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いろんな(メディア的な)ジャンルに想いを馳せて  ホームズかワトソンか 西村由紀夫というカッコ良さ

 今回は、珍しく、久々に連載タイトルに沿った内容かな、と思っています。



 さて、スゴいキャラクターを創造して、華々しくスゴい活躍をさせる物語。


 そーゆー物語を思いついた時に、一人称小説を基本スタイルにしている書き手は悩みます。



 誰の視点で、この物語を語ればいいだろうか、と。




 華々しい活躍をする主人公本人の視点で語るか、主人公のそばで主人公の活躍に感嘆する人物を語り手にするか。


 わかりやすく喩えると、シャーロック・ホームズの物語を、ホームズ本人の視点で語るか、ワトソンの視点で語るか、という問題です。


 アイデア豊富な書き手さんなら、他のパターンも思いつくのでしょうが、今回はこの視点で考えてみたいと思います。



 ボクは十数年ぐらいホームズ作品をちゃんと読んでいないので、うろ覚えですが、一応、ホームズからワトソンへの友情や信頼や敬意はちゃんとあったように記憶しています。


 が、ボクのワトソンへのイメージは、語り手の域を出ていません。

 シャーロキアンの方々には、また別の見方があってお叱りを受けるかも知れませんが……。



 ボクが語りたいのは、(ボク的には)“語り手で終わらないワトソン”、“感嘆する語り手でありながら、主役として輝くワトソン”なスタイルの話なんです。



 作品は舞城王太郎先生の『世界は密室でできている』。

 語り手は西村由紀夫クンです。


 舞城先生の作品は、ミステリーファンとしては満足できないかも知れません。

 鯨統一郞さんの作品でミステリー作家の立ち位置表みたいな図があった時、舞城先生は1番端っこに名前があった記憶があります。



 いや、ぜーんぜん、ボク的には構いません。

 舞城先生の作品の魅力は、そんなレベルの話では無いからです。


 『世界は密室でできている』。

 ぜひ、読んでほしいです。

 なぜ、こんなことを書くかというと、このあと、ネタをバラすからです。

 その前に読んでくれると嬉しいです。




 では。

 ネタバラし的持論展開。

 整理のために消した短編投稿でも語ったことあるかも。



 うろ覚えですが……。


 少年探偵ルンババこと番場潤二郎クンの親友、西村由紀夫クン。


 彼はルンババの豊富な知識と、真相にたどり着くブッ飛んだ発想に驚かされるばかりの日々です。


 でもね、由紀夫クンは、ヤル時にはヤル男の子なんです。


 それがホントに正解な選択なのかは、わからないけど(笑)


 誰かの悲しみを想っての行動は、少なくとも、目的を遂げます。



 友に込み上げた大きな悲しみ。

 笑わせることはできなかったけど、「スゲぇな……」と、悲しみを忘れるぐらいビックリさせます(笑)


 少女が温もりを求めれば、自己主張する下半身をなだめながら、求められている分“だけ”の温もりを差し出します。


 痛快で笑っちゃうのは、警官隊との乱闘場面(笑)

 姉を失った悲しみに打ちのめされる少女に、警官から心ない言葉が飛ぶんです。

 いや、警官にも、それなりの心情的理由はあるのですが……とっさに、警官の顔にパンチを叩き込みます(笑)

 いや、これは、怒りとかそーゆーものじゃないとボクは思うんです。

 ただ、彼女に言葉が届くのを止めたかったんじゃないかな?と。

 乱闘場面とは書きましたが、実際は、一方的にボコボコにされます(笑)

 たぶん、このあたりから、読者は由紀夫クンのことが大好きになるんじゃないかなぁ。



 そして、ラスト。

 天才少年探偵の瞳の中に“闇”を見つけるんです。


 たとえ“今”じゃなくても、いつか、絶望に心が壊れて姉と同じような最期を迎えてしまう、と。


 由紀夫クンはルンババに言います。

 姉が死んだのと同じことをしろ、と。

 飛び降りたお前を、無傷で受けとめてみせるから、と。

 お姉さんみたいに独りぼっちで戦ってるんじゃなくて、お前にはボクたちがいることを教えてやるから、と。


 これの的確さって、フツーに作品を読む方には、どの程度、伝わってるんだろう?


 ボクは大昔に、ちょっと似た景色を視たことがあるんですね。

 『なるほどザ・ワールド』って海外レポートクイズ番組で、“ひょうきん由美”ってニックネームの女子アナさんがレポーターの回。

 アスレチックランドで行われた自己啓発サークルみたいな研修会のレポート。

 レポートしてたカリキュラムが、人の背丈ほどの高さの台から、“後ろ向きに”倒れるように飛び降りさせるもの。

「みんなで、ちゃんと受けとめるから」と。

 “みんな”というのは、研修会に参加してる、同じ会社のプロジェクトチームメンバー。

 受けとめるのに失敗すれば、ケガどころか、悪くすれば死にます。

 でも、この成功体験で、チームメンバーを信頼する心を持たせるのが、目的のカリキュラム。


 これをハードにしたものですよね?

 だって、現実に、姉は同じ行動で死んでるんですから。


 当時、ネットで作品レビューを検索したら、こーゆー主旨の文章を見つけました。



 『ライ麦畑でつかまえて』(ごめんなさい。ボクも読んだことのある作品ですが、内容を覚えていません)の、“ライ麦畑のキャッチャー”の役割を由紀夫クンは果たしたんだ、と。

 『ライ麦畑でつかまえて』の主人公は、“キャッチャー”に出会えなくて心が壊れてしまったけれど、由紀夫クンは、親友の心を救ったんだ、と。



 大きく心を動かされる作品です。

 ミステリーとしての評価なんて、屁でもありません。

 もう、読んでくださってますか?




 そして、最後に。


 ずッと誰にも知られずに心が悲鳴をあげていたヒーローを、物語の最後で救う語り手。


 そんなスタイルの一人称小説っていうのも、とても魅力的ではないかな?とボクは思うし、大好きなんです。

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