待ち合わせは街灯の下 ①
人生は、自分の半身を探す旅路なんだと思う。
* * *
アパートに帰り、母の浴衣を衣装ケースにしまい、翌日。
畳の部屋で寝転んで漫画を読んでいると、携帯電話の着信音が鳴った。
(神崎くんだ。また——)
考えながら携帯電話を開き、ふと思う。
(『また』……なんだっけ?)
ひとまず通話ボタンを押すと、底抜けに明るい暁斗の声がした。
「もしもし、百目鬼さん? 今夜さ、一緒に『もういいかい』の実験をしない?」
「実験?」
「『もういいよ』って答えると家の中だろうとなんだろうと出てくるってやつを試したいんだ」
「……それってロアのことだよね? 危ないよ、そんなことしたら」
「大丈夫だよ。『手が出てくる』ってだけのロアだから、本当に出てきても亜久良に斬って貰えばいい」
彼の言葉に違和感を覚えつつ会話を続け、
(アクラ……)
無視できなくなり、花帆は尋ねた。
「ねえ、『アクラ』ってなに? ロア?」
暁斗が「え……」と詰まった声を出し、黙り込む。
「もしもし、神崎くん。どうしたの?」
それからさらに沈黙が流れ、「う、ううん。なんでもない」と暁斗が何かを取り繕うような声で言った。
「ねえ、百目鬼さん。その……一昨日一緒に夏祭りに行ったのは覚えてる?」
「うん」
「……誰と行ったか、覚えてる?」
「? 私と神崎くん」
暁斗は「そっか」と応え、「そっか」と繰り返し、
「ごめん、変なことで電話しちゃった。今のは忘れて」
「うん。……神崎くん、いくらロアに興味があるからって、あんまり危ないことしない方がいいよ」
「わかったよ」
そうして通話を終え、花帆はまた漫画を読み始めた。
(『アクラ』……聞いたことないけど、でもなんか、知ってるような気も……)
花帆は疑問に思ったが、深く考えずに思考を終えた。
それから夏休みが終わり、新学期が始まり、秋。
昼休み、花帆が自席でコンビニの袋からおにぎりを取り出したところで、前の席の女子生徒が振り返った。
「ねえ、百目鬼さん。神崎とは別れたの?」
花帆はおにぎりを開けながらその言葉の意味を考える。
「……いや、別に付き合ってないけど」
「そうなの? 夏休み前までは毎日一緒にお昼食べてたじゃん」
「うん」
「わざわざ別室に行ってさ。なに話してたの?」
「普通に、ロアのこととか——」それ以外があるような気がして言って、それ以外はないことに気づき、「……ロアのこととか、ロアのこと」少しふざけた風を装って続ける。
女子生徒は「なにそれ」と言って笑い、前へ向き直った。
(なんだろう。特に変なことはない。……のに、なんか変な気がする……)
存在するはずのない違和感。それを考えたまま午後の授業を過ごし、気づけば夕方になっていた。
「百目鬼、まだいたのか」
窓の外を眺めていた花帆は、巡回の教師に声をかけられて初めて、窓の外が夕焼けに染まっていることに気がついた。慌てて鞄を持ち、立ち上がる。
「やばっ!」
教室を駆け出し、「気をつけて帰れよ」と背中にかかった教師の声に「さようなら!」と答えて階段を降りる。
勢いそのままに生徒用玄関へ向かい、下駄箱前のスノコに立ったところでふと思う。
(あれ? 別に急がなくてもいいじゃん)
考えながら無意識に足元の陰を見下ろし、
「いや、急がなきゃじゃん!」
自分にツッコミを入れてローファーに履き替え、帰路についた。
*
それから数日が経った、とある休日。花帆はアパートの部屋で衣替えの作業をしていた。
押し入れから衣装ケースを引っ張り出す。ふと傍らでコロッと何かが落ちる音がして、衣装ケースを置いてから振り返る。
「……猫耳?」
ふわふわの猫耳がついたカチューシャが二つ、落ちていた。
(二つってことは、お母さんがいた時に買ったもの……いや、こんなの全然覚えてない)
母が買ってそのままにしておいたのだろうか。いつも『お金がない』が口癖だったのに、こんな無駄遣いをしていたとは。
「……はあ。本当、嫌になる——」
捨てようと思って拾い上げたところで、片方のカチューシャに穴が開いていることに気がついた。両方の耳の底の部分。何かを刺したよう。
母が何かに使った跡だろうか。それとも不良品か。
(違う。使ったんだ)
確信的にそう思う。しかし、確信に至る論拠がない。論理のかけらさえないまま、まるで絶えず続ける呼吸のように、ただ当然に結論している。
遺伝子レベルとか本能とか、そういった類のものではない。言うなれば、日々の繰り返しで身についた習慣。
ふと、窓の外で防災無線が鳴った。
『九月二十三日、日曜日。本日の日没予定時刻は十七時三十七分です。外出中の方は、念のため最寄りの一時避難結界の場所をお確かめください』
どうしてそうしようと思ったのかわからない。ただ、何かに引き寄せられるように、花帆はカチューシャを置いて立ち上がった。ズボンのポケットに携帯電話と財布を入れて玄関を出る。
強いて言語化するなら、何かに会いたい気持ち。会えるような感覚。相手が何かはわからない。
「花帆、こんな時間にどこ行くの?」
外階段を降りたところで栞が声をかけてきた。どこか不安そうな、心配そうな顔。
「ちょっとコンビニに、夜ご飯買いに行く」
花帆の返事に、栞は何かを考えるような顔をして、それから「夜になる前に帰ってきてよ」と当たり前のことを言った。




