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そのように生まれさせられた ③

 放課後。暁斗と共にバスに乗った花帆は、彼の自宅の最寄りバス停で下車すると小さくため息をついた。


『作戦会議をしたいから』


 そう言う彼に自宅へ誘われたのは帰りのホームルームの後。日没までの時間と彼の申し出を合わせて考えるに、『一緒に行きたい場所』は複雑な作戦を必要とする面倒くさい場所らしい。


 バス停から歩き始めてしばらく。人気のない路地に入ったところで、足元から伸び出した手が足首を掴んだ。


「なんでのこのこついて行くんだ!」


 声量は控えめながら語気の強い亜久良の声。振り返った暁斗が「なんか、パッと見ホラーだね」と呟き、花帆は「私としては割と日常」と答えて陰を見下ろした。


「なんでって、用事があったら相手の家に行くのは当たり前じゃん」

「話があるならその辺の店ですればいいだろ」

「どこももうすぐ閉店だよ。みんな夜までに帰らなきゃいけないんだから」

「だからって暁斗の家に行くのはおかしい!」

「なんでよ。じゃあうちに行く?」

「それはもっとダメだ!」


 花帆は構わず歩き出す。亜久良の手は彼女の足首を掴んだまま。


「おい、花帆、わかってないのか? これで夜になったら暁斗の家に泊まることになるんだぞ」

「知ってるよそれくらい。普通でしょ」

「年頃の娘が男の家に泊まるとか、ダメに決まってんだろ!」

「いや、年頃って……」


 暁斗が「両親がいるから大丈夫だよ」と話に入ると、亜久良が「そんなもん関係あるか!」と声を荒げた。


「気持ちの問題だ!」

「亜久良、声大きいよ。静かにして」

「くっ……花帆、とりあえず一旦止まれ」

「別にいいじゃん。泊まるのがダメなら、夜だろうと何だろうと帰ればいい」


 花帆は足元を見下ろし、「普通は帰れないけど、私にはあんたがいるし」と続ける。少しの沈黙の後、足首を掴んでいた手が離れて陰の中に消えた。


 *


 暁斗の家は似たような住宅が建ち並ぶ新興住宅地の一角で、白い二階建ての家の前には綺麗に手入れされた芝生が青々と茂っていた。


「ただいまー」


 暁斗が玄関に入って言うと、向こうの部屋から顔を出した母親が「おかえり……あら、お友達?」と首を傾げた。


「うん。同じクラスの百目鬼さん。ロアマニア仲間だよ」


 何とも言い難い紹介を受けた花帆は、とりあえず「お邪魔します」と言って会釈をした。母親は「いらっしゃい」と言ってこちらに近づいてくる。


「部屋でマニア会議するの?」

「うん」

「じゃあ、後でお菓子持ってくわね。夕飯は?」

「一緒に食べる」


 靴を脱いだ暁斗が「百目鬼さん、苦手な食べ物とかある?」とこちらを振り返った。花帆はスリッパを出してくれた母親に小さく礼を言い、「特にない」と答える。母親が「あらぁ」と微笑み、


「偉いわねぇ。うちの暁斗なんか小さい頃から好き嫌いばっかりして、献立を考えるのが大変なのよ」

「ちょっ、母さん、そういうこと言わないで!」

「ふふっ。今夜はハヤシライスよー」


 母親は軽い足取りで奥の部屋へ。少しの沈黙が流れ、暁斗が「なんか、ごめん」と照れくさそうに後ろ頭を掻いた。


「ううん。素敵なお母さんだね」


 花帆は言って、暁斗と共に廊下を進む。階段を上りながら幼い頃のことをふと思い出す。


 自分にも、こういう家で暮らしていた時があった。父と母と三人で。あの頃は両親の仲がよく、父の仕事が休みの日は頻繁に家族で出かけたものだ。


 両親は田舎の景色が好きで、街のテーマパークより地方の自然公園を好んだ。父の車の運転は少し荒く、幼い花帆は山道のカーブで時々車酔いをした。


『花帆、ごめんな。父さん、運転下手くそで』


 そう言って背中を撫でてくれた父は、母と離婚してから数年後にロアの神隠しに遭って死んだらしい。母の死も同じ。もしかしたら、自分もそういう運命で——


(いや、違うか。ロアを利用した自殺はこの国の死因第五位。お母さんが神隠しに遭ったのは私のせい。……運命なんて不確かなものを仮定しなくても説明がつく)


 暁斗の部屋は白を基調としたシンプルな家具でまとめられていて、男子高校生らしい散らかりは一切なかった。


 埃一つないローテーブルの横に座ったところでドアがノックされ、暁斗の母親が入ってきた。飲み物のペットボトルとグラス、お菓子の袋が二つ乗ったトレーを置いて「足りなくなったら言ってね」と言って去っていく。


 ドアが閉まり、足音が去ったところで花帆の陰から亜久良が出てきた。


「…………」


 ジトッとした視線を暁斗へ向け、それから室内を見渡す。壁の本棚を隅から隅まで確認し、ベッドの下を覗き込み、机の隙間に目を凝らす。


「亜久良、何してんの?」


 一通り(何らかの)確認を済ませた亜久良は、「別に」と言って花帆の隣に腰を下ろした。向かいに座る暁斗を見据え、


「お前、実は女だったりするのか?」


 花帆はその質問の意味がわからず疑問符を浮かべるも、暁斗は何かを汲み取ったらしく、


「まあ、僕はロアの研究一筋って感じだから」


 わかりきったことを言うと、「さあ、本題に入ろう」と言って使い込まれたノートを開いた。


 *


 暁斗とクロイの出会いは六年前に遡る。当時小学生だった暁斗は、学校の図書館で『クロカミサマ』の逸話を知り、好奇心旺盛かつ怖いもの知らずの彼は、その召喚儀式を実践することにした。


 夜、自分の髪を一本用意し、それに向かって復讐したい相手の名前と自分がされた仕打ちを唱える。最後に「クロカミサマ、どうか私の無念をお晴らしください」と言って、その髪の毛を飛ばす。


(復讐したい相手も、『仕打ち』を受けたこともないなぁ)


 クロカミサマに縋るような無念などないが、儀式自体はやってみたい。自室からベランダに出た暁斗はふと思いつき、


「同じクラスの山田さんがみんなに無視されてるのが僕は嫌で、見てるとすっごく悲しくなります。悲しいのは、仕打ちってことです。クロカミサマ、()()()()を晴らしてください」


 そう言って髪を飛ばした彼は、『人の無念を惨たらしい形で晴らすロア』と出会った。


「小僧。こんなとこにおっては、夜闇に引き摺り込まれてしまうぞ」


 クロイがそう言って幼い暁斗の頭を撫でた次の日、『山田さん』はみんなと一緒にドッジボールをしていた。楽しげに笑うクラスメイトは誰一人欠けておらず、ただ仲良くなっているだけだった。


「それで僕は、重要なのはロアとの関わり方だと思ったんだよ」


 クロイとの出会いを語った暁斗は、次にロアの実態究明の必要性を説いた。


 わからないから怖い。その恐怖はさらに恐ろしいロアを生む。今いるロアを理解して同じ世界で共存する方法が見つかれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はいなくなる。


「それでクロイと一緒にロア研究を始めたんだけど、彼女は戦闘能力がゼロだから、ロアがいるのを遠くから隠れて見るしかできなくてさ」


 つまり、彼が『ピンと来た』のは——


「前からずっと、『アマガザキ駅』に行ってみたいと思っててさ」


 意気揚々とノートを指す暁斗を前に、花帆は長く深いため息をついた。



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