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第六話

 それは何度目かの、少年との面談日だった。

 その子は、お母さんの治療費を稼げるぞと誘われて、闇バイトに手を出した子だった。

 本人は、闇バイトだなんて勿論知らない。割りのいいバイトがあると中学時代の先輩に誘われただけだ。

その少年を誘った先輩は、仲間を連れてこいと脅されて、その少年を勧誘した。先輩や少年に直接指示を出した奴は捕まったけど、その筋書きを書いた本丸の大人たちは捕まっていない。証拠に残らない通信機を使って甘い汁だけ吸い、少年たちを捨て駒にする奴らはたくさんいて、奴らはのうのうと生きて、また次の駒を探すんだ。誰かの弱みに漬け込んで。


「遠いところ、よくお越しくださいまして」

 里親さんは面談に出向いたオレを快く出迎えてくれた。

 出迎えてくれたお父さんに案内され、リビングに向かう。よく笑う人なのか、目尻に深く柔らかいしわが刻まれている。

 綺麗に片付けられた日当たりのいいリビングに、ゆうきくんはいた。

「ゆうきくん、元気にしてた?」

 オレの問いに、ゆうきくんは少し照れくさそうに頷く。

 初めて会ったときとはまるで違う、年相応な表情に安心した。

面談の当日。警察署で聞かされたであろう、犯罪に加担していた事実と、治療費が手に入るなんて嘘だったという事実を知り、絶望していた顔を今も忘れられない。

ゆうきくんも、ゆうきくんのお母さんも、社会への甘え方を知らなかった。今はお母さんのほうはちゃんと治療を受けられているらしい。子どもを育てられるほどには回復していないので、ゆうきくんは里親制度を使って暮らしている。

「良かった。元気な顔が見れたなら」

 そう言って笑いかけると、ゆうきくんは視線をおどおどと部屋のあちこちに飛ばす。

「最近は、どうしてるの」

「高校行ってる」

「すご」

 オレは目を丸くした。

「通信だけど」

「いやいや、十分すごくない?」

 ゆうきくんは十七歳で、中学を卒業してから事件が起きるまでは左官の仕事に就いていた。

 事件が起きたとき、どうか彼の罪を軽くしてやってくれと、嘆願書を送ってきた親方さんを思い出す。力強い筆跡の、あたたかい手紙だった。

「友達、できた?」

「二人」

 そうゆうきくんは答えた。

「通信だけど、学校にも行く」

 オレは通信制の仕組みをよく知らないけれど、オンライン授業ばかりではないらしい。

「いいじゃん」

「一人はまとも。一人は悪いやつ」

「悪いやつなの?」

 目を瞬いて問い返すと、ゆうきくんは何か眩しいものを見るように笑った。

「タバコ、吸ってる」

「そっかあ」

 大麻や覚醒剤じゃなくて良かったと思いながら、ゆうきくんの話を聞く。

「あと、ギターはじめた」

「ギター?」

 言われてみれば、リビングの片隅にアコースティックギターが立てかけられていた。

 ゆうきくんのために買ったのか、里親のご両親の趣味なのか。

「弾ける?」

 そう問われて、オレは首を振る。全く分からない。高校の頃、音楽の授業でドレミファソラシドを習ったぐらいだ。

「オレはからきし。あ、最近できた友達は、なんかピアノ弾けるみたい」

「友達?」

 ゆうきくんは、小首をかしげた。

「大人になっても、友達できる?」

「うん、たまにね!」

 そう返す。

 友達と口にしながら、菅原さんのことを思い出した。友達というか、ただの同居人だけど、そこはまあいい。

 菅原さんならな。ゆうきくんの話題を、もっと広げられたんだろうか。

 ゆうきくんと里親のお二人にご挨拶して、お暇した。

 ゆうきくんとの面談報告書にはたくさんいいことが書けそうで、職場に戻る足取りはとても軽かった。

 少年たちが捕まるのは、ただ罰せられるためだけじゃない。少年たちが刑法犯として捕まったときも、罪名に「保護」がつく。窃盗事件なら、窃盗保護事件、みたいにね。

 あまりにも凶悪なら別だけど、原則は少年たちが再度犯罪に走らなくても今後生きていける環境を整えていくのが、大人の仕事になる。

 実際には、弁護士さんや、児童相談所や、その環境を守ってくれる保護司さん以外に、色んな大人が少年たちを守ろうと尽力してる。

 そして、そんな風に多くの人が尽力しても、どうにもならないことも多い。

甘い言葉は、幼い耳には優しくて、居場所をみつけた気になる。悪い大人や仲間に唆され、また犯罪を繰り返す少年たちもいる。あまりに孤独で、その孤独から解放されたくて薬物に走る少年もいる。

 居場所のない孤独は、人の心と体を少しずつ蝕んでいくんだろう。


 家に帰って、動画配信サイトでギターの練習動画を検索する。再生回数の多いものを選んで、流し始めた。

「何、ハルくん機嫌いいね」

 ソファの隣に、コーヒーを淹れていた菅原さんも腰かけてくる。

 目の前にコーヒーカップが差し出され、受け取った。

 鼻腔を柔らかな香りがくすぐる。分からないけど、多分、いい豆。

「そう?」

 香りをそっと吸い込んで、口をつける。美味い。

「ギター? 始めるの?」

「オレじゃなくて、仕事の子が。また会うときに、話わかりたくて」

 へぇ。と菅原さんは片眉をあげた。

「今日はいい仕事だったの?」

「うん。たまに。たまにあるんだよ。ほんと、たまに、救われる日が」

 そう答えた。

 オレはしがないサラリーマンで、力もない。どうにか出来る範囲で仕事をして、あとはどうか幸せでいてと、願うことしかできない。

「努力ってさ、報われないじゃん? めったにさ」

 そう言うと、菅原さんは柔らかく微笑んだ。

「そうだよね、知ってる」

「でもさ、努力の尊さも、忘れたくはないなって」

「そうね、大事」

 菅原さんはそう返した。

「コーヒーじゃなく、アルコールにすれば良かったかな」

 菅原さんが自分の手元を眺めながら、口にした。

「? 飲みたい気分なの?」

 いや。と菅原さんはオレに笑いかける。

「ハルくんが、嬉しそうでお祝い」

 どゆことと返した。

「よく分かんないけど、菅原さん飲めるなら、今度ビアホール行こうよ」

 菅原さんが目を瞬たく。

「オレの今度の休み。菅原さんが、暇なら」

 口元に手をやり、菅原さんは苦笑した。

「暇……しかないから、いつでも。楽しみだな」

 うちから徒歩十分のところに、昔よく通ってた綺麗なビアホールがある。酔っ払っても、歩いて帰れる。帰り道には、桜並木がある。

 春になれば、桜が満開で、並木道は桜の花びらで溢れる。

 なんだか浮かれた気分だった。

 春まで、菅原さんがオレの家にいるかは分からないけど。

 もしいたら、あの桜並木を見せよう。


 

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