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 ひなたの身体は、虹色の光の波をふわふわと漂っていた。自分が今立っているのか、寝転がっているのか。それすらも曖昧にさせる不思議な感覚に、彼女のこれまでの緊張は一気に解きほぐされた。

 ぬくぬくの温泉に浸かっている時のような、授業が終わって席からようやく立ち上がった瞬間の爽快感のような――そんな気持ちにさせる光の波に揺られながら、ひなたは思いきり手足を自由に伸ばし、身体を前後左右へ転がす。


「ひなた、そろそろ次の場所に着くミィよ。あんまり身体を動かしたら危ないミィ」


 同じく光の波に漂うコラプサーが、ひなたの姿を見て冷静な口調で告げた。対するひなたは、身体をふにゃふにゃと動かしながら応じる。


「えっ、そう? でも、もう少しだけこのままでいさせて……」


 そう口にするひなたの目は、うつらうつらと上の空で、すぐにでも眠ってしまいそうだった。コラプサーが注意しようとした矢先、辺りに漂っていた虹色の光が急速に薄くなる。ひなたが一度瞬きをしただけで、虹色の世界は一転して白い霧に早変わりした。


「うわっ!」


 ひなたの身体に、急激に重力が加わる。寝そべった体勢になっていた少女の身体は、数センチメートルほど離れた地面に落下した。幸い地面は思いのほか柔らかかったものの、ひなたの身体にあちこち鈍痛が走る。


「イタタタ……急にワープが終わるとか聞いてないよ、コラプサー。せっかく良い気持ちだったのに」

「ひなた、ぼくはちゃんと注意したミィよ。それよりもホラ、次の目的地に着いたミィ」


 コラプサーはそう言って、辺りをきょろきょろと見回す。ひなたもまた、前後左右を見回した。霧は徐々に晴れていき、周囲の景色が少しずつ鮮明になってくる。地面はよく見ると木の床で、床には小さなキノコランプがあちこちに置かれていた。ランプから輝く白い光は、蛍光灯のように眩い光を放っており、思わずここが太陽の無い世界だということを忘れそうになるほどだった。

 やがて、霧が完全に晴れたところで、ひなたは驚いた様子で眼前のものを見上げた。


「えっ、これって……教室の椅子?」


 そう言うと、ひなたは自分の背丈の十倍はあるだろう、巨大な学習椅子を見上げる。そこには灰色の巨大なパイプが四本、柱のように立っており、その上には一面オレンジ色の木板がある。さらにそこからパイプが逆U字状に伸びて、その間に背もたれ部分の天板があった。大きさこそ随分異なるが、学校の教室で長年親しんできた学習椅子の姿に間違いないと、ひなたは確信する。


