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虹色の光の波を越えて、ひなたとコラプサーは新しい場所への一歩を踏み出す。今度は辺りに霧が漂っておらず、緑豊かな山々と黄土色の地面に囲まれたのどかな場所だとはっきり見て取れた。近くには小川もあり、石が水の流れに乗ってころころ漂っている。
太陽が見当たらない快晴の空をひなたが仰ぎ見ていると、後方からコラプサーの声が耳に入る。
「ふう。今度はちゃんと着地できたミィね、ひなた」
「ワープの度に何度も身体を地面に打って着地するのは嫌だもん。流石に気を付けるよ……あれ?」
ひなたが周囲の様子を見回していると、薄黄色の柔らかい芝生の上に、何か茶色く丸い毛玉があるのが見て取れた。
ひなたは、茶色く丸い毛玉が何かを確かめるべく歩み寄る。それはよく見れば、茶色い縞模様が全体に広がっており、所々が白かった。そして、独特の丸いボディのシルエットを前に、彼女はその正体を確信する。
「えっ、もしかして……猫ちゃん?」
そこには猫が落ちていた。
顔と腹、四本脚の部分が白い茶トラ猫が、仰向けの体勢で地面に転がっていた。両方の前脚が、肉球を隠すようにして胸の前でぴったりと並んでおり、まるでお化けのようなポーズに見える。上から下まで全身を思い切り伸ばした猫は、尻尾も含めて長さ一メートル以上はあるように思われた。
「猫ちゃんだぁ……可愛い! こんなところでどうしたの?」
そんな猫の姿を前に、ひなたはたちまちメロメロになった。まさかこんな異世界で猫に会えるとは思わなかった彼女は、満面の笑顔でその場にしゃがみこみ、猫の身体に顔を埋める。その体勢で深く息を吸い込むと、柔らかい体毛から草原を思わせる匂いがした。
「ああ、良い匂い……癒されるぅ……」
猫なで声を出しながら、ひなたは茶トラ猫の長い身体を堪能する。そんな彼女の後ろ姿を冷めた眼差しで見つめたまま、コラプサーはふわふわ空中で浮いていた。
そして、ひなたが猫を抱きかかえようとしたところで、猫が全身を伸ばし、両目をうっすらと開ける。
(;= °Д°=)「にゃっ……こ、ここは……どこにゃあ?」
「猫ちゃんが、喋った……!」
ひなたは半ば驚きながら、人間の言葉を発する猫の顔を凝視する。
ここは元の現実とは違う異世界。元の自分の世界と違っていれば、こういうことも起こり得るのだろうか――ひなたが頭の中で思案していると、遠くから甲高い声が聞こえてきた。
( °Д°)「テト~~~~ッ! テト、探したで~~~~!」
Σ(=°Д°=)「はっ! こ、この声は……」
猫が驚いて声のした方角を向く。ひなたも、猫の視線の先を見る。すると遠くから、白い楕円形をした、左右に六本ずつ脚を生やした生物が、ひなたと猫の方へ全速力で走ってきている様子が見て取れた。ひなたは、今までに見たことのない謎の生物の姿を前にして思わず悲鳴を上げる。
「きゃああああああああああ!! 白いゴキブ――」
( #°Д°)「シャラァァァァァァァァァァァァァッッップ!!!!」
ひなたが途中で言いかけた言葉を、謎の生物は目いっぱいの大声で遮った。ひなたとコラプサーが思わずその場で驚いていると、謎の生物は猫の前で立ち止まる。謎の生物はぜえぜえと息を切らしながらも、ひなたとコラプサーへ顔を向けた。
( #°Д°)ノ「わいは、白いゴキブリや、あらしまへん! わいは珍種……! そしてそこにおる猫はテト……!」
「ち、珍種? え……?」
ひなたとコラプサーは、眼前にいる謎の生物――珍種を前に、困惑した表情を浮かべる。珍種は息を切らしながら、全力で声を張り上げる。
( °Д°)ノ「説明したら長くなるさかい……とりあえずわいらの自己紹介イラスト、カモーン!!」
( °Д°)ノ「――というわけやさかい。二人とも、あんじょうよろしゅう」
珍種はどこからか取り出した自己紹介イラストを、またどこへともなく片付ける。そんな珍種を前に、ひなたとコラプサーは一瞬顔を見合わせた後、再び珍種たちへと顔を向けた。
珍種が用意したイラストのおかげで、二匹のことは大体分かったけど、このイラストは一体どうやって出したのだろう。ひなたの脳裏で大きな疑問が湧くものの、テトと同じく流暢な言葉で喋る謎の生物を前に、深く考え込まないようにした。だって謎だから仕方ない――ひなたは心の中で自分に言い聞かせる。
「は、はぁ……わたし、ひなた。よろしくね」
「コラプサーだミィ……」
(;=°Д°=)「ど、どうもテトだにゃあ……よろしくおにゃがいします」
