3-2.冷えた再会
隔離室を出てから三日。
支給された宿舎の洗面台で、リュウは鏡に映る自分の姿を凝視していた。
左脇腹の「痣」は消えていない。しかし、エナの処置によって以前のような不気味な脈動は止まり、まるで古い火傷の痕のように静まり返っている。意識を向けても、ジンの毒々しい気配は深い霧の向こう側に押し込められたように遠い。
「……バグ、か」
リュウは独り言を吐き捨て、官給品の紺色のスーツに腕を通した。胸元の紋章は以前と同じだが、その内側にある肉体は、管理局の定義する「正常な人間」からも、あの戦場で見せた「異形の力」からも切り離された、中途半端な異物へと変貌していた。
重い足取りで宿舎を出て、管理区を貫く無機質な通勤路を歩く。
バイブルが描く「完璧な青空」の下を通り抜け、リュウは数日ぶりとなる執行局のメインフロアに足を踏み入れた。
その瞬間、フロアの喧騒が、まるで回路を断たれたように止まった。
デスクでリ・コード銃を磨いていた同僚たちが、一斉に顔を上げる。だが、その視線は以前のような「奇妙なものを見る目」ではなく、「見てはいけないものを見てしまった目」へと変わっていた。
「……おはよう」
リュウが短く挨拶を投げたが、返ってくる言葉はない。
彼らはすぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように手元の作業に戻る。リュウという存在がそこにいることは認識しているはずなのに、彼らの振る舞いは、まるでそこに誰もいないかのように不自然だった。
これが、エナの言った「透明なバグ」の現実だった。
システム上、リュウは「機材トラブルから生還した、異常のない執行官」として再登録されている。しかし、現場で「それ」を目撃した人間たちの記憶までは書き換えられない。
公式が「正常」だと告げ、自分たちの記憶が「異常」だと告げる。その矛盾に耐えられない同僚たちは、リュウを「風景」として処理することでしか、自分たちの平穏を守れなかった。
リュウは自分のデスクに向かおうとして、ふと足を止めた。
隣のデスク――サカキの席が、跡形もなく片付けられていた。
「サカキは、どうした」
近くにいた執行官に問いかけるが、男は震える手で端末を操作し続けるだけで、答えようとしない。
そこへ、奥のオフィスから一人の男が歩み寄ってきた。
仕立てのいい新しい制服。胸元には、以前の「一等」よりもさらに重厚な、上級執行官を示す黄金の縁取りがなされた階級章が輝いている。
カインだった。
「……リュウ二等執行官か。復帰早々、私語は慎め」
カインの声に、かつて戦場で背中を預け合っていた時のような、微かな信頼の響きさえ残っていなかった。彼はリュウの目を直視することなく、手元のホログラムパネルをスクロールさせながら冷淡に告げた。
「サカキ二等執行官は、任務中に精神汚染の兆候が見られたため、規律に基づき再教育センターへ送られた。……それ以上の情報は、お前の権限では開示されない」
「……カイン、あんた……」
「今の私は上級執行官だ。気安く呼ぶな」
カインはそこで初めて、リュウの胸元にある執行局の紋章を見つめた。その瞳には、隠しきれない嫌悪と、そして自分だけが生き残り、昇進したことへの歪んだ自己正当化が混ざり合っていた。
「お前は、あの日死んだはずだった。……いや、死んでいるべきだったんだ」
カインはそれだけ言い残すと、背を向けて去っていった。
周囲の冷たい沈黙が、サイバー・ボルトの激痛よりも深く、リュウの胸を刺した