「でっか……どうしてこんなに椅子が大きいんだろ。ここはこういう世界なのかな」

「ちゃうちゃう、椅子が大きなったんやのうて、ワイらの方が()っさなったんや」


 後方から響く声に、ひなたとコラプサーは同時に振り返る。そこには、ひなたと同年代と思しき男の子が立っていた。男の子は、右手を顔の前に出して「よっ」と声をかける。


「わいはショウキや。あんさんは?」


 気さくな様子で声をかける男の子に、ひなたは少し戸惑いながらも応じる。


「わたしは、ひなた。よろしくね、ショウキくん」

「ひなた、か。どうもよろしゅう……で、そこに浮いとるライオンのぬいぐるみは何や?」

「ぬいぐるみじゃないミィ! ぼくはコラプサーだミィ!」


 悪気ない口調でそう言うショウキに、コラプサーが顔を赤くしながら応じた。ぬいぐるみ(コラプサー)の予期せぬ反応に、ショウキはその場で思わずたじろぐ。


「な、何やこの動くぬいぐるみ。メッチャ喋るやん……この世界は訳分からんことばっかりやなあ。ところで、ひなた。あんさんもしかして東京から来たんか?」


 ショウキの質問に、ひなたはうん、と一言だけ答えて頷く。彼女の様子を見てショウキはほうほう、と繰り返し小さく頷いた。


「ということは、ヨシトと同じやな……あっ、ヨシトはわいの友達や。今ちょっと別の教室に寄っとるんやけど、東京モン同士、多分気が合うと思うわ」

「へえ、そう……ところでショウキくん、今のその、わたしたちの方が小さくなったって」

「そらもちろん、言葉通りの意味や。ほら、周りをよう見てみい」


 ショウキに促されるまま、ひなたはあらためて周囲を見回す。目を凝らしてよく見ると、空間内には学習椅子だけでなく、学習机やランドセルロッカ―、電子黒板があるのが見て取れた。いずれも彼女たちの背丈の十倍、あるいはそれ以上の巨大さを誇っている。


「ここって、もしかして教室……?」

「当たりや。何なら、ここ自体が超巨大な学校や。ゲームか漫画でしか見かけへんような、ありえんどデカさやで」


 ショウキが両手で大きな身振りを交えながら口にする。そんな彼の後ろから、おーい、と声が聞こえてきた。さらに、ひなたとあまり歳が離れていないと思しき少年少女たちが続々と、ショウキの近くへ歩いてくる。


「おーい、ショウキ。戻ったぞ」

「ああ、お疲れさん。どやった、5年2組の教室は」

「特に変わった様子は無かったよ……彼女は?」


 ショウキと親しげに話すショートヘアの少年が、ひなたの方に目線を向けた。少年の動きに続いて、他のメンバーもひなたへ顔を向けたり、目線をちらっと合わせたりする。ひなたは、そんな彼らに向けて小さくぺこりと頭を下げた。


「ああ、紹介したる。ひなたや。()うたばかりやから詳しゅう知らんけど、多分わいらと一緒の世界から来たと思う。で、そこでふわふわ浮かんどるライオンぬいぐるみが、コラプサーな」

「だからぼくはぬいぐるみじゃないミィ!」


 コラプサーが恥ずかしげな様子で抗議する。白い歯を見せて笑いながら、ショウキはひなたに顔を向ける。


「ひなた、せっかく会うたんやし皆のこと紹介したるわ。まずは、ヨシト。さっき話した、わいの友達な」


 先ほどショウキと言葉を交わしていたショートヘアの少年――ヨシトが、ひなたに向かって軽く会釈する。


「ヨシトです、よろしく」

「で、ヨシトの隣におるんが、(まさ)()。それで正季と手を繋いどる女子が、()(らい)


 ショウキの紹介を受けて、正季と未来が二人ほぼ同時にぺこりと頭を下げる。


「こんにちは、正季です。よろしくね」

「未来です。仲良くしてくれたら嬉しいな」


 正季と未来は、ふと互いに手を繋いだまま挨拶をしていたことに気づき、顔を赤らめながらぱっと手を離す。ショウキはにやにやと笑みを浮かべながら、気恥ずかしい様子の二人の姿を見つめていた。


「なんや、二人ともアツアツやんな。ええなあ、羨ましい限りやわ」

「こら、ショウキ。デリカシーが無いにも程があるぞ。この前もそれで、ユキナちゃんに散々叱られたばかりだろ」


 ショウキの言動を、ヨシトが間を置かずに(たしな)める。ヨシトの言葉に、ショウキはふと何かを思い出したのか、先ほどとは打って変わって顔色がだんだんと青ざめていく。その場で立ち尽くすだけになった彼に変わって、ヨシトがひなたたちへ身体を向けた。


「不快に感じたらごめんよ、ショウキはこういう友達(ヤツ)だから……ユキナちゃんはぼくとショウキの同級生で、ショウキが今みたいなことを口走ったらすぐ叱り飛ばしてくれるんだ。でも今はぼくしか止める人がいなくて……正季くんと未来ちゃんも、本当にごめん」


 ヨシトはそう言うと、正季と未来へ申し訳ない様子で頭を下げる。二人は、気にしてないよ、とほとんど同時に応じてみせた。まるで示し合わせたかのように息がぴったりな正季と未来を前に、ひなたは感嘆する。