ひなたとコラプサーは、何とも言えない面持ちで自己紹介をする。ひなたたちの様子を察してか、テトが丸い頭をぺこりと下げた。いつの間にか二本足で器用に立っている茶トラ猫の姿を見て、ひなたは唖然とする。
「ところで、テトはどうしてこんなところにいたんだミィ?」
コラプサーがテトの顔を覗き込んで尋ねる。その言葉に、珍種が神妙な顔つきで応じる。
( °Д°)っ「それは三時間ほど前……わいとテトがあの向こうの山の辺りを歩いてた時や」
珍種が、ひなたたちの後方を指さす。ひなたとコラプサーが振り返ると、その先には大きな険しい山があった。山の外側には苔むした岩肌が一面に広がっており、木は一本も見当たらない。
( -Д-)ノ「わいとテトはあのみどりの山を歩いとったんやけど、その時に何や、急に虹色の光が出たかと思たら、急に強い風に吹き飛ばされてな。わいはテトとは遠い場所に飛ばされてもうたさかい、今までずっとテトを探しとったわけや。それにしても、テトが無事で良かったで」
(=°Д°=)「ど、どうも……」
「そうだったの。でもコラプサー、これって……」
珍種とテトの話を聞いて、ひなたはコラプサーの姿を見る。両手を腕組みするかのようなポーズでふわふわ浮かびながら、コラプサーは何度も小さく頷く。
「間違いないミィ。それはヘリオスナイトの欠片の影響だミィ。詳しい条件はまだ分かってないけど、太陽を失った状態で欠片のまま放っておくと、周囲に悪い影響をもたらすこともあるんだミィ」
(=°Д°=)「ヘリオスニャイト?」
「ああ、それは……」
ひなたは、珍種とテトにこれまでのいきさつを説明した。いろいろな出来事をざっくりと説明し終えると、珍種は合点がいった様子でひなたたちに目を向ける。
( °Д°)「なるほどなあ。かくかくしかじか……そういうことやったら、ここはわいらも一つ協力したろか」
Σ(=°Д°=)「にゃっ。そ、そんにゃ大変にゃこと、引き受けて大丈夫にゃの……!?」
( °Д°)ノ「わいらも元の世界に戻るためや。戻らな、テトも美味しいキャットフードを食べられへんで。いつものキャットフードもおもちゃも、ここにはあらへんし……このままやとずっとここで野良猫生活になってまうで」
(=°Д°=)「そ、それは困るにゃあ。頑張ります……」
珍種とテトの話を聞いて、ひなたはふと考える。そういえば、先ほどショウキたちも『元の世界』と口にしていたっけ――珍種たちもそうだとしたら、この世界にいる生き物は全員何かの理由で別の世界から呼び寄せられたということだろうか。一体どうしてなんだろう……。
ひなたが考えを巡らせていると、彼女の後方から足音が聞こえた。ひなたとコラプサーは、驚いた様子で背後を振り返る。
「なるほどのう、話は全て聞かせてもらったぞ! 仏様のため、わしたちも力を貸そう!」
そこには、黒い法衣を着た二人のお坊さまが立っていた。堂々と仁王立ちする高齢のお坊さまと、その側で困惑した面持ちを浮かべる年若いお坊さま。しわだらけの顔を強張らせながら、高齢のお坊さまはひなたたちへ目を見開き――
「いやいやいや、いきなり出てきて何やってんですか和尚さま。そんな強い味方オーラみたいなの出さなくていいですから」
「しかしのう、一松。ここはこの場にいる最年長として、威厳を見せねばな」
「こんな訳の分からない世界で子どもと猫たちを相手にこれとか、本当に歴史ある大山寺の和尚さまなんだろうかこの人……」
高齢のお坊さま――和尚さまを前に、年若いお坊さま――一松は溜息を吐く。そんな一松をよそに、和尚さまはひなたたちへ話を持ちかける。
「で、何じゃったかの。屁を出さないとの欠片、じゃったか」
「ヘリオスナイトの欠片だミィ!」
コラプサーが不服そうな面持ちで口にする。和尚さまは、自分の言い間違いを特に気にしていない様子で続けた。
「そうそう、それじゃ……それならもう既に、わしが持っとるぞ」
「えっ!?」
一同が、驚いた様子で和尚さまの方を見る。和尚さまは、法衣のポケットに手を入れると、握りしめたものを開いてみせた。オレンジ色の小さな三角錐の欠片が二つ、和尚さまの手のひらの上に載っている様子を見て、ひなたたちは絶句する。
「こ、これはまさか……!」
「少し色は違うけど、まさか、まさかミィ……!」
( °Д°)「いきなり、やったんか!?」
(=°Д°=)「こ、こんにゃことって……!」
ひなたたちが息を吞む。そんな彼女たちの様子を前に、和尚さまは意を決した面持ちで欠片の一つを手に取り、自身の顔の前へ持っていく。そのまま――
パクッ
モシャ、モシャ……
「なるほどのう。この見ず知らずの世界でも相変わらず、とん○りコーンは美味いのう……」
