涙は心まで悲しくさせる
土砂降りの雨が支配する街中。
赤い傘を手に歩き続ける琴音の姿があった__
葛城との電話のやり取りは断絶されていた。葛城が自ら着信拒否していたのだ。
その仲間や志士の会の男達が集まりそうな場所は粗方訪ね回っていた。しかしなんの情報も得られない。
全ての情報が得られぬまま街を彷徨っていた。
手にする傘などなんの意味もない。手前から吹き込む横殴りの雨と、走行する車両からの跳ね水で、最早ずぶ濡れ状態。
そして通りの交差点、赤信号で足を止めた。
ハァハァと息を吐き、膝に手をあて呼吸を整える。
『暫くはその姿を隠していた方が懸命だぞ。……志士の会はやり方を選ばない。近いうちに奴らの葛城潰しが始まるだろう。……お前は葛城の足手まといになるだけだ』
あのとき朦朧とする意識の中、聞こえた声が響く。
それは大野の声。大野はあの時倉庫に現れ、間一髪で琴音を救出していた。
琴音はその後、怪我と安心感から意識が吹き飛んだ。
なぜ大野がそのような台詞を投げ掛けたかは知り得ない。その言葉は葛城にも伝えていた。
しかし葛城は一笑に付す。『その時はその時。……俺がオークを掴む器でなかっただけさ』
『私にはなにも出来ない。……分かっている。分かっているけど……』折れてしまいそうな心を必死になだめていた。
そして何気に、横で信号待ちをしている白い高級車に視線をやった。
「あの人って……」
そして呆然と立ち尽くす。
やがて信号が青に変わった。同時に高級車が走り出す。
刹那、琴音の表情がなにかを決意したように変わった。咄嗟に傘を投げ捨てて、高級車を追い出した。
ザァザァと降り続く雨の中、高級車は走り続ける。所詮は人の足だ、車に追いつく筈はない。それでも琴音は追い続けた。……なにかを求めるように一心不乱に……
『オークの湯田? ……あいつってまだ学生だったの? てっきり辞めたと思ってたよ』
『あいつらガッコーに退学届け出したって言ってたなー。……ガッコーなんざ意味がないって』
『ここだけの話、宝仙ってドラッグの売人だぜ。まともな奴はあいつとはつるまねーよ』
『そういえば奴ら、近々就職が決まるって言ってたな。どうせまともな商売じゃねーだろうがな』
街中で聞いた湯田達の噂は凄まじいものだった。そんな男達の元に単身殴り込めば、葛城とてただではすまないだろう。
「兄さん! 行っちゃダメだよ!!」
感極まったように叫ぶ琴音。やがてのめり込むようにアスファルトに倒れ込んだ。
腕の怪我と倒れた衝撃で痛みが走る。ずぶ濡れの身体に寒気が走る。頬を涙が伝った……
だが不意に降り続く雨がやんだ。
いややんだ訳ではない。誰かがその頭上に傘をかざしたのだ。
愕然となり視線を上げる琴音。数メートル先で先程の高級車がハザードを灯して停車している。
傘をかざす人物。
「……あまり泣かぬことだ。涙は心まで悲しくさせる」
それはルカだった__