「そうだ、自己紹介がまだ途中だった。最後に、正季たちの隣にいるのが、()(おん)と、()(おん)。灰色のジャンパーを着てる男の子が礼音で、ピンクのニットパーカーの女の子が里音」

「えっ、二人って……」


 ひなたは、困った様子で礼音と里音の顔を交互に見る。そんな彼女の前へ、ピンクのニットパーカーの少女――里音が歩み寄り、両頬を人差し指で押さえながら笑顔を見せた。


「そう。見ての通り、私たちは双子で、顔つきがよく似てるの。だから、みんなには服装で何とか見分けてもらってるんだ」

「えっと、その」

「あっ、ごめんごめん。私は里音。ここにいる私たち、今日初めて会ったばかりなんだけど、私と未来ちゃんしか女子がいなかったから、ひなたちゃんと会えて嬉しいんだ。ねえねえ、もし良かったらだけど『ひなたちゃん』って呼んでもいい?」


 独自のペースで話を進める里音を前に、ひなたは思わずその場で頷き返した。里音は満足げな笑顔を浮かべると、ひなたの両手をぎゅっと握って応じる。


「やった。これからよろしくね、ひなたちゃん。ほら、礼音もちゃんと挨拶して」


 里音に促されるまま、後ろに控えていた灰色のジャンパーを着た少年――礼音がひなたの前に歩み寄る。服装や髪の長さなど、細部に違いこそあるものの、隣に並べば二人とも背格好と顔つきがほとんど同じで、すぐには見分けがつかなかった。確かに服装で見分けるしかないかも、とひなたは心の中であらためて理解する。


「礼音です。よろしく」

「ちょっと礼音、もう少し言うことがあっても良いんじゃない?」

「そうは言っても、初めて会ったばかりだし。おまけにこんな変な学校で、わざわざ話題を振ることもないだろ」

「もう、礼音は変なところで真面目なんだから」


 顔の似た兄妹が言い合っている様子を前に、ひなたはふと自分にきょうだいがいるような錯覚を覚える。実際のところは一人っ子のためあくまでも想像でしかないが、こんなきょうだいがいたら楽しいと感じるものかもしれない――そんな思いを巡らせたところで、コラプサーがひなたたちへ呼びかける。


「みんな、ちょっとこっちへ来てほしいミィ!」


 コラプサーの声を聞いたひなたたちは、黒っぽい子ライオンの元へ歩み寄る。彼らの様子を前に、コラプサーは腹に着けた白いポーチからヘリオスナイトの欠片を取り出して見せた。


「うわっ、何やこれ。とん○りコーン?」

「違うミィ。これはぼくたちにとって大切なものなんだミィ」


 ショウキが思わず漏らした言葉を、コラプサーはあっさりと受け流す。ヨシトたち五人が小さな円錐形の欠片を注視する中、ひなたは彼らへ再度向き直り、意を決して口を開いた。


「あのねみんな、正直信じられないかもしれないけど。この欠片は、コラプサーが今まで大切にしてきたこの世界の『太陽』の欠片なの。でも怖い人に狙われて、この欠片があちこちへ散り散りになっちゃって、それでこの世界の空に太陽が無くなっちゃったの。わたしとコラプサーはこの世界に太陽を取り戻すため、一緒に旅をしてるんだ」


 先ほど砂漠で耳にしたコラプサーからの情報を、ひなたは自分なりに嚙み砕いて説明する。六人はそれぞれ、ひなたへ顔を向けたり、目線をそらして考え込んだりしていたものの、全員共通して怪訝そうな顔つきを浮かべていた。


「ひなたちゃんは、どうしてコラプサーと一緒に? ぼくたちと同じように、違う世界からやって来たんだよね?」


 正季がひなたへ問いかける。短い質問の重ね掛けを受け、ひなたは数秒ほど考え込んだ後、小さく頷く。


「うん。わたしもこことは違う世界から、この世界にやって来たの。元の世界に戻るには、この小さな欠片――『ヘリオスナイト』の力が要る。コラプサーは太陽を元に戻すため、わたしは元の世界に帰るため。あと、怖い人から狙われてるコラプサーのことも放ってはおけなかったから……かな」

