4話 僕はこの子が気持ち悪くて仕方なかった
社名が変わってからというものの、我がハムハムプロダクションの門を叩く人間は、とてもじゃないが何かのプロフェッショナルになれるような素質があるとはお世辞でも言えなかった。
それは単にルックスや実力のような商品価値の問題ではない。
機会を与えても、取り敢えずしっかりとやってみるということすらせずにすぐに逃げ出してしまうのだ。
彼らのやる気が皆無とまではいうつもりはない。
だけど、叶えたい思いはあっても、叶える為の努力をする気がないという事だけは僕にも分かった。殆どが単にプロフィールとして「芸能人」という肩書きが欲しいだけだった。
厳選された本気になれる人が犇めくオフィスミナミ時代を知っている僕からしたら、それは想像を絶する程のアマチュアじみたオママゴトのような光景だ。
この2年間ずっとその繰り返しで、僕自身ももう感覚が麻痺していた気がする。
しかし、この子、椎名美和だけは違った。
レッスンも真面目に取り組み、苦肉の策とはいえ、やりたくもないグラビアの仕事にも耐え、セクハラを受けても尚、逃げた自分が悪かったとすら思っている節がある。美和ちゃんの中に夢を叶えようとする意志がしっかりとあるのだ。
だから尚更
僕はこの子が気持ち悪くて仕方なかった。
このプロダクションは女優を輩出するようなノウハウなど持ち合わせていない。気休め程度にレッスンを受けさせてあげられるくらいの財力しかない上に、演劇業界のツテもなく、グラビア業界から売り込むしか手がなかった。そして彼女に非はないとは言え、唯一残されていた売り込む道さえも遂に途絶えてしまった。
会社側の人間としてこんな事を思うのは間違っているけど…
為す術が残されてないこんなプロダクションに所属していても彼女の望む未来がない事くらい、誰がどこからどう見ても明らかなはずだ。
それでも彼女はこの事務所を辞めようとはしなかった。それどころか「今後もよろしくお願いします。」とまで言い出す始末だ。実は僕達に「絶大な信頼を寄せているんです!」などという感動的な裏話があるほどの人間関係が構築されているわけでもないのにも関わらずだ。
理不尽な苦痛に葛藤するくらい夢を叶えようとする意志はあるのに、何故こうも自分の夢に無責任なのか?と疑問でならなかった。
でも、秋葉原に行ったあの日、ボッタクリ女の話を聞いて、僕は美和ちゃんをやっと理解する事ができたような気がした。
愛理さんは語らずとも自らが描く夢の形を明確にしている。だからこそ、何をすればいいのか、何が自分に足りないのか、そうやって自分の意思と正義を持って具体的に行動できているように見えた。
そして恐らく徹平も…
芸能界をぶっ潰すと言ったその真意は僕にはわからないけど、彼もまた自分の中で明確なビジョンがあるはずだ。あいつはそういう人間だ。
どちらもどうすれば満足なのか、どうすれば納得できるのか自問自答を繰り返し、とっくに夢から目標に切り替わっているはずだ。それに対してこの子の夢は未だ夢のまま。夢から覚めてないんだ。だから、彼女の描く夢は全てが曖昧で、見えているのは女優というボヤけた輪郭だけだ。
ボヤけているから根本が簡単にブレる。
そうならないためにも、自分の正義と夢を叶える意志の狭間で自分自身と対話して自分の答えを出し続ける。
それが向き合うという事だ。
結局、自分の幸せや成功は他人が判断するものじゃない。自分自身で判断するものだ。だからゴールが何処にあるのか分からないまま、どうしたら自分が納得できるのかを知らずに歩き出してしまったこの子は失敗する。
例え、運良く辿り着いたとしても、そこがゴールだと知らなければきっと通り過ぎてしまうだろう。気付けなければ失敗と同意義だ。
勿論、がむしゃらに動いていく過程で夢の輪郭が浮き彫りになる事もあるだろう。
ただ女優業は人気商売だ。そういう側面を持ってしまっている分野において、時間は掛け替えのないものだ。
気づけるなら早いほうがいい。
そう言えば…昔、耐える事は努力ではないと断言していた人がいたけど
僕は必ずしもそうとは思わない。
勉強をする努力もトレーニングをする努力もどちらも苦痛との戦いだ。
それを耐え凌ぐ気力なくして努力は成立しない。嫌な事を耐える事自体が正解の努力ではないにしても、僕にはどうしても耐える事は努力と同じ強い意志があるからこそできるのだ思う。
彼女は単に意志のベクトルが定まっていないだけなんだ。大丈夫。この子は努力できる。夢から覚ましてやればいいだけだ。
…たったそれだけの事なんだ。
「美和ちゃん、君と僕はもう仕事仲間じゃなくなるけど、僕は君の事を本当に応援しているよ。凄く根気のある良い子だと思ってる。」
「…はい。」
「でもね、ハッキリ言っておく。目的地がどこかわからない人は多分そこには辿り着けないと思うんだ。絶対とまでは言えないけど。でも多分無理だ。だから…」
「…。」
「君の夢は叶わない。」
「…。」
彼女はついに俯き、何も喋らなくなってしまった。
次回予告
5話 恥かかせないでよ。




