後の祭り ④
結局子供は見つけられず、実行委員のテントで尋ねるもそのような迷子はいなかったとのことで、きっとどこかで母親を見つけられたのだろうと花帆は結論した。
鳥居で暁斗と合流し、祭りの後片付けの様子を横目に挨拶を交わして帰路に着く。
「お前、そんなに祭りが好きだったのか」
祭りの余韻からか、無意識に足取りが軽くなっていた花帆に亜久良が片眉を上げた。
「えっ?」
「目に見えて浮かれてる。はしゃぎ過ぎて車道に飛び出したりするなよ」
「はあ? そんなことするわけないじゃん」
片側一車線の道の脇。「どうだか」と笑う亜久良は歩道の車道側を歩いている。花帆はこれを子供扱いと理解してムッとするも、自分が浮かれていることは否定できない。
「別に、お祭りが特別好きってわけじゃないよ」
太陽が背後から二人を照らす。夏の盛りへ向かう途上の陽光は、この時分になると少しだけ熱量を失う。これからの活躍の前に、ふと一息つくかのようだ。
花帆は透明な光を受けて色彩を濃くする景色を望み、今はもう遥か遠く感じる過去を振り返る。
「お父さんとお母さんと、三人で行くお祭りが好きだった。だからお母さんと二人になってからは行ってないし、友達に誘われることもあったけど、行くと悲しくなると思ったから行かなかったの」
二度と戻れない過去を思い、ないものを数え続ける日々。失ったものは手が届かないがゆえに輝きを増すばかりで、それが壊れることを恐れて目を逸らした。
「でもね、もう行っても大丈夫かなって思って。昔を思い出して悲しくなっても、寂しくなることはないって……来て正解だった」
ずっと止まっていた時間が、戦友を得て再び動き出した感覚。
「来年もまた一緒に行こうね」
花帆が笑うと、亜久良はむず痒そうに口をもごもごと動かした。それからプイッとそっぽを向き、「いいのか?」と意味ありげな声で言って横目にこちらを窺う。
「来年も一緒ってことは、お前はカキタさまを見つけられないまま一年を過ごすってことだ」
その言葉に花帆ははたと気づく。
亜久良が『百目鬼花帆』と一緒にいるのは、カキタさまの印に集まってくるロアを斬るため。カキタさまを倒して印が消えれば花帆は普通の女子高生に戻り、亜久良にとって一緒にいる利益はなくなる。
いずれ来る別れの時、自分は何を思うだろう。
「……考えてみれば、そうだね」
花帆は前へ向き直り、思考を振り払うために歩調を早めた。「花帆?」と亜久良の戸惑うような声。彼が隣に追いつく。
「すまない。余計なこと言った」
「いや、全然。あんたが謝ることはないよ」
「あー、その……だ、大丈夫だ。最近めっきり進捗がなかったが、きっとこれから有益な情報が手に——」
しどろもどろに話し出す彼は、カキタさま探しが難航していることを花帆が残念に思っていると捉えたらしい。それを彼らしい思考だと内心で頷く花帆は、つらつらと湧く思考を振り払えない。
路地に入ったところで足を止め、困ったように視線を左右に動かす亜久良を見上げる。
「亜久良は、早くカキタさまを斬りたいの?」
「は? そんなの当たり前——」亜久良がこちらを見下ろした瞬間言葉を切り、「……なあ、お前は嘘が嫌いなんだよな?」居心地が悪そうに視線を斜めへ落とす。
「えっ?」
「葵衣の件、俺が嘘ついたから怒っただろ」
「それは、まあ」
「その……まだ俺が嘘ついてることがあるって言ったら、怒るか?」
花帆は唐突な話に呆気に取られ、それから彼の言動にため息をついた。
「その質問さ、私が怒るって答えたら言わないってこと?」
「ああ」
「それ聞いてる時点で、あんたが嘘ついてることバレバレなんだけど」
「あっ……」
亜久良がギクッと顔を引き攣らせ、それから観念した様子で「本当はどうでもいいんだ」と話し出した。
「カキタさまも他のロアも、俺にとっては同じロアだ。優劣はない」
「確かに。あんたはただロアを斬りたいだけだもんね」
「それが嘘だ」
「……は?」
徐々に太陽が傾いていく。薄く色づいた陽光の中、亜久良がグッと顔に力を入れ、こちらを向く。
「暁斗が言った通り、例え全てのロアを斬ったところで俺に利益はない。ロアがいようがいまいが俺には何の影響もない。……そんなものを嫌ったりしないし、わざわざ斬る必要もない」
「えっ? じゃあなんであんた——」
花帆の問いに、「俺がっ」と亜久良の声が重なる。
「俺が、ロアを斬りたい異類なら、お前にとって都合がいいだろ? 集まってくるロアから身を守れるし、仇のロアを斬る手段になる」
ここでようやく花帆は合点がいった。彼が何を思っているのか。何を言おうとしているのか。