「そっか。ありがとう」


 正季が納得した様子で大きく頷く。続いて今度は礼音が、ひなたへ質問を投げかけた。


「でも、探すと言ってもここは十分広い世界だよ。こんなに小さいとん○り……じゃなかった、ヘリオスナイトの欠片を探すのは流石に難しいと思うけど」


 ヘリオスナイトの第一印象を一瞬思わず口走った彼の顔を、ショウキと里音がにやにや覗き込んでいる。それに気づいた礼音は、あさっての方角を向いて気恥ずかしそうに軽い咳払いをした。そんな彼らの様子に動じることなく、コラプサーが応じる。


「それは心配ないミィ。この場所へ移動する際、ヘリオスナイトの欠片に近い場所を指定したから、この近くにあるのは間違いないんだミィ。その証拠に……ひなた、どこか適当な方向へ手を翳してみてミィ」


 コラプサーに促されるまま、ひなたはその場で手を空中へ翳す。左右にきょろきょろと手を伸ばした瞬間、空高くにある教室の天井で虹色の灯がきらきらと瞬いた。わあ、すごい、と一同が口々に嘆声を漏らす。


「間違いないミィ。ヘリオスナイトの欠片はこの近く、この部屋の天井にあるんだミィ! 悪いヤツの手に渡る前に、早く取りに行くミィ!」


 嬉しさと興奮を隠しきれないまま、コラプサーが早口で言う。それに反して、ひなたたちは困ったような表情を浮かべていた。


「天井っていうか……あの場所って、この巨大な学校の屋上、だよな」

「ここって屋上への階段あったかな……どうやって行けばいいんだろ」


 礼音と里音が同時に同じ方向へ首を傾げる。コラプサーを除く全員がその場でしばし悩んでいると、不意に未来があっ、と声を上げた。


「そうだ。エレベーター。この学校って、確かエレベーターがあったよね。ボタンがとても高いところにあって、とても使えそうになかったけど……コラプサーなら空も飛べるし、屋上まで行くのに使えるんじゃない?」

「よっしゃそれや! それで行くで! エレベーターはこっちやんな!」


 未来の提案に、ショウキが胸の前でガッツポーズをして応じる。言うが早いか、ショウキはその場から一目散に走り出した。


「ほな、善は急げや! やったるでぇ!」

「あっ、待てよショウキ!」

「そっちはエレベーターとは逆! こっち、こっち!」


 ショウキに続き、ヨシトや礼音も彼の後を慌ただしい様子で追いかけた。その場に残されたひなたたちも、やや急ぎ足で彼らの後に続く。

 教室の開き戸を出た辺りで、ひなたと里音の後ろを進んでいた正季が、同じペースで進む未来へ話しかけた。


「未来ちゃん、すごいね。全然考えもしなかったよ」

「ううん。ただ、あのエレベーターに似た絵を、いつだったか正季くんが描いていたなあ、って思い出して。気づいたのは正季くんのおかげ」


 未来の言葉に、正季は顔を赤くする。そんな二人の様子を見て、ひなたは思わず口にする。


「あのさ。正季くんと未来ちゃんって、やっぱりその……」


 ひなたが言いかけたところで、彼女の隣を走っていた里音がシーッ、と顔の前で人差し指を立てた。一瞬だけ里音が二人を指し示すのを見て、ひなたは後方へ顔を向ける。穏やかな微笑を浮かべる二人の姿を前に、彼女は自身が感じたことを心の中で静かに呑み込んだ。そんなひなたの姿に気づいた正季が、眼前の少女へ尋ねる。


「どうしたの、ひなたちゃん? 何かあった?」

「ごめん、何でもない。今はみんなを追いかけよう」


 ショウキたちの後を追うため、ひなたたちは校庭の倍の幅はあるだろう、長い廊下を走り出した。走る途中でひなたはちらと、廊下の窓越しに映る青空を見る。一見して砂漠で見た青空と変わらない様子だったが、ぼんやりと藍色に染まり始めているように、ひなたには感じられた。



