2話 1452
僕は呆れながら部屋へと入る。
「じゃあ何?君達は、僕がクビになるってわかっていた上で、ここ数日間毎朝送り出してたわけ?」
「そうだよ?おめでとう!」
僕に続いて部屋に入ってきた璃音くんが僕の肩を叩く。
「秋葉原の帰りさ、僕、徹平に一緒には行けないって言ったよね?その時も既に知ってたって事だよね?」
「ソウダヨ?オメデトウ!」
璃音くんに続いて部屋に入ったアンソニーも僕の肩を叩く。
「…なんで教えてくれなかったの?」
「傷付く姿を見たくなかったからだよ…。バカッ…おめでとう。」
アンソニーに続いて部屋に入った徹平は僕を後ろから抱きしめ頭をそっと撫でる。まるで親が名門校に受かった子供にするような扱いだ。僕を傷つけてるのは紛れもなく君達なのだが。あとその一々おめでとうと言われる事も傷つくぞ。相手が一応心のある人間だと言う事を知って欲しい。
(仕事に向き合いたくなったんだ…。)
そう徹平は僕の耳元でセクシーに囁く。
うわっ、強烈だなそのワード。
気持ち悪っ。
僕は本気で徹平の足を踏んだ。
踏み躙ってやった。
「痛っ!!」
これくらいは仕返ししてもいい。いや、しなくてはならない。
これでチャラとまでは到底思えないが、取り敢えず今はこれで充分だ。
「てかさ、僕の部屋凄くスッキリしてるね。片付けてくれたんだ。」
どうせ彼らのことだから僕の退職祝いと称して部屋に飾り付けを施し、豪勢な夕食とケーキを用意していると高を括って部屋に入ったのだが、予想に反し、そんな嫌味なパーティーの準備はされていなかった。ここ最近彼らが散らかし放題散らかしていた僕の部屋はフローリングも窓もピカピカに磨き上げられており、部屋の隅々まで余すとこなくキレイに片付けられていたのだ。
「まぁな。流石にクビになって傷ついてるだろうと思ってさ。何をしてやれるか考えたらこんくらいしか思いつかなくて。居候させてもらってた訳だしな。何も手伝わないのは忍びなくね?」徹平は足の甲押さえながら僕を見上げる。
「へぇ。手伝う…ねぇ。ところで徹平。」
「んー?」
「どこにやった?」
「何を?」
「全て!!!一式だよ!!!」
そう。もう部屋には何も残されていない。これは明らかに掃除じゃない。テレビもベッドも机も何もかも部屋から全てなくなっている。完全なる引越しだ。言うまでもない。こいつらは、僕の会社の倒産を前倒しさせ、その事実を明かすことなく、Xデーまで僕を家で監視し、今日僕が家を出た後に引越しを勝手に完了させたのだ。
倒産が前倒しになった事はこの際良しとしよう。
どちらにしても1、2週間長く働けたかどうかの問題だ。社長も給料の3ヶ月分は払ってくれると言っていた。ぶっちゃけ得だ。
ただこれが人為的に謀られたものだというのは単純に悔しい。というか何かの犯罪にならないのか?大丈夫なのか?
しかしもうそんな事よりも…。今、僕がとにかく気になっているのは玄関とキッチンだ。
部屋から出てキッチンを見渡す。
部屋はすっかりもぬけの殻なのに、キッチンと玄関だけは全く手を付けていない。そりゃそうだ。僕はさっきここを通ってきたんだ。何もなければ部屋に入るまでもなく引越ししていた事に気づけるに決まってる。
僕は冷蔵庫、キッチンの戸棚、風呂場を空ける。
凄い、凄すぎる。
中身は何もない。彼らはサプライズの為にわざわざ気付かれる要因になり得るポイントだけは最低限残していたのだ。人を驚かす、ビビらせる、そんな生きていく上で全く意味のないことに彼らは異常なまでに執着している。
ただただ脱帽だ。
こいつら何の為に生きてるんだ?
トイレを開けるとトイレットペーパーまでキレイになくなっていた。
「もしさ、僕が家に帰って、まずトイレに入ったらバレるよね?」
「その時は僕が「僕が先!」って言って入るように予め決めておいたんだ!」
なるほど。璃音くんはトイレ担当として前以て打ち合わせしてたのか。
「冷蔵庫は?」
「私、ソータヲ羽交イ締メスルデジタ。」
「へぇ。そこはかなり荒い方法なんだね。良かった。冷蔵庫空けなくて。」
「おい、そーた。冷蔵庫運ぶから、ちょっとどいてくれ。アンソニーそっち持って。」
「あ、ごめん。てゆうか、ありがとう。」
ん?あれ?なんで僕お礼言ってるんだ?
「いいよ、お前はゆっくり中で休んでろ。」
「じゃあお言葉に甘えて。」
ん?何が「お言葉に甘えて」だ?完全にペースを握られてしまっているのか?
