① 七隈家のその後−2
「父さん、もうしばらく、ここにいてもいいかな? 私、次の行き先が急に無くなっちゃったから、コールセンターの仕事をもうしばらく続けようと思う」
九月最初の週末、ななみは父・雅彦に尋ねた。父はしばらく黙り込んでから、少しだけ照れくさそうに言った。
「もちろんだ。変な遠慮なんかするなよ…。ここはななみの家なんだから、居たかったらずっとここに居たらいいさ。その方が父さんも寂しい思いをしなくて済む」
「ありがとう…」
そう言って、雅彦は慣れた手つきで料理を作る。ななみは子どもの時から父の作るごはんが大好きである。
雅彦はななみが三歳の時から、今は亡き妻・かえでが残したたった一つの忘れ形見を大切に育ててきた。突然の事故さえなければ、来年の夏には結婚するはずだった、ななみ。
そうすれば、ようやく肩の荷が降りるはずだったのに…。先のことがどうなるかなんて、全く分かりなんかしない。
「ところで父さん、あと二年したら定年だよね。定年後はどうするの?」
「さあ、どうしようかな…。まあ、高校教師もなかなか楽しいから、定年後は非常勤でぼちぼち働きながら、のんびりと短歌や俳句でも作ろうかな…」
「また、亡き妻に捧ぐ短歌集とか、俳句集とか、作るんでしょう? 母さん、あの世できっと苦笑いしているよ」
娘はニタッと笑いながら、料理作りの手伝いをしている。本当はななみに料理を作らせて、花嫁修業がてら料理の腕を上げておかないといけないだろう。しかし、雅彦は台所の主導権を娘に渡すつもりはない。妻が亡くなってから二七年、ずっと娘のために料理を作ってきた。
それが妻・かえでとの約束だった。全身性エリテマトーデスと言う難病に苦しみながら、当時三歳の娘を残して旅立って行った妻の無念を思うと、今でも胸が痛む。
最愛の人を失ってから、二七年経っても、未だに心の傷が言えない…。事故で突然、婚約者を失ったななみの苦痛は計り知れない。無理して、明るく振る舞っていなければいいが…。




