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黄昏せまれば  作者: 上葵
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桜は散る、夏の影 2

 さて、藤堂を追い払い妹に啖呵を切った手前、引き下がるわけにはいかない。久しぶりの本気だ。

 自分の部屋に戻る。

「よしっ」

 気合いいっばつ、アドレス帳から留萌部長を呼び出しコールする。

 たすけてぇ、ぶちょーう!

 他力本願を発動させたはいいが、耳元で、ひたすらコール音が鳴り響くだけで繋がらなかった。

 あれ、でねぇぞ。

 忙しいのだろうか。弱ったな。

 一旦耳元から離し、画面に目を落とす。反応がないので諦めて、停止する。アドレス帳の画面に戻り、僕はため息をついた。

 部長以外に頼りになりそうな人……。

 スクロールし、画面を確認する、

 自称エクソシストならいるけど……あんまりからみたくないし、吸血鬼もどきも引っ掻き回すだけで終わりそうだし、花屋の息子とかカノジョにこんなこと相談できるわけないし……こう考えると僕の周りで頼りになる人ってそんなにいないな。

 どうでもいいが、スマートフォンの画面にはひび割れが走っていた。


 とりあえず買い物に行こう。

 部長のお祓いを手伝った時、塩とお酒を用意していたことを思い出し、僕はコンビニに行くことにした。塩は台所にあるが、酒がないのだ。ビールなら大量にあるのに、お神酒になり得る酒がないのは、困り者である。

 神道や仏教のお祓いには、よくお酒や塩が使われる。アルコールや塩分による殺菌作用は関係なくはないだろう。きっと昔の人は菌による病気を憑かれたと表現していただけに違いない。

 妹の影がないのはさすがに想定外だが、あと数年もしないうちに、ある種の病気にカテゴライズされるかもしれない。

 そんなこと考えながら歩いていたらコンビニについていた。夏の夕方、ジメジメと立ち上る熱気から、しばしの間、解放される。


 冷房が聞いた店内に陽気なJ-POPが流れていた。いまの気分には不釣り合いなアップテンポな曲調だ。ふらふらと店内をさ迷いながら、酒を探す。さながら依存症患者のようだった。

 ワンカップでいいのかな?

 買い物かご片手に頭をひねる。

 こういうときはやっぱり日本酒かな?

 あ、この間部長が使ってたやつがあった、と喜びながらレジに持っていき、僕は一つの重大な事柄を失念したいたことに気がついた。

 レジに表示されるイエスとノーのタッチパネル。

 20歳以上ですか?

 ノー。


 悲しいことに無駄足である。

 黄昏せまる川沿いの土手を一人寂しくトボトボ歩く。血のように赤い夕焼けが、僕の影を長く伸ばす。

 夕方になり、冷たい川風が汗ばんだ頬を撫でた。

 せせらぎとヒグラシの声のデュエットを聞きながら穏やかな気持ちで歩を進める。落ち着くことも必要だ、我が妹よ。

 もうすぐ夏休みだし、楽しいことが目白押しだ。きっと二学期には元気になってくれるはず。

 上流に沈み行く夕日を眺めて、綺麗だな、と思った。


「へーた」

「ん?」

 名前が呼ばれた気がして振り向く。

 誰もいない。

 紫色の空が広がるだけである。

 幻聴にため息をつきながら、前を向く。

 これでホラー映画なら、誰かいるところなんだろうけど、あいにく現実は至って平和で何者かが僕に襲いかかることもなかった。

 さて、どうしようかな。

 なにも買わずにコンビニを出るのも気まずかったので、アイスを買ったのだ。チューブ型の容器に封入されたラクトアイスで中味を吸って味わう氷菓だ。

 幼い頃は歩きながら食べたもんだが、さすがにこの歳になると食べ歩きは恥ずかしい。それならなぜ買ったと問われそうだが、食べたかったのだから仕方ない。家まで我慢すればいいだけの話だろうが、いま猛烈に食べたいのだ。

