① 七隈家のその後−3
大切な人の突然の死は、これまでずっと続くと思っていた日常が、砂上の楼閣のようにもろくてはかないものであることを教えてくれる。ささやかな幸せはいくつもの偶然と、多くの人々の幸せを守ろうとする意思や行動などの絶妙なバランスの上に成立している。
「そう言えば、ななみ。今日の夕方に伸一さんが来るって、言っていたよな?」
「そうよ。義父さんから話したいことがあるって、連絡があったの」
「そうか。それなら、いつもよりもおいしいものを用意しておかないといけないな…」
「父さんの作るモノは、何でもおいしいから大丈夫よ」
「ななみは何を作っても、おいしいと言って食べてくれるから、こっちもつい張り切って作りたくなるんだよな…」
雅彦は某食品会社のCMに出て来る言葉『あなたは、あなたの食べたもので、できている』と言う言葉が好きである。
ななみがここまで立派に育ったのは、雅彦が毎日作ったものを食べたからだと、肯定されているような気分になる。
「あ、ななみ。ビールがないから、ビールを買って来てくれないか。あと、刺身とつまみもななみの好きなのでいいから、いくつか買って来てくれ」
「分かった。行ってきます」
ななみは父に言われた通り、買い物に出かける。雅彦は一人になった台所で、幸せって一体何だろうとぼんやり考えていた。
考えたところで、答えなんかでないことは分かっているのに、幸せについて考えてしまうのは、人類の悪い癖ではないか…。ましてや、どうすれば、ずっと幸せでいられるかを考えるなんて、狂気の沙汰としか思えない。
そんなこと、妻が違う世界へ行ってしまった時から、分かりきったことなのに…。それで幸せについて、考えることを二七年間止められなかったのだから、今さら止められるはずもない…と雅彦はふと遠くを眺めた。