***



 ひなたたちがエレベーターの前に着いたとき、ショウキとヨシトは汗だくになりながら互いに何かを言い合っていた。そんな二人のそばで、礼音がぜえぜえ、と息を切らして座り込んでいる。


「せやからさっきも言うたやろ。先に着いたんはわいや、それは変わらへんで」

「いいや、タッチの差でぼくの勝ちだった。今回こそは、ぼくの勝ちだ」

「わいやろ!」

「ぼくだろ!」

「わ、い!」

「ぼ、く!」

「コラーッ! 二人とも、こんなところで何してるのミィーッ!」


 二人の言い合いを止めたのは、コラプサーだった。ひなたたちが驚いた様子で呆気に取られていると、コラプサーはふわふわと浮かび上がり、高い場所にあるエレベーターのボタンを押す。高い場所にあるランプが点滅するのを背後に、コラプサーはショウキたちに向き直った。


「今はヘリオスナイトの欠片を探すために、みんなが力を合わせるのが重要なんだミィよ。こんなところでケンカしちゃダメだミィ」

「な、なんやコラプサー……一瞬ユキナかと思ってビビったやんけ」

「ぼ、ぼくもその、ごめん」


 コラプサーが両手を腰に当てて二人に説教する。ショウキとヨシトに反省を促すコラプサーの後ろ姿を見て、ひなたは彼の思わぬ一面に驚嘆すると同時に、水色の小さな翼を揺らす子ライオンの背中を可愛いとも感じた。

 そうして彼らの姿を見ているうちに、エレベーターから短い電子音が流れ、両扉がゆっくりと開き始めた。


「みんな、今のうちに乗るミィ!」


 コラプサーの言葉を合図に、ひなたたちは一斉にエレベーターへと走った。一方、扉の前でばてていた礼音は、里音に肩を預けられながら、やや遅れて進み出す。

 山ほどの大きさがあるエレベーターの扉が全開になるにつれ、金属の擦れる音が大きく響き、地面も僅かに揺れる。エレベーターの巨大さもさることながら、扉があったレールの部分だけで、既に五十メートルほどの距離があった。もし扉が閉まり出したら、大変なことになりそう――そんな予感を抱きながら、ひなたは大急ぎでエレベーターへ駆け込んだ。ひなたとコラプサーに続き、未来と正季、ショウキとヨシトがエレベーターに入る。


「何とか、間に合った……あれ、礼音くんと里音ちゃんは?」


 エレベーターの中に入って安堵するのも束の間、ひなたはきょろきょろと辺りを見回す。出入口付近に目を向けると、扉のレール部分を礼音と里音が進んでいるのが見て取れた。刹那、エレベーター内で僅かな地響きが轟く。


「エレベーターが閉まろうとしとる……アカンで、これは」

「礼音くん、里音ちゃん、急いで! コラプサー、エレベーターを開けっ放しにするボタンを押して!」

「ボ、ボタン? どれのことミィ……?」


 ひなたは二人に呼びかけながら、コラプサーにもボタンを押すように促す。しかし、コラプサーはどれが開閉ボタンなのか分からない様子で、上下に並ぶボタンの前をうろうろ浮遊していた。未来が空中のコラプサーに向かって、大声で呼びかける。


「『ひらく』って書いてあるボタンだよ! ほら、上の、菱形を二つに割ったような記号が入ってる!」

「『ひらく』……? 書いてあるって言われても、ぼくには全然分からないミィよ……」


 コラプサーはそう言うと、ボタンの前でふわふわ浮かんだまま、険しい顔で考え込んでしまった。コラプサーはそもそも宇宙人だから、地球の文字はあまり分からないのかも――ひなたの脳裏で一瞬考えが過ったものの、今は一刻を争う状況だと自分に言い聞かせた。

 やがて、収納されていたエレベーターの扉が左右から再び現れる。驚いたひなたがレールの方角を見ると、礼音と里音はレールの八割を渡り切ったぐらいの位置にいた。このままじゃ間に合わない――そう思った矢先、ヨシトとショウキ、正季の三人が駆け出した。


