8-4.超越者爆誕
ドガァァァァァンッ!!!!
天地を揺るがす大爆発の火柱が、バグの大軍勢の真後ろから天を突いた。
「な、なんだぁっ!?」
防壁の上で迎撃態勢をとっていたローガンが、思わず目を見張る。
爆炎は、単なる熱量によるものではなかった。それは禍々しいバグのノイズを完全に中和し、一瞬で消滅させる、澄み渡ったコバルトブルーのエネルギーの奔流。
そのたった一撃の余波だけで、大軍勢の後方にいた数十体のバグが、悲鳴を上げる間もなく消し飛んでいた。
『──待たせたな。妙な大移動を検知したから追いかけてみれば、ずいぶんと派手に集まってやがる』
通信システムを介して響いたのは、深く、地響きのように重厚な男の声。ガロングのボス──オッドだ。
煙がサァと風に流され、爆心の向こうから二つの影がゆっくりと歩を進めてくる。
一人は、無数の傷が刻まれた重厚なバトルスーツを完璧に着こなす隻眼の男、オッド。
そしてその隣には、どこか神聖さすら感じさせる深淵な蒼の粒子を、陽炎のように全身から静かに立ち上らせている青年──リュウの姿があった。
かつて左腕だけに集中し、暴走寸前だった青い力。それを1年間の特訓の末に全身へと巡らせ、力の浪費を極限まで抑え込むことに成功した、超越者の立ち姿だった。
「リュウ!オッド! 捜索の方はどうだったんだよ!」
サカキが通信越しにニヤリと笑う。
「収穫なしだ。この世界には、俺たちが追ってる連中の気配は微塵もない」
オッドが肩をすくめ、葉巻を咥えるような気怠さで吐き捨てた。
「それよりサカキ、ちょうど良かった。リュウの『特訓』の付き合いで、少し手を焼いていたところでな。──リュウ、目の前のゴミどもで試してみろ。目標は、街の防壁に被害を出さずに、あのデカい『王』も含めて一網打尽だ」
オッドの言葉に、リュウは無言で頷いた。
自身が生まれ育った世界とは異なる物理法則。移動したばかりのこの世界では、今のリュウは本来の力の「30%程度」までしか引き出すことができない。だが──目の前の敵を蹴散らすには、その制限された力すら、あまりに過剰だった。
「グルァァアアアッ!?」
背後からの奇襲、そして僅か二人から放たれる異常なプレッシャーに気づき、バグの『王』が全軍を振り返らせた。数十のバグが牙を剥き、一斉にリュウへとターゲットを切り替えて殺到する。
大地を埋め尽くす赤黒い波。だが、リュウはただの一歩も引かない。
ゆっくりと右手を前方に突き出し、手のひらを大きく広げた。
(この世界に馴染みきっていない今、引き出せる限界は30%程度……。なら、20%も乗せれば十分か)
全身を巡る蒼い力の奔流を、リュウは脳内で極めて冷静にコントロールする。
今の自分が出せる限界に近い、20%の出力を右手の先に意識した瞬間、リュウは広げた手のひらを、空間ごと何かを掴むようにグッと力強く握り込んだ。
キィィィィン……!
リュウが拳を握った刹那、その手の中に周囲の空間が一度「ギュッ」と歪みながら凝縮され、凄まじい密度の蒼い光球へと圧縮される。
「消えろ」
静かな呟きとともに、握り込んだ拳を前方へと突き出し、一気にその手のひらを開いた。
ドンッッッ!!!!
空間の歪みの反動が、爆発的なエネルギーとなって解放される。リュウの手のひらを起点に、扇状の圧倒的な青い衝撃波が地を這って炸裂した。
閃光。
音すらも消滅したかのような静寂の中、蒼の波動が数百のバグの軍勢を一瞬で透過していく。
それは破壊ですらなかった。空間そのものを歪めて生み出された衝撃波に触れたバグたちは、肉体も、エネルギーも、そしてその胸奥にあるはずの核すらも、まるで最初からこの世に存在していなかったかのように、サラサラとした光の砂となって大気へ溶けていく。
「ガ、ア……ッ!?」
辛うじて一瞬だけ踏みとどまったバグの『王』も例外ではなかった。自慢の巨体も、知性を持った脳も、蒼い光に包まれた次の瞬間には、完全に概念ごと消滅させられていた。
ほんの数秒。
地平線を埋め尽くしていた数百の大軍勢と、世界を脅かしていた化け物の『王』は、影も形もなく消え去り、そこにはただ、美しい緑の平原だけが取り残されていた。
「……は?」
防壁の上で、狼型の隊長フェンリスは、完全に思考を停止させて顎を落としていた。
自分たちが国を挙げて命がけで戦い、勝つことすら絶望視していた『王』の軍勢が、たった一人のニンゲンの手のひら一つで、文字通り塵一つ残さず全滅したのだ。
「おいおい……」ローガンが引きつった笑いを浮かべる。「まだこの世界に身体が馴染みきってねえってのに、相変化わらず規格外すぎるだろ、リュウ」
「そうか?」
リュウは突き出した手を下ろし、笑った。
サカキが防壁から飛び降り、リュウたちの元へと歩み寄る。
「ま、何はともあれこれで一件落着だ。──おい、フェンリス隊長!」
サカキが防壁の上の獣人を見上げ、親指を立てた。
「お前らの言ってた『化け物の王』、今ので完全討伐完了だ。約束通り、このガロングが、力を貸してやったぜ?」
静まり返る平原に、新生ガロングの足音が響く。
それは、バイブルなき異世界に刻まれた、新たなる伝説の第一歩だった。




