5話 王道
「でもさ、メンバーって…もしかして、君たち3人でやるって事?璃音くんはベースだろうけど…。」
「は?アンソニーは正式なメンバーじゃねぇぞ?」
「え、そうなの?」
「あいつにはあいつのやりたい事があるんだ。あいつの本職はエンジニアだ。憧れの日本でクリエイターとして一発かましたいんだとよ。だから住まいを提供する代わりにヘルプで色々してもらおうって感じよ。」
「そうなんだ。でも、大丈夫なの?」
「大丈夫も何もあいつは天才だぜ?何をやらせても完璧だ。いや、完璧以上といってもいいな。」
「…それならいいんだけどさ。というか、バンドのことなんてわからないし。」
「勉強しろよ?」
「…分かったよ。その代わりちゃんと教えろよ?」
「任せろ。手取り足取り教えてやる。」
そう言って徹平は僕の背後に回り両手首を掴んだ。
「なんだよ。」
「…まずは右足を動かして。」
「え、こう?」
「おう、もっと一定のリズムで。…そうそう。」
「これだけでも難しいね…。」
「そーか?いい感じだ。それからこの両手はスティックを持つ手だ。こうやって…リズムを刻む。」
「ダメ、うまくできないよ。手足違うリズムを刻むってこんなに難しいんだ。」
「慣れれば出来るようになる!」
「マジか…。ねぇ、僕ってさドラマーとして迎えられたの?」
僕は徹平の手を振りほどいて背後にいる徹平の方を向く。
「ジョーダンだよ!マジになんなよ!」
「…はぁ。」
「とりあえず、メンバーのことは気にすんな。俺に任せろ!」
「で、どうするの?策は?」
「策?」
「バカ!顔を見せないで活動するって言ったってどうやって頂点に登り詰めるんだよ!」
「どうやってって…。ライブやるだろ?ファン集めるだろ?でかいフェス出るだろ?ほら!人気ものの出来上がりじゃん!」
「何それ。王道じゃん。その道で何人が失敗してると思ってるんだよ。」
「バカ!王道でいいんだよ。王が通る道ってことだろ?相応しいじゃねぇか。そんなことより聞いてくれよ!この部屋をな?最高の作業場にしたいんだ!見ろ、これは吸音材だ!これを壁一面に敷き詰める!そうすりゃ夜中でも練習できるだろ?あ!もちろん、壁紙も剥がして一からやるぜー?こっちの木材はミキサー卓にしようっと思ってんだ!」
徹平は目を輝かせながら次々と資材や段ボールを指差し、一つずつ僕に説明をしてくれる。彼もまた僕らと同様、新生活に胸を踊らしているようだ。
「…素敵な作業場になると思うよ。」
「だろ?」
「うん。僕も手伝うよ。」
「マジか!助かるわ!」
「でさ、どうしたの?この機材。」
「そりゃあ揃えたに決まってるだろ。」
「もしかして、これも貯金?」
「いや、違う。」
「…。」
「えー、その理由聞く?スルーしてくれよ。」
そう言う徹平に僕は少し不満そうな顔をした。ここまで強引に連れてこられたんだ。それなのに僕だけ置いてけぼりになるのは嫌だ。教えてくれたって良いじゃないか。
「親友なんだろ?本当の事聞かせてよ。」
少し意地悪な言い方をしてしまった。
「あー、わかったよ。OK。これは松田のジジイから貰ったんだよ。」
「…え?」
「事件の後さ、おっさんと会ったんだ。」
意外だった。
徹平は楓さんを除くメンバーとは上手くやっていたものの、プロデューサーの松田さんとは最後まで絶対に折り合うことはなかった。楓さんとはまた質の違う仲の悪さというか、お互いがリスペクトし合うことは一生ないだろうと思うくらいの根深さを感じていたのを覚えている。
「松田さんと会ったの?…なんで?徹平、松田さんの事…。」
「魔が差したんだよ。いや、違うな。あまり日本に蟠りとか未練を残してアメリカに行きたくなかったのかな。いや、それも違うか。うん、違う。ババアの事が一番かな。」
「…社長のこと?」
「おう…。おっさんの方が俺よりもずっとババアの近況を知っていることはわかってたからさ。だからこの先どうなるのか、大人の話を聞くべきだなと思ったんだよ。ババアの事は心底気に食わなかったし、もちろん一生許さねぇけど。それでもやっぱ母親だし、事の重大さもわかってたからな。感情論ではなく、息子としての責任というか。色々を聞き出したくて会ったんだよ。」
徹平は段ボールの上に腰を下ろし、機材の山を見ながら話を続けた。
「その時、オフィスミナミが最終的に倒産か身売りをするだろうという事とかよ、今まで俺の知らなかった事も含めて色々教えてもらった。」
「…そっか。」
「まぁ、それで、手土産にコレをくれたって訳よ。この機材達もどうせ処分されるんだから、お前が持ってけってさ。こんなの売っても、抱えてる負債に比べたら、些細なものみたいだったし。だから頂戴したって訳よ。」
「…。」
「ほらー!シラケちったじゃん。」
「あ…ごめん。そういうつもりは!」
「お前さ…こないだ言ったこと本当か?」
「なんの話だよ。」
「お前がババアの事恨んでねぇって話。」
「嘘つく理由があるとでも?」
「…そんなの俺にはわかんねぇよ。」
「こないだも言ったろ?徹平と僕は同じだ。」
「おう。」
「僕達は一生、罪を背負って生きてく。逃げる事は許されない。覚悟は出来てるんだろ?一々ブレるなよ。」
「…だな。」
「よーしよしよし!」
僕は徹平の頭を両手で撫で回した。
「あー!やめろよ!バカ!」
と徹平は少し照れくさそうに僕の両手を掴み、突っぱねてから、噛んでいたガムを僕の服に付け、奥へと行ってしまった。
おい、仕返しが釣り合ってねーよ。
そう言おうと思ったのだが…。
その行為が単なる照れ隠しであると同時に、僕が変な気を遣わないようにとった空元気のようにも思えた。
当たり前だ。
少し気は軽くなっても、消えることはない。
さっきも言った通り、一生だ。彼も永遠にこの罪悪感と付き合っていかなくてはならない。何をやっても空元気になってしまうはずだ。
それでもやっぱり…徹平は凄い。
大雑把で傍若無人。
卓越した洞察力で僕の嫌がる事を平気な顔で仕掛けてくるお調子者。その反面、気配りや心遣いを忘れない、どんなに辛くてもひたすら前へと進む男。
僕も…そして多分、璃音くんもアンソニーもそんな彼の優しさと強さに惹かれて今ここにいるのだろう。
「再起不能」
「絶対無理」
そんな逆境の中でも彼らの夢物語に徹平なら何とかしてくれると期待せずにはいられない。