「とん○りコーンじゃねえかぁぁぁぁッ!! 思わせぶりな態度やめてください……ていうか、法衣のポケットに菓子をそのまま入れるんじゃねぇぇぇぇ!!」
一松のツッコミを聞いて、ひなたたちは思わずその場でずっこけた。
和尚さまが満足げにとん○りコーンを頬張る様子を見て、ひなたはショウキも同じことを口走っていたことを思い出す。その時の影響で、ヘリオスナイトの欠片を無意識にとん○りコーンと錯覚してしまったかもしれない。
ぼんやりと脳内で考えたところで、ひなたは考えを放棄する。考えれば考えるほど、とん○りコーンを食べたい気持ちが強くなってしまう――今はヘリオスナイトの欠片のことを考えなければ。気持ちを落ち着かせたところで、ひなたは和尚さまへ尋ねる。
「和尚さま、手に持っていたそれはヘリオスナイトの欠片ではありませんでしたけど……もしかしてそれと似たものを、この世界のどこかで見たことあったりします?」
「おお、いかにもその通りじゃ。よく分かったのう、聡い娘じゃ。ところで名前は何じゃったかな」
「わたしは、ひなたと言います。周りにいるのは、コラプサー、珍種、テトです」
ひなたは言いながら、コラプサーたちを順に手で指し示す。和尚さまは、ひなたの顔を一瞥すると、みどりの山へと顔を向けた。
「あのみどりの山の麓にある洞窟じゃ。先ほど中で小便をしとったら、虹色に光る珍しい石があってのう……確かあれは、どの辺りじゃったかは忘れてしもうたが」
「うん、和尚さま。せめてルビ以外もちゃんと『散歩』にしてくださいよ。何しに行ったか、完全にバレバレです」
「まあ細かいことは気にするな一松。そういうわけじゃ、わしが案内してやろう。こっちじゃ」
和尚さまはそう言うと、洞窟の方角へ向かって歩き出した。一松はすぐさま和尚さまの後ろをついて歩く。二人の背中を見ながら、コラプサーはひなたの顔を見て頷いた。
「多分その洞窟の中に、ヘリオスナイトの欠片があるんだミィ。行ってみようミィ」
「うん、そうしよう。コラプサー」
( °Д°)ノ「わいも行くで~」
(=°Д°=)っ「テトを置いて行かにゃいでにゃあ!」
そうして、ひなたたちはみどりの山の洞窟へ向かって歩き出した。彼女たちの側で流れる小川では、コイやイワナがぷくぷくと小さな泡を出しながら、水流に身を任せて泳いでいた。
***
和尚さまに連れられてから十数分後、ひなたたちはみどりの山の麓に辿り着いた。目の前には洞窟の入り口が大きく口を開いている。焦茶色の岩壁に囲まれた洞窟の中では左右に篝火が等間隔に灯されており、予想に反して明るい様子が窺えた。
( °Д°)「こんなところに洞窟があったんか……」
(=°Д°=)「いかにも何かありそうにゃ雰囲気……」
「皆の者、こっちじゃ」
和尚さまがそう言って洞窟に一歩足を踏み入れた瞬間、足元で何かが軋んだ音がした。それと同時に、洞窟の奥から蝙蝠が飛んでくる。数百、あるいは数千匹はいるだろう黒い蝙蝠の大群が外へ出てくるのを前に、ひなたは短い悲鳴を上げて洞窟の出入口から離れる。コラプサーや珍種たちもそれに続く中、和尚さまだけが外に出る蝙蝠の群れの中に取り残された。
「お、和尚さまーッ!」
一松が和尚さまを呼ぶ。やがて、蝙蝠の群れが収まり、その場に立ちすくんだ和尚さまの姿が見えた。一松が急ぎ足で和尚さまの元へ駆け寄ると、和尚さまが首だけを一松へと向ける。
「気にするでない。ただこの洞窟の罠に引っかかっただけじゃ。わし自体はこのとおり、無事じゃよ」
そう口にする和尚さまの法衣は、ほとんど真っ白に染まっていた。
「いやいや全然無事じゃねえし! 蝙蝠のウ○コ、いっぱい付いてますから!! ていうかここって罠とかあんの!?」
一松は動揺しながら洞窟の入口に目を向ける。先刻和尚さまが罠を踏んだ場所は、周囲の地面より少し沈む形で綺麗な正方形を描いていた。それを目の当たりにして一松は思わず呟く。
「えぇ……入口の段階でこんな罠があるとか危険すぎますよ。小さい子や猫たちもいますし、他に安全な場所を探しましょう」
「まだまだ甘いな、一松。人間、明らかに罠だと分かっていても進まなければならん時もある。今がその時じゃ。ひなたさんを助けてやりたいとは思わんかね」
「そ、それはまあ……ぼくも力は尽くしたいとは思いますけど」
「ならばやることは一つじゃ! この洞窟を進んで『屁を出さないと』を手に入れる、たったそれだけのことじゃ! では行くぞ!」
そう言うと、和尚さまは再び洞窟の中へ足を踏み入れ、そのまま先へ進んでいった。一松が呼び止める声をよそに、和尚さまの姿は徐々に小さくなっていく。