 夕日を眺めてアイスを食べるのも悪くない。水面に反射する西日を楽しみながら、舌鼓を打つことにした。


 土手の石段に腰かけ、ビニール袋からアイスを取りだし、封を切る。先っぽをくわえて中味を吸い出すと、口内にコーヒー牛乳の味が広がった。

 金色の鱗のように川が輝いて見えた。雑多な町でいい所なんて、そんなにないけど、黄昏時だけは本当に綺麗だ。

 特に川がいい。おちつく。

 市民の生活に必要不可欠な一級河川だ。ありがたがらないほうが頭がおかしい。

 そんな川の中心に、女の子が立っていた。

「ん?」

 既視感。

 目を細めて、女の子に照準を合わせる。

「あっ」

 僕は思わず声をあげてしまった。

 女の子が手をあげた。

「……」

「久しぶりー!」

「あっ、えっと、えっ」

 間違いない。

 セオリだ。

 小学校高学年くらいの背丈で、妹よりも幾分も幼い。

 僕は立ち上がり、懐かしさに押し潰されそうになりながら、石段を一歩一歩下って行った。


「ヘータ、背ぇ伸びたねぇー」

 二年前にあったきりのセオリはあの頃と全く同じ背丈格好で僕に微笑んだ。

「やあ。セオリは全く変わらないね」

「変わらないよー。何年経とうとセオリはセオリだもん。ヘータもそうでしょ?」

「そうだね」

 川の流れは穏やかだ。

 足首まで川に浸かった少女はにこにこと微笑んでいる。

「ひとつ確認しておこうと思ってたんだ」

「なぁにー」

「セオリは……」

 あのとき溢れ出た疑問が脳内を埋め尽くすが、たくさんあり過ぎて言葉にすることが出来なかった。まあ。それもいいかと、代わりの質問を投げ掛けた。

「セオリは影あるの?」


「影?」

 きょとんと首をひねられる。

 いきなり突拍子もなかったか、と少し反省する。

 水面はキラキラと輝いていてセオリの影は確認できない。思えば意識して他人の影を見たことなんてなかった。

「ああ、いきなりごめん。実は妹がさ……」

「いもーと?、 ヘータには妹がいるの、へぇー」

「うん。妹の影がなくなったんだ」

「んー? そうなんだ、すごいねぇ」

「僕の言ってる意味、理解できてる?」

「出来てるよぉ、影が無いんでしょ大変だねぇ」

「どうすればいいか、セオリはわかる?」

「わかんない」

 いまならはっきり言える。相談する相手を間違えた。いや、そもそもこんな問題解決できるやつなんていないのだ。

「ごめん。なんでもないや」

「そうなの? セオリは嬉しいけど」

「嬉しい、なんで?」

「ヘータの妹の影が無いならセオリの友達になれるよ」

「……どういう意味?」

「友達になってくれるならセオリはとっても嬉しいなぁ」

 寒気が走った。

 警鐘が脳内に鳴り響く。

「セオリね、友達、みんな、いなくなったから、友達できるの嬉しいなぁ。影がないなら友達になれるよ」

「セオリ……僕は妹の影が無くなるのは、すごく……嫌だ」

 セオリは見るからにがっかりしたようにうつ向いた。

「友達増えるのは嬉しいけど、それでヘータが悲しむなら、セオリは我慢する。でも、影が無くなるのは、それはもっと深い陰に……」

 セオリの言葉がフッと途絶えた。川上に目をやる。日が完全に沈んでいた。紫の色が濃い。どうやら日暮れを迎えたらしい。

 目の前にはうす暗闇が広がるだけで誰もいなかった。セオリもいない。

 おうまが時、なんて柄にも無い言葉が思い浮かんで、背筋が凍った。

 ポケットで携帯が震えている。

 震える指で、携帯を操作する。

 部長からの折り返しの着信だった。



 部長にはセオリのことは言っていないし、伝える気もしなかった。ただ、現状の困りごとだけを端的に告げた。

 僕の話が終わると同時に電話の向こうの部長は告げた。

「はっきり言おう。私はキミの妹が嫌いだ」

 我が耳を疑った。部長はたしかに曖昧なことは避け、白黒はっきりつけるタイプだが、まさか会ったこともない相手について、そこまで言うとは思わなかった。

「な、なんで、ですか」

 当然の疑問だと思う。普通に考えてあり得ない。だって、そうだろう。

 部長と真奈は、面識がないのだから。

「理由が必要?」

 部長の言葉は冷たい。

 僕はなにも言えずに口ごもった。

 すっかり暗くなった川辺に、明かりは一切なく、心の奥底から不安が溢れ出る感じがした。

「理由は、必要です。妹がそこまで嫌われるなんて想像つきません」

「誰からも好かれるなんて不可能だと思うよ。底抜けに明るくて良い人も、ひねくれた人から見れば気に食わないだろう。私がそういう性格なだけだ」

 いままでの付き合いで部長の性格はある程度は把握していた。僕はなにも言えなくなった。

「それにしても、影がない、か。なるほど、はっきりいってしまえば因果応報というやつだと私は思う」

「なにを勝手なことを言って……っ」

 はじめて。

 部長と会ってから、はじめて。

 僕はこの女を殴りたいと思った。

「だが」

 部長は言葉を続けた。

「影がない、というのが本当なら、少しは救いの手がさしのべられる」

「どういう意味ですか?」

「そうピリピリするな。私はキミの妹は嫌いだが、キミは嫌いじゃないし、困っている人がいれば手をさしのべる、人間として当たり前の行動原則だろ?」


 部長の来訪の日時は翌日の放課後に決まった。



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