2話 残念会
暑さから逃げるように僕は小走りで駅の近くの映画館に急いで向かう。中に入ると冷風が僕の汗を一瞬で冷やしてくれた。僕はチケットを購入し、近くにあったイスに腰をかける。
でも、なんていうかサボっている訳じゃないのに平日の真昼間からスーツを着ながら映画を観るなんてもの凄い背徳感と優越感だ。
よーし!昼間っから泣いちゃうぞー!
…
…
…
泣けると話題の映画で泣けなかった僕は、居づらさを感じ、余韻に浸る事なく上映スタジオからそそくさと出る。小腹の空いた僕はホットドッグを売店で買い、館内にある椅子に腰をかける。
あ、携帯の電源を切ってたんだっけ。
携帯の電源を入れると17件のラインが入っていた。たった2時間の間に17件ものメッセージが入るなど人生でも中々経験したことのないのだが、この内の16件はここ最近習慣となっているアンソニーからの猫の画像だった。僕は犬派だと何度も言ったのだが、アンソニーはどうゆうわけだか毎日こういった可愛い猫ちゃんの画像を送ってくる。
こうして毎日猫ちゃんの画像を眺めていると、猫も悪くないものだなと思えてきた。
そして残りの1件は…
美和ちゃんからだ。
仕事関連であったとしても、女性から新着メッセージが入っているといつもウキウキしてしまうのだが、今回ばかりはそんな高揚感は微塵もない。
…とりあえずメッセージを開くか。
『お疲れ様です。美和です。
先程、社長から電話を頂き、事務所を閉めることを聞かされました。瀬尾さんと週末お会いする約束をしておりましたが、今後のことでできるだけ早く瀬尾さんにご相談をしたいと思い連絡させて頂きました。
今日夕方まで時間が空いているので、もし瀬尾さんのご都合がつくようでしたら何処かでお会いできないでしょうか?
ご連絡お待ちしております。』
実は秋葉原に遊びに行った日の夜、僕はラインで美和ちゃんと週末に会う約束をしていた。彼女の仕事仲間として、先輩として、彼女に言っておかなきゃならない事があるからだ。
正直、ここ数日間憂鬱で仕方がなかった。何も悪い事はしていない上、女優業と関係ない仕事をこなしてきた彼女を責めるような事を言うのは本当に気が乗らない。言うと決めた以上やるつもりなのだが、それでもやりたい訳ではないことをやる事に遣る瀬無さを感じる。
しかし、会社が無くなってしまったからこそ、尚更言わなくてはならないという使命感がこみ上げてきている。
さっさと済ませた方が絶対に良い。週末まであとたったの数日だが、ただですら自分のことで憂鬱なのに美和ちゃんのことでも頭を悩ますのは僕には耐えられそうにない。
どうせまだ昼過ぎだ。彼らがいるせいで僕はまだ家に帰れない。時間を有効的に使うなら今がベストだ。
実は美和ちゃんの住まいも最寄駅が笹塚なのだ。逆方向ではあるものの、所謂チャリ圏内というやつで、近所で会うのがベストなのだが、それは危険すぎる。徹平達にもし出くわせば、何をされるか想像できない事が起こるのは何となく想像できる。
だが、だからと言って渋谷、原宿、新宿、池袋、有りとあらゆる街を考えたが、どこでも彼らと出くわしてしまいそうな気がしてやまない。関東外で会えば安心できるのだが、そういうわけにもいかない。仕方がないが、オフィスの近くまで来てもらうか。多分彼女なら理由も聞かず来てくれるだろう。
美和ちゃんに連絡を済ませると、ものの1分ほどで
「了解です。今新宿にいますので、すぐ向かいますね。」という返信がきた。
思いのほか早く到着しそうなので、僕は急いでホットドッグを頬張り、映画館を後にし、うなだれるような暑さに囲まれた地獄へと飛び出した。1秒でも早くこの暑さから解放されたい僕は急ぎ足でオフィス近くの喫茶店へ向う。
山口さんが時間を潰していた公園の前を通り過ぎる。
さすがの山口さんももう…
いや…いるな。
ズボンの裾を捲り上げ、さっきと全く同じ体勢で下を向いている。
これはスルー出来ないと思い、近くのコンビニへと方向転換する。2リットルのスポーツドリンクと氷を買い、また急ぎ足で公園に戻る。
「山口さん!」
と声をかけると俯いていた山口さんはゆっくりと顔を上げた。顔色は悪くなく、汗もそこまでかいていないようだ。さすがリストラのプロだ。
「あぁ瀬尾くんか。どうしたの?」
「あの、これ差し入れです。」
僕はコンビニの袋を山口さんに差し出しす。
「気を遣わせちゃって悪いねぇ。でも、ありがとうね。」
「いえ、気にしないで下さい。あの…実はこれから美和ちゃんがこっちに出てきて、会うんですけど山口さんも一緒に来ませんか?すぐそこにある喫茶店なんです。」
「残念会かなにかかな?」
「それはそれで楽しそうですけど、違います。」
「そっかぁ。でも、大丈夫、大丈夫。僕はこの瀬尾くんの差し入れがあるから。これさえあれば100人力だよ。」
と拳を握り僕に勇ましいガッツポーズを見せる。
いや、山口さん。僕達、リストラされたんですって。正真正銘負け組っすよ。気持ちはわかりますけど、あなた、奥さんから逃げてるだけじゃないですか。ガッツポーズは似合わないですって。
「そうですか。出来れば同席して貰いたかったんですが…。」
「瀬尾くん、君ならできるよ。」
何がだよ。今から僕が何を話すかわかってないだろ。テキトー過ぎるよその返し。
「わかりました。本当に気をつけて下さいよ?今暑さのピークですから。」
「大丈夫、大丈夫。まだぬるいくらいだよ。」
「ハハ。今度こそさようなら。」
「さようなら。瀬尾くん、ありがとう。」
僕は振り返ることなく公園を後にした。
次回予告
3話 根本的な問題