「だから『ヘリオスナイト』ですって! それから一人で先に進んじゃ……ダメだ、見えなくなっちゃった」
「あ、あの。一松さん」
途方に暮れた様子の一松へ、ひなたが声をかける。一松がひなたの方へ顔を向けると、真剣ながらもどこか緊張したような面持ちを浮かべる少女の姿があった。
「和尚さまを追いかけましょう。この洞窟の奥にあるヘリオスナイトの欠片を手に入れることが、わたしとコラプサーの目的です。危険なのは分かってます……けど、わたしたちは行かないといけないんです」
ひなたの説得に、一松はその場で小さく唸る。そして、意を決した彼は自分の両手をぱん、と叩き、ひなたたちへ向き直った。
「分かりました。とりあえず、ひなたさんたちはぼくの後ろをついて行くようにしてください。あと、頭上にはくれぐれも気を付けて」
「はい!」
「今回もヘリオスナイトの欠片を手に入れてみせるミィ!」
( °Д°)ノ「わいも行くで~」
Σ(=°Д°=)「にゃあ! テト一匹だけ置いてけぼりにしにゃいでにゃあ!」
そうして、ひなたたちは和尚さまから少し遅れて洞窟の中へ入った。洞窟の外からも見ることができた篝火は、間近で見ると思いのほか激しく燃えており、時折小さな火の粉を散らした。火の粉が服や髪に降りかからないよう、ひなたたちはなるべく洞窟の中心部を進むようにしながら、罠に気を付けて進んでいった。
「事情は軽く耳にしただけですが、大変ですよね。その、ヘリオスナイトの欠片でしたか。この広い世界で集めてるだなんて」
先導する一松が、後方を歩くひなたたちへ語りかける。ひなたは、前方の安全を確かめながら歩く彼の背中へ向かって応じた。
「はい、とても。広い砂漠に来たと思ったら、今度は町一つぐらい巨大な学校に来たり、今もゲームに出てきそうな洞窟に入ったり。元の世界といろいろ違ってて正直大変でしたけど、その度に出会った人たちに助けられて、何とか今まで集められました」
「そうだったんですね。ところで、そのヘリオスナイトの欠片って、あとどれぐらいで全部揃うんですか? まだ結構集めなきゃいけないとか、そういう」
「どれぐらい……って」
一松の言葉に、ひなたははっとする。そういえば、あとどれぐらいヘリオスナイトの欠片を集める必要があったのだろう。コラプサーからまだ一度もその話を聞いていない。
ひなたは右隣でふわふわ浮かぶコラプサーへと目を向ける。それに気づいたコラプサーは、篝火が灯る薄暗い洞窟の中でも分かるほど、柔らかい笑顔を浮かべた。
「数えてみたら、あと四個で全部揃うミィ。さっきは一度に二個も手に入ったから、今回もうまくいけば二、三個は手に入るかもしれないミィ」
「えっ、そうだったの? 全然知らなかった」
「砂漠で襲われてからのゴタゴタで、ぼくもそこまで気が回らなかったミィ。ごめんなさいミィ」
「ううん、大丈夫。でも、今みたいな調子で集められたら……」
元の世界に戻れるのも近いね――喉元までその言葉が出かかったところで、ひなたの脳裏にふと寂しさが過った。ヘリオスナイトの欠片を全部集めて太陽を元に戻したら、コラプサーとも、この世界で出会った人たちとも確実に別れることになる。元の世界が恋しいと感じることも事実だが、その一方でせっかく知り合えた人たちとも二度と会えなくなってしまうかもしれないことに、ひなたの心はにわかに揺らいだ。
「あのさ、コラプサー……」
( °Д°)ノ「あっ、見えてきたで! あそこに立っとるんは、和尚さまとちゃうか?」
一番前側にある脚を使って、珍種が前方を指し示す。その動作に合わせて、一松たちは一斉に顔を向けた。はっと我に返ったひなたもまた、珍種が示す先へと目を向ける。
そこには、逆U字型をした巨大な鉄製の門扉があった。まるで平等院鳳凰堂を思わせるほどの朱色をした両扉の前で、和尚さまは仁王立ちになって立っていた。一松たちが和尚さまの後ろ姿を凝視していると、不意に和尚さまが一松たちのいる方角へ振り返った。彼の法衣は所どころ裂けており、頭部から足先に至るまで白い汚れが大量に付着している。
「おお、来たか。待ちくたびれたぞ」
「全身蝙蝠のウ○コだらけじゃねえか! しかもボロボロだし、えっこれもしかして悉く全部の罠に引っかかってそうなった感じ!? いや確かにぼくたちが通ったときは何事も無かったけどさぁ! なに涼しい顔してんすか!」
落ち着き払った様子の和尚さまを前に、一松は矢継ぎ早にツッコミを重ねながら彼の元へ歩み寄る。和尚さまに近づくと、法衣から独特の刺激臭が漂い、一松は咄嗟に口元を法衣で押さえた。
「うわクサッ……法衣の予備とかは流石に無いし、かといって和尚さまをこのままにさせるわけにもなぁ」
