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バイブル・コード 〜ディストピアの青年が覚醒して神のシステムに叛逆する〜  作者: 中門大良
第6章【潜伏する牙】

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6-1.奪われた過去

肺が焼ける。心臓の音が耳元で鐘のように鳴り響いている。

 サカキに腕を引かれ、リュウは崩落するスラムの瓦礫を必死に蹴った。背後からは、管理局の「再起動リブート」がもたらす青白い光の壁が、物理法則さえも書き換えながら迫ってきている。触れれば、自分という存在が消去デリートされる――その本能的な恐怖が、折れそうな足を動かしていた。

「……こっちだ、リュウ! 離すなよ!」

 サカキの叫び声と共に、一行はマンホールの蓋を蹴り飛ばし、下水が流れる暗渠あんきょへと滑り込んだ。

 墜落に近い衝撃。汚水の臭い。だが、頭上のマンホールが閉じられた瞬間、あの不気味な青い光は遮断された。

 そこからは、這いずるような移動だった。

 迷路のように入り組んだ地下道を、サカキとローガンがリュウを抱えるようにして進む。リュウの意識は混濁していたが、不思議と眠ることはできなかった。左腕の痣が脈打つたびに、周囲の「記述」がノイズとなって脳に直接流れ込んでくる。錆びた鉄パイプの分子構造、流れる水の速度――過剰な情報が、休むことを許さない。

「……着いたぞ。ゲートを開けろ!」

 辿り着いたのは、放置された地下鉄の車両基地だった。天井は高く、何本ものレールが暗闇の奥へと吸い込まれている。そこには、これまで身を寄せていた地上の中継所とは比較にならない数の人間――ガロングの「民」がいた。


「ハぁ、ハぁ……っ、……っ!!」

 ようやくリュウは地面に膝をついた。左腕の激痛が最高潮に達し、視界がチカチカと火花を散らす。

「おい、大丈夫か、リュウ!」

「……心拍数、異常。でも、リリスのバックアップが生きてる。死なないよ、こいつ」

 歩み寄ってきたのは、リュウと同年代か、それより少し幼さの残る少年、アルだった。彼は手垢で汚れた小型端末の画面から目を離さず、けれどその声には、冷徹なまでの観察眼が宿っている。

「アル、診てやってくれ。リリスの状態もだ」

「わかってる。サカキ、こいつを奥の車両へ。……今の『書き換え』、ログで見たけど……狂ってるね、これ」

 アルは淡々と告げ、リュウを古びた車両の座席へと促した。周囲では、生き残ったメンバーたちが無言で武器の点検を続けている。その静寂には、拠点を失った悲しみよりも、どこか欠落したような「虚無」が漂っていた。

「……アル、くん。みんな、どうしてあんなに……」

 リュウの問いに、アルは膝の上で端末を叩きながら、感情の読めない瞳を向けた。

「驚かない理由? ……慣れてるからだよ。僕たちは皆、何かを消されることに慣れすぎてる」

 アルは端末を閉じ、リュウの左腕の痣をじっと見つめた。

「サカキさんは『適性なし』って言ったかもしれないけど、それは管理局側の言い分。僕たちは適性がなかったんじゃなくて、『記述』を消されたんだ。……僕にはかつて、妹がいた。名前は、もう記録にない。管理局が僕の家族データを消去した瞬間、僕の脳からも、妹の脳からも、お互いの顔が『ノイズ』として処理された」

 リュウは息を呑んだ。自分と変わらない年齢のアルが、淡々と「家族を消された」事実を語る。その痛みのなさが、逆に恐ろしかった。

「街で偶然すれ違っても、僕たちは他人。それがこの都市の『完璧な秩序』。……でもね、リュウ。お前がやった『書き換え』だけは、その秩序を無視して世界をバグらせた。……少し、羨ましいよ」

 アルの言葉は、熱を持たない分、リュウの胸に深く突き刺さった。自分の「L-015」という番号。それはエナが名付けたものだが、この都市では人間から「名前」を奪い、管理しやすい「変数」に変えるのが当たり前なのだ。


 その時、地下基地のスピーカーから、割れたようなノイズと共に、冷徹な声が響いた。


『――全市民に通達。これより、セクターG-14を含む未登録エリアの「完全浄化」を開始する』


 基地内の空気が凍りついた。サカキが慌ててモニターに飛びつく。

 画面に映し出されたのは、管理局のエンブレムを背負い、かつてないほど冷ややかな、けれど狂おしいほど美しい微笑を浮かべた――エナの姿だった。

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