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わからないものは恐ろしいから ③

『首探し』の逸話は全国各地の踏切に存在する。ストーリーは地方によって差異があるが、概ねの流れは次の通り。


 線路に入った人間が電車に撥ねられ、首が飛び、死んでしまう。その人物は自分が死んだことに気づかず、幽霊になってもずっと失った首を探している。


 この基本形に『首を探す幽霊に出くわすと首を取られる』という設定が付加されたのが、現在語られるオーソドックスな『首探し』の情報だ。


 * * *


 四時限目の授業を終えて、昼休み。弁当箱を持って席を立った花帆は、ふと聞こえてきた会話に意識を向けた。


「南駅の近くの踏切で神隠しがあったんだって」

「それってもしかして、四辻のそばの?」

「そうそう。死体は首が取れてたらしいよ」

「やばっ、完全に『首探し』じゃん」


 神隠しが実在する世界において、しかしそれを単なる噂話のように消費する。夜に出歩かない彼らにとって、出会うことのない世界はお伽話と変わりない。


「てかさ、その人はなんで踏切に行ったんだろう。神隠しに遭ったってことは、夜でしょ?」

「さあね。被害者は中学生らしいから、親と喧嘩して家を飛び出したのか、もしかしたら——」


 花帆はうんざりして教室を出た。旧校舎端の使われていない特別活動室へ。


「百目鬼さん。今夜さ、南駅近くの踏切に行かない?」


 キラキラと瞳を輝かせる暁斗にため息をつき、弁当のギチギチに詰まった白飯に箸を差し込んだ。


「……完全に予想はつくけど、一応聞く。なんで?」

「もちろん、首隠しを見に行くんだよ」


 好奇心に満ち溢れた暁斗の言葉に、花帆の隣に座る亜久良が間髪入れずに「却下だ」と言い放つ。


「なんでお前の変態活動に花帆が付き合わなきゃならないんだ」

「だってさ、ほら、首隠しに会うと首を取られるって言うから。危険でしょう?」

「その危険に花帆を巻き込むな」

「危険なロアを退治する方法があるのに、放っておくのも良くないよ」

「良くなくない。俺たちは慈善活動家じゃないからな」


 亜久良が「ふんっ」と鼻を鳴らして腕組みをする。暁斗は「うーん」と唸りながら顎に手を当て、


「……ああ、そっか。亜久良はアマガザキ駅を退治できなかったからね」


 演技ったらしく何度も頷き、「確かに、行くのは危険かもしれない」と続ける。


 花帆は内心でため息をついた。視界の端でプルプル震える亜久良の肩と、こんなにも早く彼の扱い方を学習した暁斗の洞察眼に。


「退治できなかったんじゃない! 退治する前にあいつが勝手に消えただけだ!」


 亜久良が勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。花帆はミートボールを口に入れた。暁斗が「えっ?」と片眉を上げて見せ、


「君が何度斬っても倒せなくて、百目鬼さんが撃退してたでしょ」

「違う! あれは偶然、花帆の言葉が奴の退散条件に合っただけだ!」

「でも、結果的に君はアマガザキ駅を倒してないじゃないか」

「戦い続けてれば勝てた!」

「そうなの? 何度も復活してきてたのに」

「あの空間を全て叩っ斬れば済んだ!」


 亜久良が「俺に斬れないものはない!」と続ける。花帆は内心で「あーあ」と独りごち、暁斗が「へえ」と笑みを浮かべる。


「じゃあ、首探し退治で証明してよ」


 亜久良がグッと閉口し、暁斗が「決まりだね」と言ってサンドイッチを齧る。暁斗の策略に亜久良がまんまとハマった形だ。


 花帆はハンバーグを咀嚼しながら考える。


 ロアが自分に寄ってくるのは、母を殺したロアが手首に印をつけたから。それはロアを誘き寄せるというより、あのロアの息が掛かったものにとっての目印に近い。


 時折、ロアたちの声に言葉を聞く。「ミツケタ」「コイツダ」と。


(あのロアが神隠しの目撃者である私を消すために、あいつらに声をかけてけしかけてるなら、他のロアに顔が利くってこと……)


 亜久良が倒れた椅子を直し、不機嫌を露わにどかっと腰を下ろす。花帆が「ねえ、神崎くん」と口を開くと、黄金色の瞳が訝しげな視線を向けた。


「その首探しってさ、しゃべれるって情報あったりする?」

「しゃべれるって、人間と?」

「うん。出くわした時になんか言ってくるとか、そういう話」

「僕が調べた範囲だと、話しかけてくるパターンが大半だね。『首を探してるんです』とか言ってきて、事情を聞くと事故のことを説明するとか」

「なるほど」


 花帆は考えながらウインナーを口に放り込んだ。ただ焼いただけのものではない。綺麗な八本足のタコさんウインナー。


「おい、花帆」とこちらを覗き込んでくる亜久良は何かに気づいた様子。


「アマガザキ駅の後で、聞いておけばよかったなって思ってたんだよね」

「じゃあ俺が聞いとくから、お前はアパートで待ってろ」

「嫌」

「なんで」


 花帆は亜久良の方を向き、「私の問題だから」と答える。それから彼の瞳をじっと見つめる。


 毎夜、あれだけの数のロアが集まってくるのだから、母を殺したロアが声をかけている相手は相当な数に及ぶはず。ともすれば、声をかけられても自分の場所に留まっているロアもいるかもしれない。


 母数が多いがゆえの多様性。そこに何らかのヒントが得られることを期待したい。


「……ロアを斬るのは俺の役目だ」

「わかってる。でも、あのロアを見つけたいのは私だよ」

「お前はロアを倒せないだろ」

「それはわかんないよ。アマガザキ駅の例もあるし」


 亜久良が「お前もそれを言うのか」とため息混じりに言い、背もたれに身を預ける。天井を仰ぎ、


「斬るのは俺だ」


 言い含めるように、確認するように言う。暁斗がキョトンとした顔で「なんの話?」と尋ねてきて、花帆は「こっちの話」と答えて白飯を頬張った。



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