「なに、案ずることはない。一松」
和尚さまがそう言って肩を揺らした瞬間、彼の法衣は一瞬でボロボロに破れ、原形を留めない残骸が地面に転がった。そして、和尚さまはその場で白いブリーフ一枚になった。
「まだわしには、ブリーフが残っておるからの」
「いくら何でも女性の前でそれは自重しろよコンプラ皆無和尚がぁーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
「これこれ、さっきから洞窟の中で大声を出すでない、一松。蝙蝠が出てきたらどうする……それに、こんなこともあろうかと予備の着替えはちゃんと用意しておるから安心せい」
そう言うと、和尚さまは懐から着替えを取り出してみせた。そんな状態で一体どこにどう仕舞ってたんだ、と一松が小声で呟くのをよそに、ひなたたちは巨大な門扉の前に立った。扉を押したり引いたりしても、鉄製の扉はびくともしない。
「ダメ、びくともしない」
「きっとこの先にヘリオスナイトの欠片があるところで、これは歯痒いミィ」
(;=>Д<=)「にゃあ……テトでもこんにゃ重い扉は無理だにゃあ。おうちの引き戸は隙間から手を差し込めば開けられるけど、これは流石に……」
( °Д°)「無理はアカンで、テト……あれ、扉の下に何かあるで」
珍種の指摘を聞いて、ひなたたちは一斉に扉の下を覗き込む。見ると、コインほどの大きさをした円形の中心部に、3の文字を崩したような形をした穴があった。
「これってもしかして、鍵穴……かなあ?」
( =°Д°=)「でも、鍵はどこにもにゃいにゃあ」
「なに、気にするでない。鍵の場所は大体察しがついておる」
ひなたたちの後ろで、和尚さまの声が響く。振り返ってみると、そこには薄桃色のメイド服を着た和尚さまが立っていた。
「だから安心して、ご主人サマ☆」
「「「「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」」」」
「スンマセンスンマセン、ほんっとスンマセン! いろいろ言いたいことはあると思うんですけど、服のチョイスと言動について今はノーコメントでお願いします!」
ひなた、コラプサー、珍種、テトの悲鳴が辺りに響く。そんな彼女たちを前に、一松はひたすら平謝りを続けていた。和尚さまは周囲の様子に動じないまま、白いフリルレースを揺らしながら扉の脇にある小さな水路へと歩み寄る。
和尚さまは水路の前でしゃがみ込むと、水が流れてくる上流の方角へ顔を向けた。すぐ先には岩壁があったが、その下に水源に通じているであろう、小さな穴があった。水が流れ出す穴の隙間を凝視しながら、和尚さまは穴の先を指さした。
「ほれ、見るのじゃ。この水路の上流にある、赤く光り輝くものを。あれがきっとこの扉の鍵に違いないぞ」
ひなたたちは、和尚さまの後に続く形で水の流れてくる隙間を覗き込む。すると、幅三十センチメートル、高さ五十センチメートルほどはある狭い穴の奥から、確かに赤い光が漏れ出しているのが見て取れた。ぼんやりと漏れる鈍い光を前に、一松が疑問を口にする。
「ていうか、あれってホントに鍵なんですかね? そんな都合よく扉の近くに置いてるとか流石に……」
「なに、ゲームとかでも鍵のかかっている場所のすぐ近くに鍵が転がってることがあるじゃろ。それと理屈は同じじゃよ」
「そうですかね……というかそもそも、こんな狭い穴、どうやって行くんですか」
一松の言葉に、一同は揃って顔を見合わせる。しばしの沈黙の後、ひなたがコラプサーへ顔を向ける。
「コラプサー、通れたりしない? 飛べば何とかならないかな」
「やってみるミィ!」
ひなたの言葉を聞いて、コラプサーは水色の翼を揺らして移動する。水面すれすれの場所を飛びながら赤い光の場所へ向かおうとするも、身体が岩壁に支えてしまい、穴に入ることができない様子だった。コラプサーは声を力ませながら、岩壁の前で何度か身をよじらせる。
「ふん、ふ~んっ……ハァ。ごめんなさいミィ、ぼくじゃ通れないみたいだミィ」
「分かった。もういいよコラプサー、戻っておいで」
コラプサーは、溜息交じりにひなたたちの元へ戻ってきた。そして、今度は珍種が何かを閃いたように、テトの方へと向き直る。
( °Д°)ノ「せや! テトやったら、こんな狭い隙間でも通れるんとちゃうんか? 猫やし、十分行けるやろ!」
Σ(;=°Д°=)「にゃっ!? い、嫌にゃあ! テトは水に濡れるのが嫌いなんだにゃあ! 勘弁してにゃあ!」
( °Д°)「行ってきてくれたら、元の世界へ帰った後で大トロ松坂牛詰め合わせセット、超豪華版をプレゼントォ!」
