6-4.掃討
ドゴォォォン!!
鼓膜を破らんばかりの爆音と共に、地下基地の外周隔壁が吹き飛んだ。防衛アラートの赤光が、サーバー室の冷たい精密機械たちを不気味に染め上げている。
「外周第3、第4防衛ライン突破! 敵、凄まじいスピードでこっちに向かってます! この武装と制圧速度……管理局の直轄特務部隊だ! エナの奴、本気で僕たちを根絶やしにする気だ!」
アルが悲鳴に近い声を上げながら、キーボードを叩いて迎撃システムを強制起動させる。ディスプレイには、煙が立ち込める通路を、統率された動きで突き進んでくる漆黒の戦闘スーツ集団が映し出されていた。
「へっ、お高くとまった本部の猟犬どもが、わざわざこんなドブ底まで這い出てくるとはな」
サカキはアサルトライフルの残弾を確認し、不敵に笑ってみせたが、その額には冷や汗がにじんでいる。背後のカプセルでは、リュウが深い眠りについたままだ。今ここでハッチを開けば、彼の精神は現実世界に戻れず、完全に崩壊する。
「ボス、正面から撃ち合っても数秒で磨り潰されるぞ! どうする!?」
サカキの鋭い問いかけに、オッドは葉巻の煙をゆっくりと吹き出し、ディスプレイを冷たく見下ろした。その目は、恐怖に震えるアルとも、焦るサカキとも違い、完全に凪いでいた。
「慌てるな。数と装備で劣る者が、まともに陣地戦などやるわけがないだろう」
オッドは懐から、奇妙な形状の携帯端末を取り出した。画面には、地下基地の構造図と、いくつかの赤い信管マークが点灯している。
「アル、リリス。基地防衛システムへのアクセスを許可する。通路の自動防衛重機関銃のセーフティを解除。ただし、撃つのは敵の先頭ではない。中央の指揮官を狙え。サカキ、お前は第2隔壁の物陰に潜め。タレットの銃声が止んだ瞬間が、お前の引き金を引く合図だ。……ローガン、ブラッド。ガロングの底力、ここで猟犬どもに見せつけてやれ」
「言われなくてもよぉ! 仕込みはとっくに終わってる!」
無線越しに、ローガンの野太い声が響いた。
オッドの冷徹な指揮に、ガロングの精鋭たちは即座に応じる。サカキは深く息を吐き、サーバー室を飛び出していった。
『――敵特務部隊、第2隔壁手前のキルゾーンに進入。カウント、3、2、1……作動します』
リリスの淡々としたカウントダウンと同時に、通路の天井から隠蔽されていた重機関銃が姿を現し、容赦ない掃射を開始した。激しい銃撃音が響き渡り、火花が散る。しかし、特務部隊の防御シールドは強固だった。先遣隊が即座にシールドを展開し、タレットの弾丸を弾き返していく。
「やはり、最新型の電磁シールドか。想定内だがな」
オッドが冷酷に指先を動かし、端末の画面をタップした。
「アル、今だ。EMP(電磁パルス)を限定反転させろ。リリス、奴らのスーツの同期周波数をジャミング」
「了解、一瞬で焼き切ってやる!」
アルがエンターキーを叩きつける。次の瞬間、通路の照明が一斉に弾け飛び、敵部隊の戦闘スーツのインジケーターが明滅して消灯した。強固だった電磁シールドが霧のように霧散する。
「――そこだぁぁぁッ!!」
暗闇に紛れていたサカキが、物陰から飛び出した。シールドを失い、一瞬動きの止まった特務部隊の隙を突き、アサルトライフルの容赦ない銃弾が敵の急所を的確に穿っていく。現場叩き上げの元兵士としての本領発揮だった。数人が一瞬で崩れ落ちる。
だが、敵は管理局の精鋭だった。即座に手動の暗視モードに切り替えた後続の兵士たちが、圧倒的な火力でサカキへ反撃の銃弾を浴びせる。
「チッ、切り替えが早ぇ……!」
サカキが激しい銃撃に晒され、壁の裏へと退避を余儀なくされた、その時――。
「退け、サカキ!」
通路の陰から、巨漢のローガンが不敵な笑みを浮かべて身を乗り出した。手にした重機関銃を腰だめに構えつつ、基地の廃資材を強引に組み合わせて作った、重力加速式の指向性クレイモアの起爆装置を押し込む。
ズガァァァァン!!
通路の両壁から放たれた強烈な鉄鋼スラッグが、凄まじい衝撃波と共にハウンドたちの足元へ向かって炸裂した。爆風が通路を吹き抜け、暗視モードで前進していた敵の強固な隊列が大きく乱れる。
「ブラッド、死角だ! 仕留めろ!」
「言われるまでもない!」
カモフラージュ・ジャケットを翻し、爆煙の影から弾丸のように飛び出したのはブラッドだ。彼は特務部隊たちが体勢を立て直すわずかな数秒の隙を完全に見切っていた。両手に握った短銃身の散弾銃が、至近距離で目にも留まらぬ速さで火を噴く。
ドォン! ドォン!