「何やっとんのや、二人とも。はよ行くで!」

「何言ってんだ、そもそもぼくたちの競争に礼音を巻き込んだからだろ……ぼくたちが来たからには絶対大丈夫、行こう」

「大丈夫、まだ間に合う。しっかり捕まって」


 三人はそう言うと、レール上の双子にそれぞれ肩を貸す。ヨシトとショウキに至っては、二人がかりで礼音を背中に乗せる。さながら騎馬戦のような体勢になった二人は、息を合わせてエレベーターの内側へ走り出した。正季と里音も、そんな彼らの背中を必死で追いかける。

 そして、五人全員がエレベーターの内側へ入り込んですぐに、エレベーターの両扉が閉じた。やや大きな地響きを感じながら、少年少女たちは安堵の溜息を漏らす。


「ホント、ごめん……僕ひとりのせいで、みんなを危ない目に遭わせて」

「私からもごめん……何とか行けるって思ったんだけど、全然ダメだった」

「ええって、気にしとらへんよ。あそこで助けんかったらオトコが廃るってもんやさかいな。ヨシトもそう思うやろ」

「ああ……けど、ここで一番謝らないといけないのはぼくとショウキだろ。こんなことになった原因を作ったわけだし……ごめんなさい!」

「それは、まあ、そやな……すんまへん!」

「二人とも、無事で良かった……正季くんも。わたし、すっごく心配したんだから」

「あの状況で、流石に放っておくことはできなかったから。でも、心配かけてごめん、未来ちゃん」


 六人が思い思いに言葉を交わす状況を前に、ひなたもほっと息を吐く。そうして、頭上で唸り声を上げるコラプサーへ顔を向けた。


「コラプサー、こっちはもう大丈夫だよ。一番右上にあるボタンを押して……そう、それ!」


 ひなたの誘導に従って、コラプサーは『R』の文字が入ったボタンを押した。すると、『R』の文字が白く点灯し、エレベーターが上昇し始める。


「やったミィ、動いたミィ!」


 無邪気な様子で喜ぶコラプサーを見て、ひなたも胸を撫でおろす。このまま屋上に行って、ヘリオスナイトの欠片を無事手に入れられれば、互いの目的へ近づくことができる。その瞬間を想像すると、ひなたは胸の内でどこか妙な興奮を覚えた。

 やがて、ピンポーン、とエレベーターが短い到着音を鳴らした。左右の扉が開き始めると同時に、ひなたたちは急いで外に出る。巨大な学校の屋上は、一面が灰色のコンクリートに覆われており、エレベーターのある塔屋やフェンスの影がうっすらと映っていた。


「よっしゃ、着いたで!」


 両腕を思い切り空へ伸ばしながら、ショウキが嬉しそうに声を上げた。そんな彼をよそに、コラプサーはきょろきょろと辺りを見回す。


「ヘリオスナイトの欠片が、ここにあるミィね。ひなた、もう一回手を翳してみてミィ」

「うん、分かった」


 ひなたはそう返事を返すと、すぐに自分の両手を前方に掲げる。すると、屋上の隅で虹色の光が大きく瞬いた。

 ひなたたちが光の方向へ目を向けると、そこには小さな人影が立っていた。


「だ、誰かいる……」

「まさか、悪いヤツがもう現れたミィ⁉」


 コラプサーが戦々恐々とした様子で光の方角を見る。ひなたも虹色の光をおそるおそる凝視する。

 やがて光が落ち着くと、そこには五歳ぐらいと思しき幼い少女が一人立っていた。白い(きぬ)()を身に纏い、勾玉の首飾りを身に着けている少女の姿は、歴史の教科書で見た弥生時代か古墳時代の人物を思わせた。