( =°Д°=)「え……っ!」
( >Д<)ノ「しかも今やったら、超ふかふか猫用ハンモックも付いてくる! 猫用コタツも買うたるでぇ!」
っ(;=°Д°=)c「にっ、にやあああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!??」
( °Д°)「あの説得から五分後。覚悟を決めたテトは、鍵を手に入れるため水路の奥の狭い隙間を向かった……単身一匹だけで挑むテトの果敢な挑戦を、わいらは固唾を呑んで見守ったのやった……そして、わいらの耳に届いたのは――」
(;=°Д°=)っっ「変なことを言うのはやめるにゃあ! それより、鍵を持ってきたにゃあ!」
ドキュメンタリー番組を彷彿とさせる珍種の語りを、テトが遮る。全身ずぶ濡れになりながら水路を戻る彼の両手には、朱色の鍵が挟まれていた。左右の肉球の間にある鍵を預かったひなたは、大きな活躍を見せた茶トラ猫の額を目いっぱい撫でる。
「すごいよ、テト! 本当にありがとう! 可愛い、賢い、天才!」
( =^Д^=)「えっ、えへへ、それほどでも……あるにゃあ」
( ^Д^)っ「ホンマ、ようやったでテト。ほな、びしょ濡れになったことやし……シャンプーしよか!」
Σ(;=°Д°=)「え……っ!?」
言うが早いか、珍種はどこからかドライシャンプーを取り出してテトを拭き始めた。ドライ手袋を十二本の脚すべてに装着した珍種の素早い手際にひなたが見惚れていると、一松とメイド姿の和尚さまが、揃って彼女たちへ向き直る。
「どうやら、必要な鍵は手に入ったようじゃな。ご主人サマ」
「その『ご主人サマ』呼びは鳥肌立つんでやめてくれませんかね……とにかく、扉が開くかどうか確かめてみましょう」
「はい」
一松の言葉に、ひなたは小さく頷く。そしてふと後方へ目を向けると、珍種がタオルでテトの身体のシャンプーを拭き取っている様子が見て取れた。白いタオルに顔以外の全身を包まれた猫の姿を可愛いと思いながらも、ひなたは気を取り直して門扉へと歩を進める。
扉の前に来ると、ひなたはその場でしゃがみ込み、鍵穴へ鍵を押し込む。すると、鍵は時計回りにあっさりと回った。
「やった、回った!」
ひなたが喜びの声を上げると、コラプサーが笑顔で空中を一回転する。珍種や和尚さまたちも、おお、と声を上げた。
ひなたはそのまま、左右の門扉を前へ押す。扉を少しずつ押していく度に、線香の匂いが混じった風が彼女の顔へ吹き付ける。そんな中で、ひなたは僅かに目を開き、扉の先へ視線を注ぐ。すると、学校の運動場ほどはあるだろう広大な大部屋の中心に、何か巨大なものが置かれている様子がぼんやりと見て取れた。
( °Д°)「は、はえ~……」
「こ、これは……」
扉の先にある光景を前に、珍種や和尚さまたちも息を呑む。扉を全開にしたところで、ひなたはあらためて大部屋の様子を眺める。そこには、四方の壁に置かれた無数の篝火で照らされた巨大な大仏が鎮座していた。
銅と金メッキで覆われた大仏の前には、複雑な装飾を施した香炉台があり、その上には酒樽ほどの大きさをした香炉が置かれていた。香炉の中は灰が山積していたが、灰の山を覆わんばかりに無数の線香が焚かれ、辺りに白い煙を漂わせていた。
「凄い……とても古い大仏のようですね。写真だけで、実物は見たことありませんが、奈良の東大寺の盧舎那仏像に似てるような……けど、それよりだいぶ古い気もする」
「これ、落ち着くんじゃ一松。しかし、このような場で立派な仏様にお目にかかれるとはのう、めでたいことじゃわい」
一松が大仏の様子を観察しながら、ぶつぶつと独り言を呟く。対する和尚さまは、大仏の前で静かに両手を合わせて祈っていた。
ひなたと珍種は、洞窟の中で鎮座する大仏を前にして、呆気に取られた様子だった。
「異世界に大仏があるなんて……まさか過ぎて、どう言ったらいいのか分かんない」
( ;°Д°)「わいも驚きを隠せへん……誰が造ったんやろか」
(っ;=>Д<=)っ「でも、凄いニオイだにゃあ……こんにゃところ、あんまり居たくないにゃあ……」
Σ(°Д°)「アカン……! テト、こっちやで!」
珍種は大急ぎで、テトを連れて大部屋から退出する。辺りに立ち込める線香の匂いを前に、ひなたもにわかに嫌な感覚を覚えた。臭いに敏感な猫であれば、尚更だろう。
そんな時、コラプサーがあっ、と声を上げ、ひなたの方へ顔を向けた。
「ひなた、あそこ! 大きな像の手が持っているのは、ヘリオスナイトの欠片だミィ!」
「えっ、ホント?」
「間違いないミィ。さっき鍵を取ってくる時は役に立てなかったから、今度はぼくが取ってくるミィ!」