ブラッドは俊敏なフットワークで部隊の懐へと潜り込み、EMPで機能停止しているスーツの関節部や、センサーの隙間を的確に破壊していく。一人が膝を折った瞬間、その首元に超振動ナイフを突き立て、さらにその身体を肉盾にして後続の銃撃をいなした。流れるような、無駄のない隠密近接戦闘。
サカキの軍隊式とは異なる、裏社会の死線を潜り抜けてきたブラッドならではの殺人術だった。
「お前ら、下がれ! 第二波が来るぞ!」
サカキが叫ぶ。案の定、通路の奥からさらに厚みを増した特務部隊の後続が、今度は重シールドを展開しながら容赦ない面制圧の銃撃を放ってきた。
「ガッ……クソが、さすがに数が多すぎる!」
ローガンの肩を熱線弾がかすめ、肉の焦げる臭いが立ち込める。ブラッドも盾にしていた敵の死体を捨て、サカキと共に後退せざるを得なかった。
破片が飛び散り、ガロングの防衛線はジリジリと後退していく。サーバー室の目の前にある最終隔壁まで、あと数十メートル。
「ボス! 限界だ、これ以上は持ちこたえられねえ!」
通信機越しにサカキの怒号が響く。敵の足音が、ついにサーバー室の扉のすぐ外まで迫っていた。アルは恐怖でキーボードを叩く手を震わせている。ブラッドとローガンも、血を流しながらサーバー室へと逃げ込み、重い扉を閉めた。
「……リリス、カプセルの強制排出プロトコルを準備しろ」
オッドは静かに葉巻を床に落とし、革靴の踵で踏み消した。その目は、限界を見極めた勝負師のそれだった。
『オッド。それをすれば、リュウの精神は――』
「奴が自力で目覚めるか、それとも脳が焼き切れて死ぬか。どちらにせよ、あの猟犬たちに、ここで首を獲られるよりはマシだろう」
ガガガガンッ!!!
ついにサーバー室の重厚なセキュリティ扉に、敵の熱線カッターが当てられた。凄まじい火花が散り、扉の金属がドロドロと溶け落ちていく。サカキ、ブラッド、ローガンが、それぞれ銃口を扉へと構えた。残弾はもう残り少ない。
「アル、リュウの後ろへ下がれ!」
火花が弾け飛び、ついに扉が内側へと倒れ込む。
煙の向こうから、冷徹な赤いバイザーを発光させた管理局の特務兵たちが、一斉に銃口を突き出して突入してきた。
「制圧しろ。抵抗する者は殺せ」
冷酷な命令が響き渡ると同時、特務兵たちの銃口が一斉に火を噴いた。
至近距離から放たれる、最新型の熱線弾と重エネルギー弾の猛嵐。容赦のない一斉射撃がサーバー室の奥へと叩き込まれ、凄まじい大爆発が巻き起こった。
ドガァァァァン!!!
精密機械が、壁が、床が、轟音と共に吹き飛ぶ。視界は一瞬で耳を聾する爆煙と、飛び散る破片、そして真っ赤な炎によって完全に遮断された。
「しまっ――」
サカキは反射的に腕で顔を覆い、奥歯を噛み締めた。カプセルの直撃は避けられない。ブラッドはチッと舌打ちを漏らし、ローガンは絶望に顔を歪める。アルは恐怖に目を瞑り、オッドさえも爆風に顔をしかめる。誰もが、すべてが終わったと確信した。
――だが。
爆発の轟音が去ったサーバー室に、奇妙な「静寂」が訪れた。
焼け焦げる臭いも、熱風も, 肌を刺すような衝撃も、なぜか一切伝わってこない。
「……あれ?」
恐る恐る目を開けたアルが、呆然と声を漏らした。
立ち込める濃い煙の向こう――そこには、すべての銃弾と爆風を真正面から受け止め、仁王立ちで立ちはだかる一人の男の背中があった。
リュウだった。
驚くべきことに、リュウの背後にいたサカキたちも、ブラッドも、ローガンも、オッドも、そしてリリスのメインサーバーすらも、衣服に煤ひとつついていない。それどころか、粉々に砕け散ったはずのカプセルの破片すら、まるで時間が止まったかのようにリュウの数歩手前で不自然に転がっている。
全員が完全に「無傷」だった。
「な、んだと……!? 今の一斉射撃を、防いだというのか!?」
特務部隊の指揮官が、信じられないものを見る目でステップを引いた。バイザーのエラーアラートが激しく点滅している。彼らの放った破壊のエネルギーは、リュウの手前で、物理法則を無視した「何か」によって完全に遮断され、霧散させられていたのだ。
ゆっくりと、リュウの周囲の煙が引いていく。
その左腕を覆っていた黒紫色の禍々しい痣は、完全に消え去っていた。代わりに、彼の皮膚の下を脈打つのは、深く、どこまでも澄み切った、鮮烈な「青い光」。
それはかつて境界の底で、自分を守り抜いてくれたあの巨大なバグ――ジンの魂の輝きそのものだった。
「待たせたな、みんな」
リュウは振り返ることなく、静かに、だが確かな重みのある声で言った。
その瞳には、かつて管理局に仕えていた頃の迷いも、力に怯えていた弱さも、一切存在していなかった。
自分を兵器にしようとした管理局の呪縛をなぎ払い、ジンの「守るための力」を受け入れて完全に再定義した男の目が、目の前の敵を静かに射抜いた。
「ここから先は、一歩も通さない」




