ラブレターの読み返し方、または自画自賛のライン
僕らはプロじゃありません。
だから、期限に迫られ戦略を練るプロとは、書き方が違ってくると思います。
情熱がガソリンです。
責任感や危機感じゃありません。
だから、ラブレターに似ています。
いや、危機感は、ラブレターにもありますかね。
「動かなきゃ!」っていうのが。
想いに推されて、その流れのままに書きますから、“ニセモノ”ではありません。
それでも、多くのラブレターは落ち着いてから読み返すと、「いや、こーゆー言葉じゃないねん」と書き直したくなったり、存在を消し去りたくなるものだったりします。
たぶん、作品も、そう。
で、“連載小説”に限定されますが、読み返す時の物差しを考えました。
過去作を読み返す時、連載小説の場合、ボクは、いちばんお気に入りの場面、思い入れのある場面ばかり読み返してしまいます。
でも、それを、ちゃんと始めから読み返す。
(え?当たり前ですか?)
忘れていた自分の文章に、「お?オレ、こんな文章を書いたんや?」「こんな表現したんや?」と驚きながら、お気に入りの場面まで、そしてラストまで読めたら、セーフ。
それも、できれば一気に。
少なくとも、現在のあなたの最良作品です。
読者の評価に関わらず。
でも、お気に入りの場面を読みたくなってガマンできない、他の作品(自他の作品を問わず)に浮気をしてしまうなら、考え直すべきです。
作品の長さを理由にしてはいけません。
作品の長さを理由にするなら、その作品は、そのサイズに合わない内容だと考えるべきです。
物語か表現や文章が。
たぶん、それが、正しい物差しだと思います。
少なくとも、今の自分に書ける最善のものではない。
もっと良いものが、良い形で書けます。
感性が、そう訴えてるんです。
内なる声に、耳を塞いじゃいけない。
塞いだら、感性は麻痺してしまうんです。
きっと。
そして、消えていくんです。