「あっ、ちょっと……コラプサー、待って!」
言うが早いか、コラプサーは大仏の手元へ向かって飛び出していく。ひなたの制止を聞かず、彼は大仏の手のひらの上に着地すると、そこにあった小さな円錐状の欠片を二つ手に取った。山吹色に輝くヘリオスナイトの欠片を急いでポーチに仕舞うと、コラプサーは眼下にいるひなたへと呼びかける。
「ひなたやったミィ、今回も二個手に入ったミィ! これで残りはあと二個だミィよ!」
刹那、大部屋全体に低いうめき声のような音が響く。声にならない声のような音がしばらく響いたかと思うと、地面が小刻みに揺れ、天井から砂や石が落下し始めた。
「えっ、これ……地震!?」
ひなたが口にした瞬間、地響きのような音があちこちから聞こえてきた。比較的穏やかな地面の揺れに反して、地響きは部屋にいる全員が聞き取れるほどの大きさだった。
「まずい、このままだと洞窟が崩れます! みんな、洞窟を出ましょう!」
「はい! コラプサー、おいで!」
「ミィ~ッ! 何が起きてるのミィ!」
コラプサーが降りてきたことを確認すると、ひなたはコラプサーと共に門扉へ向かって駆け出した。扉の前では、珍種とテトが座り込んでおり、ただならぬ状況に困惑しているようだった。
( ;°Д°)「これは……何が起こっとるんや!?」
「わたしもよく分かんないけど……このままだと洞窟が崩れるの! 珍種とテトも、一緒に出口まで行こう!」
ひなたはそう言うと、珍種とテトを両手で同時に抱きかかえた。間もなく珍種は、テトの背中と後頭部の間に足を挟み込む形になる。
「テト、大丈夫そう?」
(;=°Д°=)「にゃあ……部屋を離れてからは落ち着いたけど、このまま抱っこしてもらえれば助かりますにゃあ……」
( ;°Д°)「ついでですまへんけど、わいも一緒に頼んます」
「大丈夫、まかせて!」
「二人ともちょっと羨ましいミィ……」
そして、ひなたとコラプサーたちは、出口へ向かって洞窟を駆け出した。
一方、一松もまた、和尚さまを背負いながら門扉まで走っていた。
「ほら、和尚さま! もう後ろを向かないで、頭をしっかり両手で押さえててください、ここからは走りますよ!」
「しかし、仏様を放っておくのものう……」
「ぼくも残念ですが、今はご自分の安全を優先してください! さっ、行きますよ和尚さま!」
「やだ、あんまり乱暴にしないでくださいませ、ご主人サマ☆」
「こんな時にふざけないでください……!」
こうして、一松と和尚さまも大仏の鎮座する大部屋を後にした。そして、全員で洞窟の中を全力で走った。その間にも、地響きの音はあちこちで響き、頻度も短くなる。
ひなたは出口へ向かって、全力で走った。彼女の脳裏では、学校での避難訓練の記憶を必死に掘り起こしてはいたが、今はそれよりも生存本能に従って、両足だけを動かし続けることで精一杯だった。
***
洞窟の大部屋を後にしてから数分後。ひなたたちは全員、洞窟の外へ出ることができた。
ひなたと一松が荒い息遣いで後方の洞窟の出入口を振り返った瞬間、洞窟の天井から大量の土砂と岩石が落ちてきて、出入口を完全に塞ぐ様子が見て取れた。その様子を目の当たりにした二人は、驚きと同時に深い安堵の溜息を吐く。
「あ、危なかったぁ~……あと少し、洞窟を出るのが遅かったら、どうなってたか」
「ひなたさん、今は、あまりそういうことは考えないようにしましょう。とりあえず、全員無事だったことを喜びましょう」
( ;>Д<)「せやけど、一時はどうなることかとヒヤヒヤしたで……ひなたはん、ホンマおおきに」
(;=>Д<=)「にゃあ……助かりましたにゃあ」
「どういたしまして……コラプサーも珍種もテトも、みんな無事で良かったよ」
「ヘリオスナイトの欠片も手に入ったし、ホントに良かったミィ」
ひなたは、その場でどっと腰を下ろす。彼女の腕の中に抱かれていた珍種とテトは、身をよじらせて地面へと降り、安堵の溜息を吐く。コラプサーもまた、ヘリオスナイトの欠片が入ったポーチを笑顔で握りながら、空中で満足げに小躍りしていた。
「わしからも礼を言うぞ、一松。今日ほど良い弟子を持って嬉しいと感じたことはないわい」
「和尚さま……!」
「しかし、年寄りとメイドはもっと大切に扱わねばな、一松。修業がまだ足りんようじゃ」
「はい、今ちょっと思わず感動したぼくが甘かったです。早いとこ寺に戻って厳しい修行をしなきゃですね、ぼくも和尚さまも」
一松は冷静にツッコミを浮かべながら、背負っていた和尚さまを地面へそっと降ろす。和尚さまがその場で立った際、着ていたメイド服のフリルが揺れた様子を見て、一松はあらためて何とも言えない表情を浮かべた。
