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わからないものは恐ろしいから ⑥

 テケテケが地べたを這い回り、大口を開けて飛び上がる。亜久良はそれを太刀で受け止め、横から近づく手を後ろに飛んで避ける。


 テケテケの指先を掠めた髪の先が、ボロッと崩れて地面に落ちた。


「オマエから『印』の匂いがする。おかしいな。オマエは異類。どこにいる? 秘密を見た奴、どこに隠した?」


 上下の歯をカチカチ鳴らし、手毬唄でも歌う調子でテケテケが問う。


「カキタさまってのは何者だ? どこにいる?」


 亜久良の問いに「しーらない」と答え、また飛ぶ。


「カキタさまはすごいんだ。みんなに色々教えてくれる。家からニンゲン出す方法。呼び寄せる方法、騙す方法」


 テケテケの歯と太刀の刃が当たって硬質な音が鳴る。


「いろんな『怖い』があるといい。どこもかしこも怖くなる。昼ももっと怖くなる。そしたら僕らは強くなる」


 軽薄な笑みを浮かべていたテケテケが、「だから」と続けて表情を消す。


「秘密は秘密。見ちゃダメだ。知らないものは怖い。知らない方が怖い」


 亜久良が舌打ちをして太刀を振る。テケテケが刃をひらりと躱し、「殺さなきゃ」とまた笑う。


 花帆はクロイの『隠し』の中から、その動きをじっと観察する。


(不規則に動いてる感じだけど、亜久良を攻撃する時は真っ直ぐ進む)


 それから脳内で自分の動きをシミュレートする。


 ここを出て、テケテケに向かって真っ直ぐ走る。手を上げておいて、テケテケが近くに来たら下ろして、頭を押さえる。


(『安らかに眠ってください』……あの手に触られたら腐るから、噛んだら終わりってこと)


 チャンスは一度きり。失敗は許されない。花帆は何度も脳内で動きをシミュレートし、実際に両手を上げて、振り下ろす。


「『安らかに眠ってください』」


 動体視力は上がっても、自分の動きが早くなるわけではない。もう少し早めに腕を下げた方がいいか。


「『安らかに眠ってください』」


 また両手を上げ、下ろし、再び上げる。「よし」と独りごちたところで、暁斗が「百目鬼さん、何してるの?」と首を傾げた。


「素振り」


 花帆は彼を振り返らず、亜久良とテケテケを見つめてタイミングを測る。体育の授業の始まりよろしく脚の柔軟をして、屈伸をして、


(……今!)


 飛び上がったテケテケを亜久良が太刀で受け止めた瞬間、走り出した。


「花帆!?」


 こちらを向いた黄金色の瞳を捉え、「満月みたいだな」などと考える余裕がある。自分は冷静。大丈夫。


「みーつけた!」


 ニヤリと笑うテケテケの胴の断面。グロテスクな赤黒い造形を見ても心拍数は平常。自分は恐れていない。


 恐怖はあの夜に置いてきた。今、自分は、ただ自分がやるべきことのために存在している。


 一瞬地面に落ちたテケテケが、両手で体を押し出して真っ直ぐこちらへ迫る。その向こうには亜久良の驚愕顔。花帆は両手を振り上げる。


 シミュレーション通りに下ろした手は運よくテケテケの頭に触れ、


「安らかに眠って——」視界の端に動く影。テケテケの右手。

「——ください!」鈍色の反射光が閃き、迫る手のひらが腕ごと落ちた。


 鋭い打撃音が夜を裂いたのは、亜久良が振り下ろした太刀がコンクリートを強く叩いたから。


 テケテケが「あれ?」と呟き、地面に落ちる。


「ええっと、僕……」


 それから自らの体を見下ろし、「ああ、ああ……」と呻き出す。


「なくなっちゃった……そうだ、僕、なくなっちゃった! 首じゃないよ、下半身だよ! ああっ、ない、ないっ! 僕の脚がぁ!」


 左手と、手首の先を失った右腕で頭を抱え、


「これじゃあ死んじゃうよ! ああっ、そうだよっ、僕は死んだんだった!」


 サラサラと砂のように崩れ始め、「僕は死んだ!」と繰り返して消えた。


 僅かな静寂。


「何やってんだ!」


 亜久良の怒号にギョッとした花帆は反射的に反論しようとするも、彼の左肩の空白を認めて閉口した。


「お前っ……斬るのは俺だって言っただろ!」


 太刀を放り出した亜久良に肩を掴まれる。


「丸腰で飛び出してきて……さっきのは暁斗の入れ知恵か? 通用しなかったらどうするつもりだったんだ!」

「だ、だって……」

「勘違いするのも大概にしろ! お前はただの人間だ。クソ迷惑な印をつけられただけの、ただの小娘だ! 他の人間と同じ。特別なことなんかできない!」

「でもっ」

「くそっ。お前はもっと賢いと思ってたのに、まさかこんな無謀なことをするとはな。今後は——」

「だってさぁ!」


 目頭の奥が熱くなり、鼻の奥がツンとする。花帆は泣くまいと唇を噛み、


「あ、あんたが死んじゃったら……私は、どうすればいいの?」


 堪え切れずに発した問いは、『ロアを倒す手段がなくなる』という意味。決してそれ以上の意味も動機もないと、内心で自分に言い聞かせる。


 これだけで、何もない。——あってはならない。


 驚愕した様子で固まった亜久良が、花帆の肩を掴んでいた手をのろのろと離す。向こうに転がる朱色の鞘を、傍らの太刀を、それから左腕があるはずの空白を見下ろし、俯く。


「……これ、治るの?」


 花帆の問いに、亜久良は居心地が悪そうに視線を横へ逸らした。何もないコンクリートの表面を見つめ、言葉を探すように口を動かし、


「時間が経てば、()()()()


 あえてその言い回しを選んだのは、自分と花帆が異なる存在であることを示すためか。


「俺は死なない。そもそも、異類は()()()()()からな」


 それから「だから二度とこんなことするな」と続ける彼に、花帆は少しだけ苛立ち、俯いた。



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