8-3.討伐依頼
ものの数分だった。
中央街の広場を埋め尽くしていたバグの群れは、新生ガロングの圧倒的な火力の前に文字通り一掃され、市場には静寂が戻っていた。
「ひ、ひとつの軍勢が……全滅、した……?」
広場の陰から恐る恐る戦況を見守っていた、防衛隊の隊長である狼型の獣人──フェンリスは、信じられないといった様子で声を震わせていた。中世水準の剣と盾で命がけの防衛戦を強いられていた彼らにとって、バグの核を機械的な正確さで穿ち続けた黒い鎧の戦士たちは、未知の技術も含めて、あまりにも圧倒的で畏怖の対象であった。
フェンリスは剣を握る手に力を込め、警戒を崩さずにその黒い鉄塊たちを見つめる。
だが、その戦士たちは獣人たちに武器を向けることはなかった。サカキがブレードを背中の鞘へと滑り込ませると、カシャカシャと幾何学的な音を立てて、鳥型のリリスが再び彼の右肩アーマーへとトランスフォームし、強固な装甲の一部へと戻る。
サカキはヘルメットのバイザーの奥から鋭い一対の瞳をフェンリスへと向けた。重低音のスピーカーを介した声が、静まり返った広場に響く。
「……おい。あんたらがここの兵士か」
「っ……言葉が、わかるのか……。お前たちは一体……いや、まさか、あなたたちは『ニンゲン』なのか……?」
フェンリスの問いに、サカキはバイザーの奥でわずかに眉をひそめた。
「あ? 当たり前だろ。どっからどう見ても人間だろうが。俺からすりゃ、そっちの耳や尻尾の方がよっぽど不思議な存在だぜ」
サカキのあっけらかんとした、しかし紛れもないニンゲンの返答を聞き、フェンリスは微かに息を呑んだ。歴史の彼方に絶滅したはずの存在が、今、目の前で自らと会話している。だが同時に、彼らが明確な知性を持ち、バグを敵とみなす対等な存在であるという確信に変わった。
「……そうか、ニンゲンの戦士か。私はこの街の防衛を任されているフェンリスという」
フェンリスは剣を納め、一歩前に踏み出すと、切実な声を絞り出した。
「もしあなた達にあの方の化け物どもを駆逐する意思があるなら……頼む、力を貸してくれ。私たちの世界を救ってほしい」
「世界を救う、ねえ。俺たちはただの猟師みたいなもんだが……街の外の状況はどうなってる。さっきのバグども、妙に統率が取れてたようだが」
サカキの問いかけに、フェンリスは今この世界が直面している絶望的な現状を語り始めた。
「ここ最近、街の外に現れる化け物たちの様子があまりにも異常なのだ。これまでは本能のままに暴れるだけだった奴らが、ある時期を境に、明確な『軍隊』として機能し始めている。すでに広大な拠点を築き、私たちの領土をじわじわと侵食しているのだ」
フェンリスは血が滲むほどに拳を握りしめ、サカキを見つめた。
「奴らには『王』がいる。言葉を解し、他の化け物どもを統率する、恐るべき知性を持った王だ。私たちの防衛隊の力では、あの組織化された大軍に近づくことすらできない……。頼む、あの本拠地へ乗り込み、王を討伐してほしい」
プライドを捨てたフェンリスの懇願を、サカキは冷徹に受け止めていた。
言葉を解し、軍隊を組織するバグ。それはガロングにとっても未だかつて遭遇したことのない、未知のイレギュラーだった。
「サカキ、討伐の件だけど、ボスたちとの合流を待った方が──」
通信の向こうからアルが慎重な声をあげた、その瞬間だった。
キィィィィィーーーン!!!!
先ほどとは比較にならない、鼓膜が裂けるような超高音のノイズが世界を震わせた。
「な、なんだ!? また空間の裂け目か!?」
ローガンがガトリング砲を構え直す。
だが、今度のノイズは、広場からではない。街を囲む遥か高く強固な防壁の向こう──外の世界から地響きを伴って押し寄せていた。
『──警告、警告。街の外周部に、大量のバグのエネルギー反応を感知!』
サカキの右肩の装甲から、リリスの緊迫した声が直接脳内に響く。
「おいおい、冗談だろ……!?」
狙撃ポイントから街の外を見下ろしたブラッドの声が、珍しく戦慄に引行っていた。
防壁の向こうに広がっていたのは、地平線を真っ黒に埋め尽くす、数十体を超えるバグの軍勢だった。それらが、まるで訓練された兵士のように一糸乱れぬ隊列を組み、防壁へと進軍してきている。
さらに、その軍勢の先頭。
ひときわ巨大で、赤黒いノイズを炎のように全身から吹き上げている、異様な個体が佇んでいた。他のバグとは一線を画す、禍々しくも冷徹な意志を感じさせる佇まい──それこそが、フェンリスの言っていたバグの『王』だった。
「グルァァアアアッ!!」
バグの王が天に向かって咆哮する。
その合図とともに、バグが一斉に防壁へと突撃を開始した。ドォン、ドォンと、防壁が悲鳴を上げるような凄みのある衝撃が街全体を襲う。
「これだけの数を、たった一瞬で統率しやがった……! 隊長、こいつら本気でこの街を潰しにきてるぞ!」
ローガンが冷や汗を流しながら、重火器のチャージを開始する。
「チッ、合流を待つ余裕はなさそうだな。アル、いつでもバックアップできるようにしておけ!」
サカキが背中のブレードを抜こうとした、その時──。
ドガァァァァァンッ!!!!
防壁の遥か彼方、バグの大軍勢の真後ろで、天地を裂くような規格外の大爆発が巻き起こった。




