら、いつでも捨ててやるわ!!」
そして洋二の顎に、強烈な右アッパーを叩き込んだ。
残された湯田達は既に五人。
「なんてこった。こうもアッサリとやられるとは」
悔しげに歯を噛み締める湯田。
「どうすんだよ? 早く宝仙らを呼び寄せろ」
「分かってる。……とにかくもう少しなんだ。お前、足止めしろ」
「嫌だよ、こっちが危ない。お前が行け!」
誰が鈴を付けに行くかで言い争う男達。その間にも葛城は無言でゆっくり向かってくる。
「ダメだ。俺は降りる」
ひとりの男が怯えたように踵を返し逃げ出した。
「あ、おい?」
手をかざし呼び止める湯田。
「悪い、俺もヤクザには興味ねーんだわ」
「あんな奴がいるんだ。てっぺんなんて無理だ」
その間にも次々に男達が逃げ出していく。
「……おい、待てって!」
湯田も走り出した。
ハアハアと青ざめて壁際に隠れこむ湯田。ガクガクと震える手で懐からスマホを取り出す。
「俺だ。ダメだあいつはバケモノだ。至急応援に来てくれ」
そして息も絶え絶えで話し出した__