(なん)じゃそなたら、()(なに)(よう)か」

「えっと、その……あなたは?」


 ひなたの問いかけに、少女は胸まで伸ばした黒髪を揺らしながら、笑顔で真っ直ぐひなたの目を見て答える。


()(ひめ)(みこ)である。()まれながらに(おお)いなる(かみ)(さだ)めを()()えた、(ひめ)(みこ)であるぞ。その(あかし)に、()よ」


 少女――(ひめ)(みこ)はそう言うと、握りしめた小さな左手をそっと開く。彼女の手のひらの上には、山吹色をした小さな円錐の欠片が二つ乗っていた。


「ヘリオスナイトの欠片だミィ……!」

(さき)ほど(てん)から()ちてきたものじゃ。きっと、(にち)(りん)()(たまわ)ったものに(ちが)いない。(ちち)(うえ)(のぞ)まれた()()にはなれなかったが、()はこの(にち)(りん)()(こう)(もっ)て、(ちち)(うえ)のように(りっ)()なクニの(おう)になるのじゃ」


 皇女はそう言うと、あはははは、と声高に笑った。得意げな様子の笑い声に悪意は微塵も感じなかったが、純粋な目でヘリオスナイトの欠片を手にする皇女の姿に、ひなたたちはただ困惑するばかりだった。


「な、何なんだあの子。ぼくたちと同じ時代の出身のようには見えないし……もしかして本当に、昔の時代の人なのかな?」

「なんや、ヨシトも流石にびっくり仰天か。わいはもうびっくらこき過ぎて、腰が抜けたわ」

「いやどう見ても抜けてないだろ……あっ、コラプサーが」


 ヨシトとショウキたちが小声で雑談するのを尻目に、コラプサーはひなたと皇女の間へ割って入った。


「それはぼくたちが大事にしてきたヘリオスナイトの欠片だミィ! 今すぐ返してほしいミィ!」

(なに)(もの)じゃそなたは! いやじゃ! これは()()つけたものじゃぞ!」

「返すミィ~!」

「いやじゃ~!」


 そのまま、コラプサーと皇女の間は互いに譲らないケンカを始めてしまった。ヨシトたちが溜息交じりに眼前の状況を見ている中、今度はひなたが両者の間に割って入る。彼女は双方の目の前でしゃがみ込むと、コラプサーの方へと身体を向けた。


「欠片を早く返してミィ~」

「コラプサー、ちょっと落ち着いて……」


 コラプサーが小さな身体を震わせて皇女へ向かおうとするのを、ひなたは両手を前に出して宥める。その体勢のまま、彼女は後方にいる幼い皇女へと顔を向けた。


「あの、皇女さま」

(こん)()(なん)じゃ、(もう)してみよ」

「わたしは、ひなたと言います。わたしとコラプサーは、この世界に太陽を取り戻すため旅をしています。その欠片は間違いなく、コラプサーが大切にしてたものです。それが無いと、この世界に太陽が無くなってしまうんです」

「ほう、(にち)(りん)()くなるとな」

「だからどうか、その手に持った欠片を譲ってください。お願いします!」


 ひなたはそう言うと、今度は幼い皇女へ向き直って深く頭を下げた。ヨシトたちも、彼女に倣って頭を下げる。コラプサーもまた、やや不服そうな表情を浮かべつつも、ぺこりと頭を下げた。

 彼らの様子を見て、皇女は黙って空を眺める。広がる青い空に太陽の姿はどこにも無い。しばし空を眺めた後、皇女は小さな手でひなたの手をぎゅっ、と握った。


「ひなた、と()ったな。(あい)()かった。そなたの(はなし)(しん)じるとしよう」


 皇女の言葉を受け、ひなたは自分の手元に目線を向ける。見ると、そこには山吹色の小さな円錐状の欠片――ヘリオスナイトの欠片があった。ひなたは、自分の目線の先にある皇女の顔を見て、再度頭を下げる。


「あ、ありがとうございます!」

(れい)には(およ)ばぬ。(おお)きな(こん)(なん)があったとき、(ひと)(そう)(もく)(ちゅう)(ぎょ)(きん)(じゅう)(いた)るまで、(みな)(ちから)()わせて()()かうことが(だい)()じゃと、(ちち)(うえ)(おお)せであった。(ゆえ)に、()もそれに(したが)ったまでじゃ」


