1話 人間としてのプライド
「え?倒産?」
「うん。薄々勘付いてたでしょ?もうね、無理なのようちの事務所。オーナーが飽きたんだってさ。これからの時代は二次元なんだって。もう新しい事業始めちゃったみたいでさ。」
「え?あのバーは?」
「あれは黒字だからオーナーが引き取るんだって。要は厳密には倒産じゃないよね。整理って感じかな?笑っちゃうよね。」
「いや、全然。ちなみにいつですか?」
「何が?」
「倒産する日?です。」
「今日付けで解雇だからねぇ。今日でいいんじゃないかな?倒産する日って別に命日みたいに重視するもんじゃないだろうしね。どうなんだろうね。手続きが完了した日が倒産する日になるのかな?初めてのことだからわかんないっ。」
わかんないっ
じゃねーよ天下りハゲ。
「…社長はどうなさるんですか?」
「僕は元々オーナーの下で働いてて、ここに天下ってきただけだからね。そもそも芸能プロダクションを経営する能力なんてないしね。歳ももう65だし。そろそろいいかなって。」
「は、はぁ…。」
「本当はね、今月中で倒産手続をしなさいと言われてたんだけど、オーナーの関係者がこの間訪ねて来てね。今日付で社員に解雇通告するようにって言伝してきたんだよ。あっ、大丈夫だよ?お給料はちゃんと3ヶ月分振り込んでおくから。オーナーが奮発してくれたんだよ?凄いよねぇ。普通はこんなにもらえないよぉ?あ、あとちょっとだけど退職金も入ってるからね。」
「…ありがとうございます。」
「それじゃあ短い間だったけどお疲れ様。」
「はい、社長もお体に気をつけて下さい。」
「うん、ありがとうね。」
「…。」
「…?」
「あ、いえ。それじゃあ…。」
よく分からない書類にサインをして、机にある私物を社長に頂いた某百貨店の紙袋に仕舞い、僕はそそくさとオフィスから出た。
外で一旦立ち止まり出勤前にすぐそこの自販機で買ったお茶を取り出し少しだけ口に含む。まだ少ししか時間は経っていないのにもう生温い気がする。そりゃあこんだけ暑いんだ。
少し外に出ただけで汗がじんわりと出てくる。今まで一度も吸ったことはないので何とも言えないのだが、一服したいとはこのことなのだろう。なんだかタバコを吸ってみたい気分だ。
とりあえず頭の中を整理したい。
いや
待ってくれ。
おかしいだろ。
えっ、世の中の解雇ってこんな軽いもん?現実ってこんなアッサリしてるものなのか?僕これからどうするの?その時、僕の脳裏にある言葉が過った。
『今の仕事と向き合いたくなったんだ。』
ふっざけんなよ!!
超恥ずかしいじゃん!!
向き合う前にクビだよクビ!!
もしこの事がバレたら…
あいつらに一生バカにされる。
あれだけ格好つけて大口を叩いてしまったんだ。是が非でも一緒には行けない。彼らについて行くとしても最低一ヶ月は置かなきゃ格好がつかない。
とにかくこの事は超トップシークレットだ。彼らが引っ越しするまでの間、何が何でも隠し通す。
もうこれは社会人としてのプライドじゃない!
人間としてのプライドだ!
今頃彼らは今日もまた朝から酒を飲み、冷房の効いた僕の家でドイツだかどこかのボードゲームをして遊んでいるに違いない。
とりあえず彼らが引越しするまで早帰り出来ないな。
どこかで時間を潰さなくては。
とは言え、時刻はまだ午前9時過ぎ。まだあと9時間は外にいなくてはならない。
僕はふとオフィスの前にある公園に目をやる。
中では子供達が楽しそうにキャッキャと走り回る姿はなく、蝉に支配されているようだ。よく見ると奥の方のベンチに一人暑さに項垂れている見慣れたサラリーマン風の男性がいた。
あれは、山口さんだ。
僕は山口さんに近づき声をかける。
「山口さん、隣いいですか?」
「あぁ、瀬尾くん。いいよ。座りな?」
「…。」
「どうしたの?」
「あ…いえ、それじゃあお言葉に甘えて。」
「うん、いいよ。」
まぁ元々彼の方が歳上な訳だし、僕もその方がずっと話しやすいんだけど…気の変わりよう早くないか?