「だから、いっそカキタさまなんか見つからなければいいと思ってる。……すまない。お前に対する、クソみたいな裏切りだ」
「あ、亜久良、ちょっとストッ——」
「印がある限り、俺はお前にとって有用なものでいられる。だから印が消えなければいいと思ってたが、テケテケの件で自分の愚かしさに気づいた。印があるってことはお前が危険に晒されるってことで、俺が守ればいいと思ってたが、俺は——」
「ストップ! ストップストップ!」
花帆は叫びながら両手で亜久良の口を塞いだ。首を何かが迫り上がるような心地がして、顔が熱くなる。
亜久良が左右の手で花帆の手首を掴み、口から離して「なんだよ」と眉間に皺を寄せる。真っ直ぐこちらを見下ろす彼に、花帆は視線を彷徨わせ、
「な、なに、あんた。そ、そんなにあたしと一緒にいたいのっ!?」
最後の『の』がひっくり返って、さらに顔が熱くなる。亜久良が「悪いか?」とむくれたような声で言い、それから「悪いな」と声のトーンを落とす。
「人間は人間と一緒にいるべきで、俺は人間じゃないからな」
その言葉に、花帆は今朝の会話を思い出す。人間になりたいかという問いに「なれるわけないだろ」と答えた彼は、やはり人間になりたいのだろう。
なぜ、なりたいのか。今と異なる自分を求めるのか。
「……お祭りは終わったから、猫耳取ろっか」
花帆が両手を動かすと、手首を掴んでいた彼の手が離れた。花帆は自分の頭の猫耳カチューシャを取り、その流れで彼の頭へ手を伸ばす。
亜久良が背中を伸ばしてそれを避け、「夜はまだだ」と言って周囲を見回した。民家の塀に挟まれた路地には花帆と亜久良の二人だけ。
「大丈夫だよ。私も浴衣着てるから鬼のコスプレってことにすればいいし、そもそも、ロアが太陽の下を歩いてるなんてあり得ないから、誰もあんたが異類だなんて思ったりしない」
「それは可能性の話だろ。もしも疑われたらどうすんだ」
「私があんたのツノをもぎ取って、『ほら、付けツノでしょ?』って言うよ」
「……なんだよ、『付けツノ』って」
「つけまの仲間みたいな感じ」
「『つけま』って……つけまつ毛?」
花帆は「ほら」と言って手を伸ばす。亜久良が「そんな簡単に取れないだろ」と言いながら頭をこちらへ向けた。ツノをもぎ取ること自体には何も言わないのか、と花帆は内心でツッコミを入れつつ、
「取れるよ」
ツノを隠すカチューシャを取った。黒曜石のように艶やかな二本のツノが、赤い陽光を反射する。亜久良は頭を下げたまま「まあ、そうか」と独りごち、
「お前がそう信じるなら、取れるかもしれないな」
噛み締めるように言って顔を上げた。至近距離で見つめ合う状態になり、しばらく。
「て、てか、そもそもここから先、ほとんど人通らないしっ」
花帆が勢いよく横を向き、
「言われてみれば、そ、そうだな」
亜久良はサッと背筋を伸ばす。「お、俺が」と言って花帆が持つカチューシャに手を伸ばし、掴もうとしたところで互いの手が触れ、花帆が驚いてカチューシャを放り、亜久良が慌ててキャッチする。
「…………」
気まずい沈黙が流れた。亜久良がカチューシャを羽織の懐にしまったところで、耐えかねた花帆は平静を装うために「な、なに慌ててんの!?」と問いを発するも、当然のように語尾がひっくり返る。
「お、お前こそどうしたんだよ。そんな、年相応の小娘みたいな顔して」
「はあ? なに小娘って。バカにしてんの!?」
「十七歳は小娘だろ」
「何をっ、だったらあんたは『若造』じゃん!」
「見た目だけだ。実際俺は何百年も——」
「だったら老人らしくしなさいよ!」
「ろ、老人……」
花帆が捲し立て、亜久良がその圧に少し身を引く。二人はそのまま見つめ合い、
「ふふっ」
花帆は笑い、ホッと肩の力を抜いた亜久良の手を掴む。
「ねえ、亜久良」
彼と出会った日、自分は孤独のどん詰まりにいた。だからこそ彼に気を許してはならないと思った。彼の存在で胸の穴を埋めたところで、母を失った事実はそこに有り続けるから。
その考えは今も変わらない。しかし、彼に隣を歩いてほしい理由はわかった。今更。ようやく。
誰の代わりでもない。自分は彼を必要としていて、一緒にいたいと思っている。
「帰ろう」
言って、通りの先を望む。少しして、彼が手を握り返してきた。ホッとして歩き出そうとした、その時。
「うわああああ!」
子供の叫び声が聞こえてきたと思ったら、向こうを見覚えのある男の子が横切った。
「亜久良、あれ……」
花帆が隣を見上げ、亜久良が頷く。二人は夕日の中を駆け出した。




