1話 神様からの罰
それから僕は璃音くんからアメリカでの生活の話を聞かされた。
参加していたバンドの事
ベースの師匠との話
アンソニーを始めとした様々な出会い
如何にこの2年間が彼らにとって辛く、そして充実した濃い時間だったかを僕は知ることができた。
徹平から連絡が入り、改札で待ち合わせをする。
カフェを出ると空はオレンジ色に染まっており、多少ではあるものの暑さも幾分かマシになっている。
駅の改札へ向かうとそこには相変わらず変態的な格好の徹平が他人の目を気にすることなく堂々と立っていた。
「おーい」と手を振りながらスタタタと駆け寄る璃音くんの後を僕はアンソニーのペースに合わせてゆっくり歩く。
「悪りぃ!時間かかっちまった!」
「楽しかったからいいよ!」
璃音くんが徹平の背中を叩く。
ついさっきまで視線が怖いとビクビクしてた奴が何を言う。本当に調子のいい奴だ。てか、さっさとメガネ返せよ。何気に入ってんだよ。
ふと向こうの方で僕の彼女がひょろっとした細い体格の男と手を繋いで歩いているのが見えた。
聡太、君は心の広い男だ。
あれは仕事だから。イラッとしちゃダメ。
その証拠にほら、僕達といた時の方が明らかに楽しそうだったじゃないか。
しかし、僕がそう思っていてもアンソニーも同じ気持ちだとは限らない。幸運な事にその光景はアンソニーの視界には入っておらず、徐々に愛理さんも遠ざかっているので、現時点で浮気現場が彼の目に入る事はない。だがまた街に戻れば出くわし兼ねない。
もしそんな状況になったら…
考えるだけで恐ろしい。
あの、見るからに弱々しそうな人なら命を落としかねない。どちらにしたってこの後、彼は地獄を味わうんだ。彼の為にも今は出来るだけ早くこの街を離れた方がいい。
「もう夕方になっちまったけどさ、どうする?なんかして遊ぶか?」
「いいね!カラオケとか行っちゃうー?」
「あ、あのさ!僕、昨日全然寝れてなかったんだ。今日はさすがに帰りたいな。ほら、アンソニーもこんな感じだし。」
ノリノリでこの後の予定を立てる二人の間に入り、僕は上の空になっているアンソニーを指した。
「おぉ、アンソニー!その感じだと、いい出会いがあったんだな!」
「ハイ。テペィ…私、恋シマシタ。」
恋する乙女のように顔を赤らめ照れるアンソニー。
「そーか、そーか、よかったじゃん!早速日本に来た甲斐があったな。まぁでも、今日はかなり無理言って連れてきちまったし、ひとまず帰るとしようぜ!」
「チッ、しゃーねーなー。今回だけだからな?」
このチビ、もはや口調変わってるじゃん。
口止めの約束は守ってくれてるとは言え、マジで調子乗りすぎだぞ?
ただ、僕にはもう彼とやり合う体力も精神力も残っていない。内勤に慣れ、休日は殆ど外に出ていなかった僕にとって今日一日はとてつもなくハードだった。ここまで疲れたのは久しぶりだ。
「ありがとう2人とも。」
心にもない感謝の言葉を述べ、僕達は家路につく事にした。
駅のホームで立っているのがやっとの状態の僕は、奇跡を信じながら電車を待つも案の定、座席は空いていなかった。まだまだ元気な二人は楽しそうに談笑していたが、その輪に入ることなく僕は奥へと進み、吊革に掴まり体重の殆どをかけて少しの間眠りについた。
「俺、そーたと夕飯の食材買って帰るから、お前らは先に部屋戻ってて。」
駅の改札を出ると突然、徹平がそう言った。
「りょーかい!ほら、アンソニー行くよっ!」
璃音くんはそう言って、まだ夢見心地のアンソニーの腕を両手で力一杯引っ張りながら家の方へと向かう。
僕から鍵を受け取ることなく。
勿論、教えてやらない。
仕返しだ。
「そーた、とりあえず泊めてもらってる間は俺が飯作るわ。何食いたい?」
二人を見届けた後、徹平は僕にリクエストを聞いてきた。
「何がいいかな?油っこくないものとか、重くないものがいいな。」
一人暮らしの身からすると、美味しい手料理を頂けるというのはこの上なくありがたいことだ。その為ならどんなに疲れていようと買い物くらい付き合う。
「うーん。じゃあ、親子丼なんてどう?…栄養のバランスも考えないとな。白和えも付けてさ。」
「うん、凄くいいね。」
絶妙なチョイスだ。夏バテ状態でも、親子丼ならサラッと食べられる。メニューも決まり、僕はここら辺で一番安いスーパーへ向かう。
ふと徹平を見るとある事に気付く。
さっきまでは何ともなかったはずなのだが、今になって足を引きずり出したのだ。その強張った表情からその痛みがどれだけのものかは容易にわかった。
「ちょっと!その足どうしたの!?」
「ハハ、やっちまったよ。なんとか誤魔化そうと思ったんだけど、ここまでが限界だな。」
「何かあったの?」
「悪りぃが今は言えない。だけど…これは俺の罪の代償だよ。神様が俺に与えた罰みたいなもんだ。」
そうはぐらかし、少し悔しそうに唇を噛む徹平。
「肩貸そうか?」
「大丈夫だよ、気にすんな。」
徹平は僕の肩をポンと叩き、ゆっくりと歩き始める。気休めにもならないと思うが、少し休憩を取った方がいいと思った僕は徹平を呼び止め、丁度横にあった自販機を指差した。
「ちょっと、飲み物でも飲まない?」
僕達は自販機の横の壁にもたれ掛かり、コーヒーを飲みながら暫しの休憩を取る。
「徹平。」
「ん?」
「どこ行ってたの?」
「んー…あぁ。」
「…もしかして、社長…お母さんのところ?」
「うーん。あー、うん…まぁそんなとこだな。」
徹平はバツの悪そうな表情を見せ、返答もどこか歯切れが悪い。
「美波社長、元気だった?」
「あー、どうだろ?元気だったかな?」
「そっか…。」
「えっ、てゆーか、お前さぁ、ババアのこと恨んでねーの?」
「え、あ、うん。恨んでるってゆうか、なんてゆうか。」
「なんだよ、それ。」
「正直、わかんないや。あの人がした事は絶対に許されるべき事じゃないけど…。」
「…じゃないけど?」
「でも…裁判の話聞いてさ、なんだかなーって。」
「…。」
「あの人のせいで結果として最悪な形になってしまったけど、な、なんかさ…全てが悪い方に転がっちゃっただけなのかなとも思えちゃうんだよ…。」
「悪い方って…。お前、何があったか分かってんのか?」
「…うん。」
「ババァは殺人犯だぞ?」
次回予告
2話 2年前




