4-4.粛清の切先
有機的な悪臭が鼻を突く「繭」の回廊を抜け、リュウはついに最深部へと足を踏み入れた。
そこは、他の区画とは明らかに異質な空間だった。壁一面を埋め尽くしていた乳白色の繭は姿を消し、代わりに巨大な、半透明の円柱状タンクが中央に鎮座している。
『……あれが、ジンの……?』
リリスの通信端末越しに、エナの震える声が響く。タンクを取り囲む数百本のケーブルは、数日前に急遽接続されたことを物語るように、乱雑な配線が剥き出しのまま壁を這い回っている。
タンクの中に浮かんでいたのは、あの漆黒の異形だった。全身に無数の拘束ボルトが打ち込まれ、剥き出しの脊髄からは黄金色に輝く高純度のエネルギーが、絶え間なく外部へと吸い出されている。
『……っ、がああああ!!』
リュウの脳内に、ジンの引き裂かれるような苦悶の叫びが奔った。
リリスの投影したホログラムが、警告の赤光とともに数値を叩き出す。
『……解析完了。バイブルは、捕らえたジンを既存設備に強引にプラグインし、都市全域の物理演算を支えるメインエンジンとして酷使しています。……ですが、エネルギー抽出率は限界の80%で固定。管理局は、彼を完全に枯渇させることなく、ギリギリの生存状態で「永久機関」として利用し続けるつもりのようです』
「……最初から、ジンを死なない程度に生かし、搾り取るつもりだったのか」
リュウはタンクに駆け寄り、浸食された左腕を強化ガラスに押し当てた。
他の繭が「補完燃料」であるなら、ジンは文字通り、この偽りの都市を動かすための「心臓」だ。凄惨な「ノイズ」が街全体に撒き散らされていたのは、ジンが死の淵で激しく拒絶反応を示している証でもあった。
「今すぐここから出してやる」
リュウが左腕の出力を最大に引き上げようとした、その時だ。
背後の排熱ダクトから、空気を切り裂くような金属音が連続して響いた。
ドォン、と重苦しい着弾音が三つ。
土煙を切り裂いて現れたのは、管理局の最新鋭強化外骨格を纏った三名の執行官。その中心に立つ男、カインが振動ブレードをゆっくりと抜き放つ。
「……そこまでだ!リュウ!」
リュウは反射的に身構え、リリスへ周囲のスキャンを命じた。即座に警告のアラートが視界を埋め尽くす。
『……リュウ、背後の通路が完全に封鎖されました。……後方に管理局・第4強襲小隊、計12名が展開。重電磁砲の設置を確認……。発射まで、残り百八十秒。……彼らは、ジンを傷つけないよう射線を極限まで絞っています。標的はあなた一人のようです』
目の前のカインたちは、確実に仕留めるための「切っ先」に過ぎない。バイブルは、ジンという貴重なエネルギー源を保全しつつ、その「バグ」であるリュウだけを排除するという、冷酷なまでの包囲網を敷いていた。
「カイン……。あの崩落から、生きていたのか」
カインが合図を送ると、両脇の執行官が射線を確保するように散開する。ダクトの奥からは、後続部隊が展開する機械駆動音と、重厚なエネルギー充填音が深淵の静寂を塗りつぶし始めていた。
「任務を遂行する。……汚染体リュウ、および付随する未登録AIの即時抹消。……抵抗は無意味だ。お前はすでに、この都市にとっての『ノイズ』でしかない」
もはや言葉による対話は成立しない。カインのバイザーに灯る紅い光は、冷徹な「システムの意志」そのものと化していた。
自我を食いつぶす浸食の疼きが、リュウの視界をどす黒く狭めていく。
背後で高まるレールガンの充填音。
残された時間は少ない。
「ノイズ……か。……ああ、そうだな。……俺もお前も、この腐ったシステムのノイズに過ぎないんだよ、カイン」
リュウの左腕から、漆黒の雷光が爆発的に溢れ出す。
最深部の闇の中で、二人の刃が火花を散らして交錯した。




