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3話 根本的な問題

喫茶店の中に入ると心地よい冷気と優しい雰囲気の店員さんが僕を迎えてくれた。


「一名様ですか?」

僕の方が絶対早いとは思うのだが、念の為、店内を見渡す。店内はいつも通りお客さんも疎らで落ちついている。やはりまだ彼女は到着していないようだ。

「はい、この後一人来ます。」

「二名様ですね。こちらへどうぞ。」

奥の席へと案内され、さっさと注文を済ましてから携帯で先に到着した旨を伝える。

暫くしてから目の前のイスを引く音がした。

「瀬尾さん。お待たせしました。」

「気にしなくていいよ。ほんとついさっき来たところだから。それよりごめんね?こんな遠くまで呼び出しちゃって。」

「あ、全然良いです、気にしないで下さい。」


と言いながら美和ちゃんはハンカチで額の汗を拭きながら僕の向かいの席に座る。


「山口さんに会った?」

「え?山口さんいらしたんですか?」

「あ、分からなかったんだ。事務所のビルの前の公園あるでしょ?今そこにいるよ。」

「え、どうしてですか?」

「帰るに帰れないんだって。」

「大丈夫ですかね?私、声かけてきます。」

「行っても無駄だと思う…。あの人、テコでも動かないよ。実は僕もさっき誘ったんだ。」

「そうなんですか。でも…。」

「今自分の中で奥さんと戦ってるんだよ。放っておいてあげよう。」

「え!!山口さんって結婚なさってたんですか!?」

「あれ?僕はてっきり美和ちゃんは知ってるものかと思ってたけど、知らなかったの?」

「はい。でも、山口さんってあまり話してくれないんですよ。真面目?なんですかね?」

「そう思うでしょ?実は面白い人だよ。」

「えぇ、もっと話しておけばよかったぁ。」

今からでも遅くない。

今まさに面白さのピークだから是非話しかけてくるといい。

そう言おうと思ったが、やめた。

本当に行き兼ねないし、来たら来たで誘いを断られた僕が傷つくし。


「そうだ、お昼まだでした?」

「ん?あぁ、まだだけど…さっきホットドッグ食べちゃってさ。だから、お腹は空いてないかな。」

「そうなんですね!」

「もしかして美和ちゃんお腹空いてる?ご飯食べてもいいよ?それくらいだったら奢るよ?」

「あ、全然大丈夫ですっ!」


すみませーん!

と彼女は元気よく定員さんを呼びアイスコーヒーを注文する。

普段事務所で見ていた彼女は大人しく、弱々しいイメージだったのだが、今の彼女はそれとは少し違う。さっきから元気があり凄く話しやすい。プライベートではこんな感じなのかとちょっとだけ意表を突かれた。


「でも、ビックリしましたよねぇ。まさかこんにゆるい感じで会社が閉まっちゃうなんて。」

「僕も初めてのことだからね。まぁ、巨額の負債を抱えて、夜逃げするとかそういった切羽詰まった状態じゃないみたいだし、社員自体もたったの2人だからね。軽いんだろうね。」

「…あの、やっぱり、こないだ私が逃げちゃったせいってことありますかね…?」



あ、そうか。

すっかり忘れてたけど、セクハラの件の直後に倒産だもんな。そんな事で企業が倒産する訳ないのだが、当人からすればそういった因果関係も見えてしまうのだろう。

「全然関係ないよ。これは単にオーナーの気まぐれだと思う。」

「そうですか。」

と少し安堵した表情で胸をなで下ろした。

「あ、ちょっと御手洗い行ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ。」

トイレへ向かう美和ちゃんとすれ違いで店員さんが美和ちゃんのアイスコーヒーを持ってきた。

「アイスコーヒーをご注文のお客様。」

「あっ」と僕は誰も座っていない席を指す。


しかし、どう彼女に伝えるべきか。

別に優しく悟すように話せば嫌われることもない。だが、残念ながら僕と山口さんは彼女に厳しくした事がない。彼女にとって僕達は優しいという認識がデフォルトだ。その方法だと相手の心に響かせる事は難しい。「この人は本気だ」とわかってもらう為には、適していない。

