8-5.星を占う老婆
バグの王とその大軍勢が一瞬で消滅したあの日から、数日が経過した。
中央街の広場は、ガロングを「救世主」と称える獣人たちの熱気に包まれていた。だが、サカキやリュウたちの目的は英雄として祭り上げられることではない。彼らが求めているのは、次の世界へ進むための手がかりだった。
「──ガロングの戦士たちよ。我が街を、世界を救ってくれた君たちに、どうしても会わせたい方がいる。この世界の行く末を占う、大長老とも呼ぶべき御方だ。君たちの探しているものについて、何か知恵を授けてくれるかもしれん」
防衛隊長フェンリスの案内を受け、サカキ、リュウ、オッドの三人は、街の最奥にある、ひときわ古びた神殿のような建物を訪れていた。
外界の喧騒が嘘のように静まり返った神殿の奥室で、彼らを待っていたのは、一本の杖に身を預けた、信じられないほど高齢の犬型の獣人──老婆だった。
「ようこそ、星を渡る黒き鉄の猟師たちよ。私はアネア。この神殿の守り人であり、星の巡りを読む、ただの占星術師さ」
老婆──アネアの声は掠れていたが、その瞳には獣人のそれとは違う、恐るべきほどの理知が宿っていた。
「アネア、か。フェンリスから話は聞いてるぜ。婆さん、俺たちの求めてることについて何か知ってるのか?」
サカキがバイザー越しに問いかける。
だが、アネアの前に立った瞬間、リュウとオッドの二人は、直感的に奇妙な感覚を抱いていた。
(……なんだ? この違和感は……)
リュウは全身を巡る蒼い力が、彼女の存在に対して微かに波立つ感覚を覚えていた。親しみでも純粋な敵意でもない、どこか世界の理から外れたような不気味な残響。
隣に立つオッドもまた、隻眼を細め、昏い眼光でアネアを観察している。数々の修羅場をくぐり抜けてきた男の本能が何かを警戒しているが、その正体までは掴めない。ただの「異常に高い知性を持った獣人の老婆」に見えるが、二人の胸には確かな引っかかりが残った。
ガロング側の警戒を他所に、アネアはしわくちゃの手で、机の上に一枚の古びた地図を広げた。手垢と煤で汚れた、現地の獣人たちが使うお世辞にも精密とは言えない代物だ。
アネアは懐から、奇妙な幾何学模様が刻まれた小さな黒い石を取り出すと、目を閉じて何事かを呟き、無造作にそれを地図の上へと放り投げた。
カラカラと音を立てて転がった石は、街から遠く離れた、不毛の荒野のただ中でピタリと止まる。
「ここ最近、この世界ではなぜか原因不明の化け物が大量発生し、あの『王』までが産み落とされた。世界そのものが、何かに怯えて拒絶反応を起こしているかのようにねえ……」
アネアは地図の上の石を見つめながら、静かに、どこか他人事のように語る。
「世界の境界がもっとも薄くなり、化け物が最も湧き出しやすい場所……それがここさ。現地の者たちはめったに近づかぬ荒野だよ。そこには地中から四角い巨大な石の先端だけが、ほんの少し突き出ている奇妙な場所がある。そこが星の巡りの歪む中心地だ。行ってみるといい」
アネアはそう言って、不気味にクククと喉を鳴らした。
「……チッ、底の知れねえ婆さんだ。だが、バグの湧き源ってんなら、世界の壁が薄いって話の信憑性は高いな。おいリュウ、その呪われた荒野とやらへ向かうぞ」
サカキがブレードの柄に手をかけながら、翻って歩き出す。
リュウとオッドは、最後までアネアへの引っかかるような違和感を拭いきれないまま、彼女の不気味な笑い声を背に受けながら神殿を後にした。