 ひなたと皇女が円満に話を進める様子を前に、コラプサーたちはほっと胸を撫でおろす。コラプサーに至っては、目元をウルウルさせながら二人の姿を眺めていた。


「ああ、良かったミィ。ヘリオスナイトの欠片が集まって、一歩前進だミィ……!」

「せやけど、ここぞというところで一番頑張ったんはひなたやん。あんさんはお願いするどころか、逆にケンカ始めてまうしな」

「さっきは欠片のことしか頭に無かったし、話せば分かってくれると思ったんだミィ」


 ショウキのツッコミに、コラプサーは逆に開き直ってみせる。我が物顔で両手を組みながら空中に浮かぶ子ライオンの姿を前に、ショウキは最早笑うしかなかった。


「良かったね、ひなたちゃん。何だか見てるこっちまで嬉しくなってきたよ」

「うん。ぼくも、何だか自分のことのように嬉しいよ。この世界だから、余計そう感じるのかな」

「それは、正季くんがどんな時でも優しいからだよ。そういうところも、わたしは好きだよ」


 そう言って屈託のない笑顔を浮かべる未来を見て、正季は顔を真っ赤にさせた。耳まで赤くなっている彼の姿を前に、未来はくすっ、と小さく笑い声を漏らす。


「ひなたちゃん、何とかうまくいって良かったね。さっきのエレベーターの時は、流石にちょっとヒヤヒヤしたけどさ」

「うん。だけど、里音がいなかったら僕はここまで来れなかったかもしれないよ。さっきは本当ありがとう」

「あっ、礼音がお礼言うなんて珍しい。もしかして明日は雨かなぁ」

「こら、まるで人がいつもお礼しないみたいに……」


 やり取りの途中で、里音と礼音は二人同時に笑顔を作ってみせる。同じ笑顔を浮かべる互いの顔を見て、兄妹は揃って笑い声を上げた。

 それぞれが思い思いに談笑する中、ひなたはコラプサーの元へ歩み寄る。彼女の様子を察したコラプサーは、ポーチからヘリオスナイトの欠片を取り出し、それをひなたの手にそっと触れさせた。

 辺りに眩い虹色の光が広がるのを前に、少年少女たちは光源の場所へ同時に目を向ける。ひなたとコラプサーの身体が光に包まれる光景を前に、彼らは思わず言葉を失った。


「みんな、ここまでありがとう。わたし、もう行かなくちゃ。本当にありがとう!」


 ひなたは、その場にいる全員へ顔を向ける。ヨシト、ショウキ。正季、未来。礼音、里音。そして皇女。全員の顔を見渡したところで、ひなたは右手を上げ、左右に振った。


「何や、行ってまうんか……こっちこそ、ホンマおおきにな!」

「大変だと思うけど、頑張って! 応援してる!」

「何かあったら、わたしたちを頼ってね!」

「僕みたいな無理はするなよ!」

「ひなたちゃん、元の世界で会えたら、私と一緒にお買い物しようね!」


 ショウキ、正季、未来、礼音、里音がそれぞれひなたたちに言葉をかける。ヨシトと皇女もまた、虹色の光の奥に映る影に向かって声を上げた。


「ひなたなら困っても大丈夫! ぼくたちみたいに助けてくれる人はきっといる、力を合わせれば世界だって救えるさ!」

「その(もの)()うとおりじゃ、(あきら)めなければいつか(みち)(ひら)ける! きっとやり()げるんじゃぞ!」


 虹色の光の向こうで、人影が大きく手を振る。それを目にした少年少女たちもまた、手を振り返す。

 やがて、学校の屋上を包んでいた虹色の光は掻き消えた。それでもなお、彼らはそこから動かず、遠く青空を見守っていた。

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― 新着の感想 ―
失礼します。 壮大なファンタジーですね! いまだ物語の途中で続きが気になるところですが、とりあえずのご挨拶をいたしたく、参りました。 この度はひだまり童話館第41回企画、そして休館前最後の企画にご参…
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