ひなたが半ばひきつったような笑顔で二人を見ていると、コラプサーが彼女の服の袖を軽く引っ張った。それに気付いた彼女は、自分の顔を見上げる小動物へと視線を落とす。
「どうしたの、コラプサー?」
「ひなた、そろそろ。残り二つのヘリオスナイトの欠片を集めに行こうミィ」
「えっ、もう? せめてもう少し休憩してから……」
「でも、こうしている間にも悪いヤツがヘリオスナイトの欠片を探しているかもしれないし、時間も限られてるミィ。現にほら、空を見てほしいミィ」
「空……?」
コラプサーに促されるまま、ひなたは空を見上げる。見ると、さっきまで広がっていた青空は、半分近くが深い藍色に染まっていた。周囲の地平線を見れば、空はまだ淡い水色のままだったが、少しずつ広がる藍色にいつ染まるかも分からない状況に、ひなたは息を呑んだ。
先ほどまで昼だった空が、夕方の過程を飛ばして夜に変わろうとしている様子を前にしたひなたの顔を見て、コラプサーが言葉を紡ぐ。
「太陽が無くなった影響が、確実に強くなってきてるんだミィ。一分一秒でも早くヘリオスナイトの欠片を集めないと、空全体が真っ暗になってしまうミィ。そうなったら、この星にいる動物や植物は……」
途中まで言いかけたところで、コラプサーははっと我に返り、ばつが悪そうにひなたから顔を逸らした。そんなコラプサーの様子を見て、ひなたはゆっくりとその場で立ち上がる。
( =°Д°=)「えっ、えっ? どうしたんだにゃあ?」
「うん……ちょっと寂しいけど、もうお別れかな」
Σ(;=°Д°=)「えっ!?」
ひなたはそう言って、テトたちに微笑む。珍種たちは半ば驚きながらも、少し落ち着きを取り戻した後に、ひなたとコラプサーへ言葉をかける。
( °Д°)「さよか……短い間やったけど、世話になりましたわ。ホンマおおきに」
「ぼくからもありがとうございました。ひなたさん、コラプサーも、道中お気を付けて」
「珍種、一松さん……ありがとうございます」
ひなたが珍種と一松へ頭を下げる。それに続いて、コラプサーもぺこりと頭を下げた。
そんなひなたの足元で、テトが自分の耳と頬をすりすり擦りつけた。ひなたは、足元で柔らかい身体をくねくねさせる茶トラ猫の額をそっと撫でる。
( =>ω<=)「またどこかで会えたら、その時はおやつかおもちゃがあると嬉しいにゃあ」
「その時はわたしにもいっぱい抱っこさせてね、テト。可愛いんだからまったく」
( ;°Д°)「ちゃっかりした猫やでぇ……」
ひなたがテトの額を撫でる様子を、空中に浮かぶコラプサーはどこか不満げな表情で見下ろしていた。
そんなひなたたちの元へ、和尚さまが歩み寄る。皺だらけの彼の手は、何かを固く握りしめていた。
「ひなた、これを持っていくとよい。ささやかじゃが、わしからのお守りじゃ」
和尚さまはそう言うと、持っていたものをひなたへ手渡した。ひなたが手元を見ると、それは木製の数珠だった。手のひらに乗った小さな焦茶色の珠を通した輪を眺めていると、和尚さまがひなたへ向かって微笑んだ。
「これからひなたが進む道は、誰も決して進むことのできぬ、ひなただけの道じゃ。そこには、ひなたにしか為し得ないこともあれば、堪えがたい苦難もたくさんあるじゃろう。じゃが、そんな時こそ、常に自分を信じて進むのじゃ。なに安心せい、お釈迦様はいついかなる時も、見えぬだけで側についておるわい」
「和尚さま……ありがとうございます」
ひなたは、和尚さまの言葉を前にその場で深く頭を下げた。その様子を見て、一松は唖然とした面持ちを浮かべる。
「マジか、和尚さまが珍しくめっちゃ良いことを説いている……」
一松が驚きと尊敬の気持ちを交えて口走ったところで、一松は和尚さまを見た。和尚さまが着ているメイド服をしばし注視した後、一松はあらためて溜息交じりに口にする。
「けど、メイド服がいろんな意味でぶち壊しにしている気がする……!」
やがて、ひなたは頭を上げる。そして、側に浮かんでいたコラプサーの手を握った。
その瞬間、ひなたとコラプサーの周りで眩い虹色の光が広がる。光に包まれながら、ひなたは珍種たちへ手を振った。
「みんな、本当にありがとう! 元気でね!」
( °Д°)ノシ「ほなな~!」
( =°Д°=)ノシ「どうかご無事でにゃあ~!」
「ところで蝙蝠のウ○コには気を付けるんじゃぞ~!」
「それ今言います!?」
珍種たちが見守る中、ひなたとコラプサーを包んだ虹色の光は次第に細い線となり、そのまま掻き消える。彼らが見つめる視界の端に浮かぶ空の藍色は、徐々に黒色へ染まり始めていた。