ずっと敬語を使われていた相手にいきなりタメ口で話されるのって凄く複雑だよ。今まで無理させてたみたいで悪い気がしてしまう。
「会社、潰れちゃいましたね。」
「そうだねぇ。どうしていいのかわからないねぇ。」
「そうですよね。」
「…僕さ、妻が家にいるから帰れないんだよ。」
「え!?山口さんって結婚なさってたんですか!?」
「うん、子供もいるんだよ。1歳の女の子。」
「へぇ。じゃあ帰りにくいですよね。」
「うん、しかもウチの嫁ってバリバリの漫画家でねぇ。明日も明後日も明々後日もずーっと家にいるんだよねぇ。ただでさえ肩身が狭いのにねぇ。」
「奥さんに打ち明けた方がいいんじゃないですか?」
「ダメ。殺されちゃう。」
山口さんは下を向き震える。
どんだけ怖いんだ奥さん。
「え、そんなに?」
「うん。僕、これでリストラ3回目なんだよ。」
「超ベテランじゃないですか。」
あれ?確か、山口さんって大卒で歳は僕の3つ上だったよな?単純計算でこの3年半で3回って凄くない?
「そうなんだよねぇ。前回ね、仕事就きたくない!ってモードに入っちゃってね。奥さんに稼ぎがあるから主夫になろうとしたんだけど、凄く怒られちゃってねぇ。終いには家追い出されたんだよ。やっとの思いで就職して、家戻れたのにコレだよ?困っちゃうよねぇ。」
惨い、惨すぎる。
聞くに耐えない。
やっぱり神様なんていないよ。
「でも、もうコレばっかりはしょうがないですって。山口さんに非がある訳じゃないんですから。奥さんだってわかってくれますよ。また仕事見つければいいだけの事じゃないですか。」
「そうかなぁ…。」
俯く山口さんのその姿は芸術的とまで言える程にいろんな意味で絵になった。
「ハローワーク嫌だなぁ。またお前?って顔されるんだもん。」
やばい。山口さんには悪いが、その話はちょっと面白い。
でも、こんな状態じゃ美和ちゃんの話なんて出来ないよな。この人にはもうそんな余裕は残っていなさそうだ。
「とりあえず、山口さん。いくら日差しは凌げても、こんな所にいたら熱中症になっちゃいますから。移動しましょうよ。」
「大丈夫、大丈夫。お金ないから。」
「貸しますよ。」
「大丈夫、大丈夫。返すあてないから。」
「奢ります。」
「瀬尾くん…ありがとう。でも大人にはね、耐えなきゃいけない時があるんだよ。今がその時。」
「意味わからないですよ。死にますよ?」
「大丈夫。去年も一昨年もこの時期だったから。あの時も朝から晩まで公園で過ごしてたから。キツイのは初日だけだから。これだけは自信があるんだよ。体の冷まし方も心得てるんだ。僕の事は気にしないでいいよ。気が向いたら帰るから。」
なんだこの人。
超絶かっこ悪すぎる。
帰るに帰れない同じ境遇の僕でも言い切れるレベル。
だが、正直、僕はここで熱中症にならない自信はこれっぽっちも持っていない。
お言葉に甘えてここは退散させて頂こう。
「そうですか?僕行っちゃいますよ?」
「うん。お疲れ様、元気でね。」
「はい。あの…山口さん。なんかあったら連絡下さいね?」
「うん。ありがとうね。」
「では、お体に気をつけて下さい。お元気で。」
「うん。バイバイ。」
大して広くない公園なのだが、入り口までの間僕は何度も振り返った。本人も僕がいない方が気が楽なのはわかるが、やはりこのままいなくなるのも少し気が引けてしまう。
僕はもう一度山口さんの方を向き
「それではお元気で!さよなら。」と大きな声でもう一度お別れを言う。
山口さんは何も言わず手を挙げてくれた。
まだまだ時間はある。
何をして時間を潰そうか。
そうだ!
せっかくだし、今話題の泣ける映画でも観に行こうかな!
次回予告
2話 残念会




