いろんな(メディア的な)ジャンルに想いを馳せて 『仮面ライダー電王』の魔女ッ子要素とか詰め込み感
さて、『帰ってきたウルトラマン』の項で語りましたボクの持論、
『ヒーローシリーズは、最弱が傑作』。
1番の根拠は、平成仮面ライダーシリーズ、『仮面ライダー電王』。
この作品、冷静に視るほど、いろいろ考えさせられるんですね。
まず、語るべきは主人公の個性。
野上良太郎クン。
ギネス級と評される不運体質。
ある意味、そんな毎日に慣れっこです。
で、ここで、「これが主人公の個性なんだ」と考えるのを止めちゃいけません。
ボクの個人的な意見としては、これが彼の個性なのではなく、これは彼の魅力に、リアリティ、説得力を持たせるための背景ではないか?と考えています。
彼の魅力、それは、
「必要ならば傷つくことや苦労することを迷わない」こと。
そして、それはいつも、誰かの悲しみや痛みを想ってのものであること、なんですね。
弱いクセに迷わない男の子。
ヒーローの王道ですよね?
で、作品を視てた頃にボクが感じた第一印象。
『仮面ライダーシリーズに魔女ッ子アニメの様式を持ち込んだ作品』でした。
様式って言葉が妥当なのか自信はありませんし、魔女ッ子アニメもボクは詳しく知らなくて、なんとなくのイメージなんですが……。
これ、うろ覚えで申し訳ないですが、大まかな設定をご説明します。
そうでないと感じた理由が伝わらないと思うので……。
間違いがあったらごめんなさい。
敵はイマジンと呼ばれるエネルギー体です。
時の狭間をさまよってます。
彼らは頭の中に響く声の指令によって、悩みを持つ人間を見つけて契約を結び始めます。
この接触の際に、相手の感性などによって形を持ちます。
彼らは勝手な解釈で「望みを叶えてやった」と主張し、契約した人間の、強く心に残っている時間へと相手の体を通ってタイムスリップします。
その先で破壊の限りを尽くします。
目的は、1度流れた時間を過去に戻って破壊し、それによって生まれる空白に、自分たちの世界を築くこと。
主人公は変身しますが、その姿だけでは最弱です。
ええ、激弱なんです。
しかし、主人公はいろいろなこと(ある意味これも不運なのか?)があって4体、最終的には5体のイマジンと行動を共にし、協力を得ます。
彼らは主人公に憑依した状態になると同時に、自らのエネルギーを物質化してライダーの装甲とする(フォームチェンジ)ことで、それぞれの個性を活かして敵と戦います。
味方のイマジンたちは、普段は、主人公が自由に行き来できる、時の狭間を走る列車の車内にいます。
それか、主人公の脳内で主人公に語りかけたり、人間の姿のままの主人公に憑依したりします。
うん……こんな感じの説明で大丈夫かな?
で、なぜ、これが魔女ッ子様式と感じたのか?
味方のイマジンたち。
ワガママ気ままで、にぎやかです。
主人公とケンカもします。
でも、基本的には主人公が大好きだったり信頼してたりします。
これがね、魔女ッ子に付きものの、“秘密の友だち”(しゃべる猫とかぬいぐるみとか)とボク的にはイメージが重なるんですよ。
それに設定の、契約した人間の“悩み”や“強く心に残っている時間”。
主人公たちは敵を追っていく中で、“人類の命運”とは関係のない“個人的な悲しみ”を知る機会も多く、(過去を変化させることは許されてませんが)「なんとかできないかなッ!?」と、そっちの解決にもガンバっちゃったりするんです。
これがね、ボク的には魔女ッ子ぽい。
魔女ッ子モノって、日常モノでも大きな使命を背負った戦闘モノでも、そーゆー展開が多いイメージがあるもので。
それに、ライバルライダーの存在。
彼は敵というより、別の経緯で戦いに加わった存在で、主人公より断然に優秀です。
ちょっと主人公を見下したイヤなキャラで登場します。
でも、回を重ねるにつれて、彼なりに必死に戦ってることがわかってきます。
それに、彼にも味方のイマジンがいるのですが、“世話焼きで激甘なお母さんと威張りながら甘えてる甘えん坊”みたいな関係なことがわかってきます(笑)
これも、ボク的には魔女ッ子モノぽく見えるんです。
さて、魔女ッ子論はこれぐらいにして、それだけでは語り足りない『電王』の斬新さ。
わかりやすいのはOP。
かつてのシリーズ作品のOPのイメージって、危機感や決死の覚悟が漂ってました。
でも、この作品の歌詞はポジティブオンリー。
味方のイマジンはダンスを踊っちゃったりします(笑)
それに、日常の彼らのにぎやかさ。
これね、真の意味で、この作品にだけ許される特権だと思うんです。
日常シーンが楽しい作品は、たくさんありますよ?
でも、冷静に考えると、彼らは“守りきれずに傷ついた人や失った命”を忘れてはしゃいでるんですよ。
このライダーの設定を、もう少し補足します。
ライダーは、現代とタイムスリップ先の過去、2つの舞台で戦います。
そして、タイムスリップ先で勝利すれば、少なくともそこで失われたものはすべて復元されます。
壊された物も、失われた命さえも。
ほとんどのヒーローが、“これ以上の悲しみを食い止める”ために戦うのに対して、電王は“癒すため”“取り戻すため”に戦うのです。
彼らぐらい、日常のにぎやかさ楽しさが相応しいヒーローはいないと思っています。
最後にボクが好きで感嘆する部分。
敵の設定の関係で、この作品は、敵による被害よりも、個人がクローズアップされます。
これはボクが冷たい人間だからでしょうか?
ボクは、人の心を動かすのは数字ではなく個人の物語だと感じています。
例えば、大きな災害によってたくさんの命が失われた時。
発表される人数にツラい気持ちになりますが、それは重くのし掛かるような感覚で、涙と少し遠い感情なんです。
ボクは冷たいクソ野郎なんでしょう。
でもね、ニュースでは、数日遅れますが「今回の被害に遇われた方々には、例えば、こんな方がいました」と個人のエピソードを紹介したりするんです。
その時に、感じていたツラさは涙につながり、発表されていた数字が心を大きく揺さぶり始めるんです。
ごめんなさい。
そんな男で。
設定的に個人のクローズアップが中心のこの作品は、だからこそ心を揺さぶる傑作として、ボクの中で不動の位置になりました。
少し離れて分析するような視点で、この作品を観ることは、書き手として、考えることが多いように、ボクは思うのです。




