第21話 スイス・アルパイン・マラソン 現地入り
翌朝朝食時、フロントで地元の新聞に Swiss Alpine Marathon の特集が掲載されているのを見つけた。出場者名がアルファベット順だったので、難なく自分の名前を見つける事ができた。ゼッケン№は601か、良い番号だ。出場する78km のの部には900名余りがエントリーしている。女子高生にも見せておいた。彼女は ”アメミヤ ナオコ” さんと言うようだ。
アメミヤ嬢に見送ってもらい、マイエンフェルトに別れを告げる。本番1週間前に「ハイジ」の故郷の美しい山村で、落ち着いて調整ができたのは良かった。
(帰国後、作者のヨハンナ・シュピリが「アルプスの少女ハイジ」を執筆した場所はマイエンフェルトではないとの記事を目にしていました。マイエンフェルト、またはその隣村イェニンスである事を期待していたので、少し気落ちしていました。
今回の拙作の執筆にあたり、AIさんに協力して頂き確認しました。イェニンスに滞在していた時の生活をモデルにして、チューリッヒで執筆した事が分かりました。自身も病んでいた時期があり、ハイジのフランクフルトでの生活は自身のチューリッヒでの生活を参考にしたようです)
いよいよと言う緊張感の中、列車はあっと言う間にダヴォスに到着した。ダヴォスには駅が2つある。ダヴォス・ドルフ駅とダヴォス・プラッツ駅。少し迷ったが、初めに到着するダヴォス・ドルフ駅で下車した。観光案内所でスタート地点へはダヴォス・プラッツ駅が近い事が分かった。
又、マラソン前日宿泊する事になってるホテルは日本で、一泊245フランと聞いていたがこれは冬季の料金であり、今は155フランのようだ。ツアー代金は Jung Frau Marathon ツアーに追加料金が加算されているが、詳細は分からない。現地手配先の KUONI 社は2泊を提案してきたようだが、無駄に高いので1泊にした。その場合、レース申し込み手数料を高くするようだと、M.O.ツーリストの担当者が話していたが、このホテルの計算も冬料金で計算してるのではないだろうか? 場所もマラソンスタート地点から2km も離れている。疑いたくはないが、疑ってしまう。
決定している事は無視して、レース前日以外の宿を確保しなければならない。窓口の女性が好感の持てる人で、スタート地点まで徒歩10分程の良心的なホテルが取れて一安心である。ハーフペンション(2食付き)で110フランとは有り難い。8000円ぐらいである。7/23~7/26、 7/28~7/29の6泊を予約できた。7/27には荷物を預かって貰う事も了承してもらった。
ランニングシューズがくたびれてきてるので買い替えた。ついでに帽子も。
ここでも、バイクの人をよく見かけるが、ランナーはあまり見かけない。
翌朝。
今回の旅で初めてコインランドリーを利用した。説明がドイツ語のみなのでもう一つ分かりにくい。しかし不思議な事に、分からないまま無事に終了した。
レース前にサッパリしておこうと床屋に行ってみた。バーバー椅子などは無くただの腰掛で、先に洗髪してからカットし髭剃りは無し。これで50フランとは⁉ 20フランぐらいが妥当であろう。
夕方、軽くジョグしてみる。脚の疲れも身体の疲れも残ったままで、調子はあまり良くない。
昨日マイエンフェルトで見つけたのと同じ地方新聞が、このホテルのフロントにも置いてあったので、一つ頂いた。良く見てみると、78kmの部に東京・青梅から日本人が一人エントリーしている。55歳の男性である。どんな人だろう。楽しみが増えた。
翌日。
朝、3km 走ってから、宿泊者用の無料バスを利用し、ケーブルカーで高山植物園へ行ってみる。通常だと楽に歩けるコースであるが、レースが迫っているので脚を休ませる。注目のエーデルワイスは3カ所に咲いていた。実物を観るのは初めてである。思っていたより小さい。写真を撮っておいた。
帰りに観光案内所に寄り、マラソン用として KUONI社より受け取ったティケットの使い方について訊いてみた。レース後も有効で国内で1回のみ使えるようだ。
夕食時、いつものように隣席のご高齢の紳士に話しかけられていて、レース出場の事を話してしまった。ご老体はフロントにあるマラソン特集の新聞を持ってきて私の名前を探すと言う。おまけに、近くの席の中年夫婦にまで話されて参った。
"You win.”
と言うので、思い切り否定しておいた。
まあ、ジョークで言ったのであろうが、それでもプレッシャーにはなる。話すんじゃなかった。