はぁ…要するにだ。
断ろうが断らなかろうが、初めから道は既に決まっており、一生彼らから逃げられないのだろう。この最低な3人と一緒に田舎の幽霊屋敷で暮らす他ないのだ。
もういい。それでいい。
ポジティブに考えれば無職になった僕にとって家賃や生活費を気にしなくていいのはありがたい。
それにここ数日間一緒に過ごしてきて一番痛感したのは「一人じゃないというのはやはり良い」という事だ。
素直になろう。
納得はしたくないが、嫌々ではない。
とりあえず中でゆっくり休んでいる暇はない。出発する前に大家さんに事情を話しに行かなくてはな。さて、なんて話をしよう。優しい人だから多分わかってくれると思うけど。
僕は片付けを3人に任せ、一旦アパートから出る。先ほどまで薄っすら明るかった空もすっかり暗くなっていた。アパートの隣にある大家さんの家に向かい、インターホンを押す。
「はーい」
という人の良さが滲み出る優しい声と同時にドアが開く。
「あぁ瀬尾さん…。」
僕の顔を見た途端、悲しそうな表情をする大家さん。
「夜分遅くにすみません。急な事なんですが…」
「大変だったわねぇ。」
「へ?」
「聞いたわよ。なんでも急遽仕事を辞めて病気のお母さんの面倒を看ることになったんでしょ??さっき弟さんがわざわざ事情を説明しにきて、今日実家に帰らなきゃいけないって言ってたわ。更新のことは気にしないで。こういった事情ですものね。家賃は今日までの分でいいからね。」
もうそれでいい。
「はい。どうやらそうみたいです。ご心配おかけして申し訳ございません。それと、お心遣いありがとうございます。あ、ちなみに弟というのは背が高いのと低いのどちらですか?二人いるもので。」
「凄く背の高い方だったわよ。髪の毛は金色の今時って感じの子。」
おいおいおいおい。
絶対にないと思ったから省いたのに。選りにも選ってあいつかよ。おばあちゃん流石に気付こうよ。今時の子の容姿はまだ国境超えるほど理解出来ないとこまでいってないよ。こんなの信じてたらいつか絶対詐欺に遭うって。いや、もう遭ってるようなもんだって。僕、おばあちゃんのこと大好きなんだよ。ほんとこの先心配だよ。というか、よくあんなのとコミュニケーション取れたな。
「すみません本当に。色々お世話になりました。それでは失礼します。」
「お元気でね?」
「ありがとうございました。お体にお気をつけ下さい。」
どういう形であれ突然の身勝手な引っ越しだ。僕は大家さんにしっかりとお辞儀をした。こんな時でも礼儀は忘れない。なんせもう23歳だからだ。
僕は大家さんの家の入り口で立ち止まり、胸ポケットから携帯電話を取り出す。
もちろん嘘だとは分かっているが、こういう縁起でもない話になると何故だか心配になる。せっかくだしお母さんに連絡を入れよう。というか、事情はどうであれ、僕は仕事を辞めたんだ。ちゃんとその事を報告しなきゃいけない。
「あ、もしもし?お母さん?」
「聡太ね?あんた、彼女と同棲するんですって?良かったじゃ」
ピッ、ツーツーツー
僕は電源も切った。
しかし、本当に彼らは僕なんかよりずっと優秀なマネージャーだ。その斬新かつ緻密な計画性もそうだが、何より行動力が凄い。常に僕の行動を先読みして驚きを生み出してくれる。人の気持ちはわからない奴らだが、僕の心理はよく理解している。本当にタチが悪い。
おっと、クソマネージャー共を待たせるのは良くないな。仕方ない奴らだ。さっさと戻るか。
大家さんの家を出ると、どこから調達したのかわからないワゴン車が停まっており、運転席にいる徹平が僕に「さっさと乗りな」と言わんばかりの顔をしている。僕が後部座席に乗り込むと、皆無言のまま車が動き出す。
窓から見える四年間住んだ僕の家。大して趣味もなくその殆どの時間をここで過ごした。唐突な別れになってしまった。殆ど休日は引きこもっていただけあって僕なりに愛着がある。例え生き物でなくても寂しさを感じてしまう。僕は心の中で「さよなら」と言った。
「そーたくんってさ、お母さんって呼んでるの?」
隣に座っている璃音くんがスマホをいじりながら僕の事を弄ってきた。
え、聞いてたの?や、やめてくれ。それは高校生の時、高橋くんに弄られて少しトラウマになってるんだ。
「…そうだよ?え、じゃ、じゃあさ、璃音くんはお母さんのことなんて呼んでるの?」
「母さんだね、僕は。」
クソ。
甘えてる感が弱く、かつ反抗的ではなく親思いな感じが嫌味なく出る呼び方だ。一番いいポジションだ。「お」があるかないかだけでその家の親子関係までわかってくるとは本当に日本語は奥が深い。
「そっか…。アンソニーは、お母さんのことなんて呼んでるの?」
「僕モ、「カーサン」デスネ。」
はいよ!
君はボケられるくらい日本語が上手くなったんだね!驚きの成長スピードだ。
「徹平はー?」
と後部座席から身を乗り出しながら璃音くんがノリノリで話を振る。
ちょっ、それはデリカシー的にアウトだろ。
いくら親しい仲でも…そのフリは…
「1452」
車の中は爆笑に包まれた。
自分の母親を囚人番号で呼ぶのは斜め上過ぎる。
彼らはいつだってそうだ。相手に遠慮をしない。どんなネガティブな話題であろうととことん弄り、ネタにする。でもだからこそ、距離が縮まる。
「そうだ、アンソニー。せっかくのドライブだし、音楽掛けようぜ。」
徹平がそう言うと、助手席に座っていたアンソニーが自分のスマホを取り出し選曲し始める。たかが車の中で聴く音楽なのだが、それがアメリカンなセンスで選曲されることに少し得をした気分になった。
真夏の夜。
大都会東京を彩る灯りがチラつく。
そこから目的地に着くまでの間、揺れの少ない丁寧な運転とチルアウトな雰囲気の車内にはあまりにもミスマッチな
デスメタルが大爆音で響き続けた。
次回予告
3話 これどこで買ったの?




