9-1.ユートピア
──眩暈を覚えるほどの蒼き光が収束したとき、ガロングの一行が肌に感じたのは、獣人世界のそれとは決定的に異なる「冷たく、徹底的に管理された空気」だった。
転移の衝撃から最初に立ち直ったサカキが、バトルスーツのバイザー越しに周囲を見渡し、鋭く息を吐き出す。
「……チッ、今度は随分と近代的な場所に放り出されたな」
彼らが立っていたのは、一面が白銀の金属と、巨大な強化ガラスで覆われたドーム状の展望台のような場所だった。
中世水準だった前世界とは打って変わり、そこには明らかに高度に発達した文明の結晶が転がっている。だが、ガラスの向こうに広がる景色を目にした瞬間、ガロングのメンバー─サカキ、ローガン、ブラッド、アルが同時に息を呑んだ。
展望ドームの向こう。世界を覆いつくすのは、見渡す限りの「バグの群れ」だった。
赤黒いノイズを放つ異形の怪物たちが、濁流のように地表を埋め尽くし、ドームの防壁に激しく体当たりを繰り返している。本来なら一瞬で人類が絶滅してもおかしくない、絶望的な光景だった。
しかし、その凄まじいバグの軍勢に抗うように、白銀のドームからは神聖な純白の障壁が放たれ、怪物たちを完璧に遮断している。それだけではない。ドームの内部には、青々とした木々が茂り、清潔な高層ビルが立ち並び、自分達と変わらない人間たちが、何不自由ない様子で穏やかな笑みを浮かべて行き交っていた。
「……バグの数が、人間の数より圧倒的に多い。普通ならとっくに滅んでるぜ、この規模は」
ブラッドがバイザーの解析データを弄りながら、淡々とした声で呟く。その横顔はいつも通り冷静だったが、その瞳の奥には、ガロングの誰も気づかない奇妙な光が宿っていた。
『みんな、警戒して! この街の防衛システム……そしてこのエネルギー波形。間違いないわ、人間達を保護しているのは──』
サカキの肩に止まった鳥型のサポートメカ・リリスが、羽を震わせながら緊迫した声を響かせる。
「ああ、分かっている。……バイブルだな」
オッドが隻眼を細め、昏い声音で言った。
その名が紡がれた瞬間、ガロングの空気が一気に凍りつく。
バイブル。神の一族の意志を体現し、数多の世界を裏から支配、あるいは破壊してきた絶対的な敵。
だが、この世界におけるバイブルの扱いは、彼らの知るものとは決定的に異なっていた。街の至る所に白銀の十字を模したバイブルの紋章が掲げられ、行き交う人々は皆、その紋章に向かって深く一礼し、感謝の祈りを捧げているのだ。
「奴らに守られているから、ここの人間どもはバイブルを全面的に支持しているというのか。反吐が出る」
アルが不快そうに吐き捨てる。
「だが、おかしな話だ」
ローガンが巨大な腕を組み、怪訝そうに首を傾げた。
「バイブルがこれだけの規模の障壁を維持し、街全体のインフラを動かしてるんだろう? 奴らの兵器はエネルギー消費が激しいはずだ。なぜこれほどバグがひしめく世界で、エネルギーが枯渇しない?」
「人類よりバグの方が多いからだ」
冷ややかに応じたのは、最前線に立つオッドだった。
「バグが多いからこそ、バイブルはエネルギーに困ることがない。……これだけのバグが常にドームを襲い続けている状況自体が、奴らにとって都合が良いのさ」
オッドのバイブルに対する敵意と、そのシステムの裏を見抜く洞察力は、あまりにも冷徹で、術数に満ちていた。ただ者ではないトップの横顔を、サカキはバイザーの奥で見つめていた。
(だがバイブルが人間を無償で守るはずがない。この世界の裏には、もっと酷く歪んだ『仕組み』がある……)
オッドが隣のリュウに視線を送ると、リュウもまた、何かを察したように真剣な表情で頷き返した。1年間の特訓を経て『蒼き力』を徐々に使いこなせるようになったリュウの感覚にも、この世界に満ちるエネルギーの「不自然な歪み」が、はっきりとノイズとなって伝わっていたのだ。
「──おい、現地人がこっちに来るぜ。ひとまず身を隠すぞ」
サカキの合図とともに、ガロングのメンバーは素早く黒き鉄のバトルスーツのステルス機能を起動させ、白銀のドームの陰へと身を潜めた。