勿論、彼女がわかってくれていなければ、また一から話せばいいのだが…僕達は職場という繋がりがなくなった故に、僕がこの先積極的に彼女と関わるのは難しいだろう。

難しいというか…

ストーカーとか思われたら嫌だし。

だから、今日が最初で最後なのだ。


一発勝負。


この場合、本当に彼女の事を切に思うのであれば、最適なのは現実を突きつけ挫折させるように突き放す事だ。

そうすれば、僕に腹を立てる事もあるだろう。腹を立てるまでいかなくても悔しく思えるかもしれない。悔しく思えなくても、悲しく思えるだろう。そうやってどうにかして彼女の心に訴えなくてはならないんだ。

それはわかっている。

だけど、この期に及んでまだ嫌われたくないという感情が邪魔をしてくる。


トイレから戻って来た美和ちゃんはお待たせしましたと言いながら席につき、アイスコーヒーを一口飲む。

「なんか、新鮮ですね。何気、瀬尾さんとこうやって話すのって初めてじゃないですか?」

「あぁ、そういえばそうだね。」

「瀬尾さんって普通に話せる人なんですね。」

「え?」

「あ!すみません、そういう意味じゃなくて。真面目な方なのかな?と思って。」

「あぁ。話しにくい雰囲気出してたかな?」

「いえ、そうじゃなくてっ。ただ、仕事の話しかしてこなかったからっていうか…なんか悲しいなぁ…。」

「そうだね。」

「…あの、瀬尾さん、私。この先どうしたら良いんですかね?」

「どうしたらっていうのは?」

「…はい、私、芸能界のことなんも知らなくて。」

「芸能界のこと…ね。」

「はい。」

「芸能界のことなんて、知る必要ないんじゃない?」

「…え?」

「芸能界なんて関係ない。どの世界も同じだよ。例えばさ、美和ちゃん大学生だよね?」

「…はい、そうです。」

「大学生って3年生になったら就職活動の準備するじゃない?当たり前の話だけど、入りたい企業にこいつ使えるなって思って貰えばいいだけなんだよね。」

「…は、はぁ。そうだと思います。」

「…ううん、君は分かってないよ。」

「…え。」

「美和ちゃん、美和ちゃんは女優さんになりたいんだよね?」

「…はい。」

「じゃあなんであの時、逃げたの?」

「…あの時?」

「うん。カメラマンにセクハラを受けた時。」

「ごめんなさい…。でも、それは嫌だったから…。」

「でも、大事な仕事ってことは分かってたよね。」

「それは…じゃあ、瀬尾さんはセクハラに耐えろとでも言うんですか…?」

「違う。現場から逃げた君を責めてるわけじゃない。セクハラなんてなくなればいい。アレは下劣で絶対的な悪だ。君は何も悪くない。」

「…なら、何が言いたいんですか?」

「さっきも言ったけど、こいつ使えるなって思ってもらえればいいんだよ。なら、美和ちゃんもセクハラに屈することなく、こいつ使えるなって業界から思ってもらえればいいってことじゃない?どうしてあの時、そういう道を模索しなかったのかなぁって。」

「セクハラを受けなくていい道なんて…私、知らないもん…。」

「…そうだね。美和ちゃんは芸能界の事何も知らないもんね。じゃあ、一度でも調べようとした?何故、僕達に聞かなかったの?」

「それは…。」

「美和ちゃんは美和ちゃんなりに正義を貫いた。僕は本当にその事を讃えてあげたい。アレでいいんだ。だから申し訳なく思って欲しくない。でも、そこで思考を止めてしまうのはダメだ。その先が肝心なんだよ。」

「…。」

「君は賢い。やりたくない仕事に耐えれば、セクハラに耐えれば細かろうと道が続く事をよく理解出来ている。でもそれは正しい見解であっても間違いだ。事実、君の心が拒否をしているじゃないか。君はもっと、自分と向き合わなきゃならないんだよ。」

「私、ちゃんと自分と向き合ってるもん…。」

「それは嘘だ。」

「嘘じゃないもん…。」

「じゃあ美和ちゃんは、なんで女優さんを目指してるの?」

「それは…夢だから。」

「夢?美和ちゃんがなりたい女優さんって何?どういう女優になれたらゴールなの?」

「…。」

「ほら、女優っていっても色々あるじゃない?テレビドラマの主演になりたいとか、別に主演じゃなくても、テレビドラマに出たいとか、人気舞台のヒロインをやりたいとか、独特な雰囲気の個性派女優になりたいとか。」

「…。」


やっぱり。

僕の予想通り彼女は黙り込んだ。

根本的な問題はこれなんだ。

次回予告

4話 僕はこの子が気持ち悪くて仕方なかった

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