わからないものは恐ろしいから ⑦
暁斗がクロイについて『彼女は戦闘能力がゼロ』と語ったのは、過去に彼女の敗北を目の当たりにしたことに起因する。
「小さい頃に仲良くしてた近所のおじいちゃんが神隠しに遭ってね」
幼い暁斗はクロイに救出を願った。彼女はそれを実行したが、相手のロアの返り討ちに遭い、老人は救出できず、傷ついた彼女だけが戻った。
「それからクロイは神域にこもって、回復してまた出てくるまで一週間かかった」
ロアは人間にとって対処しようのない、言うなれば災害のような存在。しかし彼らにもまた限界はあるのだと――彼らは夜を支配しているのではなく、夜に囚われているのだと、この時、暁斗は理解した。
* * *
昼前に暁斗が帰り、花帆は昼食にカップ麺を食べた。それからアパートの部屋でゴロゴロして過ごし、夕方になって、夜が来て。
バンッと窓ガラスを叩く音に振り向くと、外側に紫色の老婆の顔が張り付いている。
「おーい、おーい」
ギョロギョロと動いていた瞳がこちらを捉え、爪が剥がれた枯れ枝のような手が手招きをする。花帆はため息をついて立ち上がり、キッチンへ向かった。
ヤカンに水を入れて火にかける。シンクの横に放り出したコンビニの袋からカップ麺を取り出し、ビニールを取る。
ふと振り返ると、窓の向こうの影が増えている。数多の赤子を集めて臓物で固めたような塊と、無数の目をもつ半透明の黒いブヨブヨしたものと、顔の皮がベロっと剥がれた老人。
皆、ボソボソと何かを言いながらこちらを見ている。
(うざっ)
花帆は内心で毒付いて窓の方へ。勢いよくカーテンを閉めてキッチンへ戻る。
ヤカンがピーッと叫んで沸騰を告げた。コンロの火を消してカップ麺の蓋を開け、湯を注ぐ。
蓋の上に箸を置き、
「……亜久良」
足元の陰を見下ろして呼びかけるも、陰はぴくりとも動かず、返事もない。
(クロイは治ったし、亜久良も元に戻るって言ってた。……いつまでかかるんだろう)
シンクに寄りかかって三分待ち、蓋をゴミ箱に捨ててリビングへ。椅子に座り、『いただきます』なしに麺を啜る。
(なんか、あんま美味しくない)
花帆は元々カップ麺が好きだ。食べるのに手間がかからないし、塩味の効いた濃い味付けは好みのど真ん中。亜久良の目を盗んでこっそり食べるたびに幸福すら感じるほど。
しかし今は、まるで白湯でも啜っているような感覚だ。
(私も戦えたらよかったのに)
さっさと胃に流し込み、カップを捨てて食休みをする。
ふと思い立って筋トレをしてみたが、虚しくなってすぐにやめた。




